第24話 怠け者よ
マルコは公園の奥深くへと急ぎ、周囲を見回して誰もいないことを確認すると、転送装置を起動して時空管理局へと戻った。彼は高橋のデスクへ一直線に向かったが、そこには誰もいなかった。
まさか…… マルコは胸騒ぎを覚えた。
隣の同僚に高橋を見かけなかったか尋ねてみたが、誰も見ていないという。
嫌な予感を募らせたマルコは、再び時空の扉をくぐり、向陽たちの世界へと戻ってこの世界のものではない高橋を探し始めた。
だが、彼女は本当にこの世界にいるのだろうか……いや、もしこの世界の「高橋さん」が彼女の存在に気づいていたのだとすれば、彼女は高橋さんの近くに潜伏しているはずだ! そう考えたマルコは、急いでカフェへと引き返した。
コーナー席で待機していたポーロは、戻ってきたマルコを見るなり低い声で尋ねた。「どこ行ってたんだよ? 急に飛び出していきやがって」
「調査だ……とにかく、あいつらを一度カフェから出そう」マルコは重々しく言った。
ポーロはポケットから輪ゴムを取り出すと、向陽の後頭部に狙いを定めた——パチン!
「いってぇ!?」向陽は慌てて後頭部を押さえ、声を上げた
向陽が突然叫んだので、向かいの高橋が驚いたように目を丸くした。「どうしたの……?」
向陽は視線の端で、後ろのポーロが「場所を変えろ」と必死にジェスチャーしているのに気づき、慌てて。「あ、いや、なんでもない! その……高橋さん、どこか別の場所行ってみない?」
「別の場所?」高橋は不思議そうに首をかしげた。
向陽は必死に知恵を絞り、パッと目を輝かせた。「古書店とかどうかな? この近くに有名な古本屋さんがあるんだ」
高橋はパッと表情を明るくし、微笑んだ。「あ……うん! 行ってみたい!」
向陽と高橋がカフェを出ると、変装したマルコとポーロも足音を殺して後を追った。
「一体どうしたんだよ、マルコ?」ポーロは追跡しながら首をかしげた。
マルコは険しい表情のまま、重々しく呟いた。「もしかすると……僕の世界の高橋さんが、この世界に来ているのかもしれない」
「えっ!?!?! マジかよ、ヤバいだろ!」ポーロは叫びそうになるのを必死で抑えた。
「彼女はこの世界の高橋さんを追跡している可能性がある」マルコは冷静に分析した。「だから彼らを移動させ続ければ、彼女をあぶり出せるかもしれない」
二人は古書店に到着した。
所狭しと並ぶ本を前に、高橋の瞳は一瞬で輝きを増した。彼女は嬉しそうに足を速め、目当ての本を探し始めた。そんな高橋の姿を見た向陽も、自分に合いそうな本がないか棚を見始めた。
料理本……経済学……純文学……
「ここ、漫画コーナーがないな……」向陽は分類札をたどりながらため息をついた。
小説の棚に差し掛かった時、優依に「ゲームのシナリオでも書いてみれば?」と言われたのを思い出し、『小説の書き方』という本を手に取ってみた。しかし、びっしりと詰まった文字を目にした瞬間、十秒もしないうちに大きなあくびが出た。向陽は苦笑いしながら本を棚に戻した。
続いてゲーム制作の棚へ移り、『サルでもわかるゲーム開発』という魅惑的なタイトルの本を開いてみた。だが、そこに躍っていたのは複雑なプログラミングコードの列だった。これ、難しすぎだろ……!?
最後に美術・芸術コーナーへ向かい、人体解剖学や色彩学の難解な図解を目にして、向陽は再び本を戻し、深々とため息をついた。
すっかり意気消沈した向陽は自己啓発本の棚へ向かい、心の中で呟いた。適当に一冊読んでみるか。こういう本には「君ならできる」とか「諦めるな」とか熱い言葉が書いてあって、この落ち込んだ気分を励ましてくれるかもしれないし。
向陽が適当に開いたページには、最初の行にこう書かれていた。
『怠け者の願いは自分を殺す。その手が働くことを拒むからだ』
向陽の心にぐサリと突き刺さった……。彼は本を見つめ、思わず心の中でツッコミを入れた。これ励ます本だよね!? なんで僕が直接怒られてるみたいな気分になってんだよ!
苦笑しながら続きを読み進める。
『怠け者は言う。「道にライオンがいる。外に出れば命を落とす」と。彼は想像の猛獣で壁を築き、自らの足を安逸の中に閉じ込めるのだ』
向陽はその文章を見つめたまま絶句し、最後に重いため息をついた。
「向陽くん、何か面白そうな本あった?」高橋が数冊の本を抱えて隣にやってきた。
向陽は気まずそうに、先ほど戻した『サルでもわかるゲーム開発』を指さした。
高橋はタイトルを目にすると、くすっと可愛らしく笑った。「『サルでもわかる』……すごく面白いタイトルだね」
「高橋さんは何か見つかった?」
高橋は嬉しそうに頷いた。「うん! これ全部面白そうだよ。野生動物の保護に関する本なの」
一方、ポーロとマルコは古書店の周囲を何度も往復し、高橋と同じ姿をした人物がいないか目を光らせていたが、一向にそれらしき人影は見当たらなかった。
マルコはこめかみを押さえ、深い思索に沈んだ。おかしい……まさか本当に、この世界の高橋さんの妄想だったのだろうか……?
本を買い終えた向陽と高橋は、地下鉄の駅前までやってきた。
高橋は足を止め、振り返って微笑んだ。「じゃあ、今日はここで解散にしようか! すごく楽しかったよ、ありがとう、向陽くん」
向陽は少し顔をほてらせながら答えた。「僕もすごく楽しかった! また一緒に遊びに行こうね!」
「うん、約束ね!」
二人が別れた後、向陽は駅の前でキョロキョロと周囲を見回した。
あれ、マルコとポーロの二人、どこ行ったんだ? まぁいいか、家に帰ろう。
一足先に向陽の家へと戻っていたマルコとポーロは、鍵を使って扉を開けた。
しかし、ドアを開けた瞬間、二人の身体は凍りついた——部屋の椅子に、冷ややかな雰囲気を纏った一人の女性が静かに腰掛け、二人を待っていたのだ。
ポーロは目を見開き、悲鳴を上げそうになった。
「た、高橋……!? お前、さっきまで向陽の隣にいただろ!?」
「いや……」マルコはポーロを庇うように前に出ると、目つきを鋭くした。「彼女はこの世界の高橋さんじゃない……『僕の世界』の高橋さんだ」
椅子に座っていた高橋はゆっくりと顔を上げ、冷たい視線を入口へ向けた。
「待っていたわよ、向陽」
マルコとポーロは同時に息をのんだ。ポーロは混乱してツッコミを入れた。「待て……お前、どっちの向陽に呼びかけてんだ!?」
高橋は立ち上がると、マルコに向かって鋭く指を突きつけ、抑えきれない怒りを解き放った。「もちろん、そっちの彼よ!」
そして、彼女の視線が鋭くポーロへと向けられた。
「あんたが……あの時私たちの世界に侵入した『侵入者』ね」
マルコは深呼吸をし、手首の転送デバイスを押さえながら低く尋ねた。
「それで……何をしに来たんだ?」




