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第15話 ポーロ過去編1

「お、おう! もちろんいいよ!」

優依からの不意の提案に、向陽は少し驚きながらも嬉しそうに頷いた。二人は放課後、園芸部の部室前で待ち合わせることにした。


朝の光を浴びながら、並んで登校する二人。向陽は歩きながらそっとスマホを取り出して、高橋にメッセージを送った。【今日、優依も園芸部に来たいって言ってるんだけど、大丈夫かな?】

送信ボタンを押した後、向陽は隣を歩く少女に尋ねた。「そういえば優依、なんで急に園芸部に行こうと思ったの?」

優依は向陽を振り返り、軽快に答えた。「別に大した理由じゃないよ。ただ、今日は部活がたまたま休みだっただけ」


教室に到着した後、向陽がもう一度スマホを確認しても、画面には何の通知もなかった。

それから午後の授業中、向陽の意識は完全にスマホに吸い寄せられていた。「もう見るな」と心の中で何度も自分に言い聞かせるものの、どうしても我慢できず、数分おきにこっそり画面を開いてしまう。しかし、その度に待っているのは、返信のない虚しい画面だけだった。


放課後、園芸部の部室の脇にある芝生の上。

向陽はがっくりと地面に座り込み、すっかり元気を無くしていた。マルコとポーロも、彼の隣に腰を下ろす。

「はぁ……」向陽は深いため息をつき、芝生をむしりながら愚痴をこぼした。「高橋さん……やっぱり俺に、一ミリも興味ないのかな」

マルコはそんな彼を見て、たまらず口を開いた。「だから何度も言ってるだろ? お前はまず、高橋さんのどこが好きなのかをはっきりさせるなんだ」

「いや, 違う!」ポーロが突然、強い口調でマルコの言葉を遮った。その瞳は真剣そのものだった。「相手に好きになってもらわなきゃ、そんな綺麗事、何の意味もないだろ!」

マルコは眉をひそめ、言い返す。「恋愛ってのは、自己満足の妄想の上に成り立つべきじゃないだろ?」

「相手にされなきゃ、好きな理由を見つけたところでどうしようもないだろ!」ポーロも一歩も引かずにマルコを睨みつける。


二人の間の空気が、一瞬にしてピリピリと張り詰めた。

間に挟まれた向陽は困ったように苦笑しながら、困惑しながら声を絞り出した。「あの、さ……二人とも、どっちの言い分も一理あると思うんだけど……」


「でも私から見れば、二人とも全然違う話をしてるように思えるけどね」


鈴の鳴るような、しかしどこか呆れた少女の声が、突然向陽の真後ろから響いた。


「「うわああああっ!?」」

マルコとポーロは心臓が飛び出るほど驚き、勢いよく跳ね上がった。振り返ると、いつの間にか優依がそこに立っており、腰に手を当てて怪訝そうな顔で彼らを見下ろしていた。


「あ、アハハ……ちょっと、急にお腹が痛くなってきたわ! トイレ行ってくる!」

ポーロは驚異的な反射神経で腹を押さえ、後ろも見ずに脱走した。

「あ、もしもし? ああ、悪い、今すぐ向かう!」

マルコも、鳴ってもいないスマホを耳に当てて大声を出すと、逃げた。


光速で逃げていく二人の背中を見送り、優依は少し呆れたようにしゃがみ込んで、向陽の背中を覗き込んだ。「あんたの友達、なんで話の途中で逃げちゃったの?」

向陽はきまずそうに頭を掻きながら、必死に言い訳を取り繕った。「あはは……なんか、急に二人とも急用を思い出したみたいでさ! そ、それより時間だし、行こうか!」


二人は一緒に園芸部の部室へと向かった。扉を開けて中に入ると、なんと高橋が机に突っ伏して、すやすやと深く眠り込んでいた。

向陽と優依は顔を見合わせ、向陽は声をかけたが返事がない。見かねた優依が一歩前に出ると、高橋の肩をポンポンと軽く叩いた。


「うわあああああっ!」

高橋はまるで電流が走ったかのように、突然悲鳴を上げて飛び起きた。そのあまりの勢いに、間近にいた優依も驚いて一歩後ろに飛び退いた。


高橋はパニック状態で周囲を見回し、目の前にいるのが向陽と優依だと気づくと、少し気まずそうに髪を掻いた。「ご, ごめんなさい! つい寝ちゃってて……」

優依はぷっと吹き出し、大らかに手を振った。「いいよいいよ! むしろ、私こそ急に押しかけちゃってごめんなさいね」

「いえいえ! 来てくれてすごく嬉しいです!」高橋は慌てて首を横に振り、ホッとしたように息をついた。「今日はちょうど先輩たちが来られない日だから、手伝いに来てくれて本当に助かります」


その後、三人は部室の前に出て作業の準備を始めた。高橋が優依に説明する。「今日の仕事は主に水やりと小動物の餌やりです。餌やりは少し手間がかかるから、いつもは二人一組でやるんですけど……」

優依は微笑んで頷いた。「私はどちらでも大丈夫ですよ。人手が足りない方へ行きます」

その時、傍らに立つ向陽の脳裏に、昼間の高橋の冷ややかな態度がよぎった。彼は内心で激しく怖気づいていた。(今から高橋さんと二人きりで餌やりなんて行ったら、気まずすぎて窒息する……!)

その息苦しさから逃れるように、向陽は深く息を吸い込み、自ら提案した。「じゃ、じゃあ俺、水やりに行ってくるよ!」


しかし、向陽の言葉が終わるか終わらないかのうちに、優依はふっと眉を上げ、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「あ、やっぱり私、向陽と一緒に餌やりに行く!」

高橋は少し意外そうにしたが、すぐににこりと微笑んで頷いた。「うん、いいよ!」


役割分担を終え、優依と向陽は裏手にある飼育エリアへとやってきた。

優依は手慣れた様子でケージを開