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第16話 ポーロ過去編2

ポーロの意識の底で、景色が急に巻き戻り、自分自身の高校初日の朝へと引き戻された。


あの日、ポーロは早朝から優依の家の門の前で立ち尽くしていた。優依が出てくるまでの間、彼はどうしても落ち着かず、行ったり来たりを繰り返していた。心臓が飛び出しそうなくらい鼓動が高鳴り、いっそこのまま逃げ出したいとすら思っていた。けれど、ポーロは心の中で自分に言い聞かせ続けた。——駄目だ、今日こそは一歩を踏み出すんだ。


「おはよう!」

扉が開き、家の前で待っていたポーロを見つけた優依は、嬉しそうに声をかけてきた。

ポーロは照れくささを必死に押し殺し、平気を装って言った。「あ、あのさ……良かったら、一緒に学校行かない?」

優依は一瞬ぽかんとして、少し不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔で頷いてくれた。


朝の清々しい道を、二人は並んで歩く。

「今日から高校生だね」優依は前を見つめながら、軽やかに言った。「同じクラスになれたらいいなぁ」

「そうだね……」

優依はふっと微笑み、彼を振り返った。「でもびっくりした。まさか今日一緒に登校できるなんて。今まではイベントの時くらいしか話さなかったのにね」


ポーロは俯いて苦笑いした。脳裏に過去の光景が浮かぶ。——会うたびに優依は親しげに挨拶してくれたのに、自分は毎回勇気が出ず、結局臆病さに負けて逃げ出していたのだ。ポーロは昔の情けない自分を笑い飛ばすと、顔を上げて尋ねた。

「高校では、何の部活に入るの?」

「私、走るのが大好きだから、たぶん陸上部に入ると思う!」優依の瞳がキラキラと輝いた。


好きなことを楽しそうに語る優依を見て、ポーロの緊張は不思議とすーっと消えていった。


それからのポーロは、陰からそっと彼女を見守るようになった。放課後になると、いつもこっそりグラウンドの隅へ行き、優依の練習を遠くから眺めた。プレッシャーを与えたくなかったから、自分がそこにいることは決して明かさなかった。

毎朝、ポーロは窓の外から聞こえる小さな物音で目を覚ました。窓から覗くと、そこにはいつも早朝から朝練に向かう優依の姿があった。彼はただ窓辺に立ち、そのひたむきな後ろ姿を静かに見つめ続けていた。


けれど、現実の壁は甘くなかった。毎日の猛練習にもかかわらず、優依のタイムは一向に伸びなかった。

ある日の放課後、優依はベンチに一人ぽつんと座り、落ち込んだ様子でうつむいていた。その陰のある姿を見て、ポーロは一瞬ためらったが、思い切って彼女の隣に腰掛けた。

「私……本当は才能がないのかな」優依は悲しそうにぽつりと呟き、目を赤くした。

ポーロは胸が痛み、慌てて言った。「そんなこと思っちゃダメだよ! 諦めるにはまだ早すぎるって!」

優依は何も答えず、ただポーロをじっと見つめると、無言のまま立ち去ってしまった。去っていく後ろ姿を見送りながら、ポーロは何もできない自分の無力さに、重く沈んだ。


優依の笑顔が日ごとに消えていくのが耐えられず、ポーロは心に決めた。——彼は夜な夜な走りの本や資料を引っ張り出し、フォームを分析して、爆発的なスピードを生み出す特別なスタートダッシュの姿勢を研究し始めた。


本当に上手くいくのか確かめるため、真夜中の誰もいない公園で、ポーロは一人スタートラインに立った。

深呼吸をしてストップウォッチを押し、いつもの走り方で100メートルを全力で駆け抜けた。

「ハァ……ハァ……16秒か」ポーロは冷たい液晶画面を見つめて呟いた。

続いてスタート地点に戻り、ノートに書き留めたフォームを一つひとつ試しては、何度も全力で跳び出した——。


『これは転ぶ……』『これは遅すぎる……』『これは実戦では使えない…』


ポーロは汗を拭いながら、ノートの案を一つずつ線で消していった。そして、第13案——後ろ足の爆発力を極限まで使う特殊なフォームを構えた。頭の中でピストルが鳴り、彼は弾かれたように跳び出した!

ゴールを駆け抜け、手元のストップウォッチに目を落とした瞬間、彼の目が丸くなった。——「14秒……!?」


ポーロは画面の数字を二度見して、心臓を激しく脈打たせた。2秒も速くなっている! 彼は興奮のままノートを取り出し、そのフォームの横に大きく二重丸を描いた。

両脚にはかすかな痺れと過度の負荷による違和感が走っていたが、ポーロは「ただの運動不足だろう」と深く考えなかった。一日も早く優依を助けたい一心で、本来の冷静な判断力はすっかり曇っていたのだ。


ある夜、ポーロはついにノートをキレイに書きまとめ、分析ノートを完成させた。「これなら……絶対に優依の力になれる!」 彼は資料を強く握りしめ、瞳に希望を宿した。


翌朝、ポーロは早朝から優依の家の前で待っていた。

優依が扉を開け、ポーロの姿を見ると、うっすらとした笑みを浮かべた。「おは……よう」 挨拶はしてくれたものの、その瞳には暗い影が残ったままだった。

ポーロは深く息を吸い込み、丁寧にまとめた分厚い資料を優依の前に差し出した。

「これ……なに?」優依は驚いて目を見開いた。

「僕がまとめたフォームの分析資料だよ……役に立つといいんだけど」


優依は資料を受け取り、そこにびっしりと描かれた図やデータを見つめるうちに、目頭を熱くさせた。そして顔を上げ、彼を見つめた。「私のために……作ってくれたの? どうしてここまでしてくれるの?」

ポーロは思わず、心の中の言葉を口走っていた。「だって……君みたいな人は、笑顔がない顔なんて似合わないから」


その言葉に、優依の頬は瞬く間に真っ赤になり、言葉を詰まらせた。ポーロも自分がどれほど大恥ずかしいことを言ったかに気づき、顔から火が出るほど熱くなった。優依はぷっと吹き出すと、資料を大切そうに抱え、ポーロに優しくお礼を言った。


しかし、資料を手渡してからの数日間、ポーロがいつものように陸上部の練習を見に行っても、そこに優依の姿はなかった。

「おい、ストーカーくん」

背後から突然、からかうような声がした。ポーロは跳び上がるほど驚いて振り返ると、そこにはジャージ姿のショートカットの少女が不敵に笑って立っていた。

「私、私、ストーカーなんかじゃないよ!」ポーロは慌てて弁明した。

「優依に用でしょ? 彼女なら今週は部活に来ないよ」少女はひらひらと手を振ると、そのまま行ってしまった。

「あ、うん……」ポーロはその場に立ち尽くした。——彼女は一体どこへ行ったんだろう?


数日後の教室で、ポーロは一日中机に突っ伏し、頭の中を優依のことでいっぱいにしていた。

隣の親友が見かねて言った。「お前、資料は渡したんだろ? なにをそんなに悩んでんだよ。……ていうか、お前、優依のどこがそんなに好きでそこまで出来んだ?」

ポーロは顔を腕にうずめたまま、ボソッと呟いた。「んー……笑顔、かな」


その時、教室のドアが勢いよく開いた! 優依が弾けるような笑顔で駆け込んできて、真っ直ぐポーロの席へと向かってきた。

ポーロは驚いて慌てて体を起こした。「ゆ、優依……!?」

優依の瞳には、久しぶりの眩しい輝きが戻っていた。「今日の放課後、絶対に試合を見に来てね!!」

自信と笑顔を取り戻した優依の姿を見て、ポーロの心にあったモヤモヤは一気に吹き飛び、彼は何度も頷いた。


その日の部活の練習試合。優依はスタートラインの前で、少し変わっているけれど隙のない姿勢をとった。——それこそが、ポーロが深夜の公園で自ら試して導き出した『第13案』のフォームだった!

ピストルが鳴った瞬間、その姿勢から繰り出された爆発的なスピードは、他の選手を圧倒した。結果、優依は見事に人生初の1位を勝ち取ったのだ!


会場全体が歓声に包まれ、コースの脇で見守っていたポーロも思わず立ち上がって驚いた。


走り終えた優依は、胸を躍らせてポーロのもとへ駆け寄ると、迷わず彼に抱きついた。

突然のことにポーロはすっかりパニックになり、心臓が爆発しそうだった。周囲の歓声が遠のき、ただ耳元で優依の体温と息遣いだけがはっきりと感じられた。


しかし、彼がその胸の高鳴りに浸っていたその時、耳元で優依の優しい声が響いた。

「ありがとう……私の大切な親友」


優依は体を離すと、彼に愛くるしい笑顔を向け、歓声の上がる輪の中へと戻っていった。

ポーロはその場に立ち尽くしたまま、ゆっくりとうつむき、苦笑いを浮かべてぽつりと呟いた。

「……親友、か」

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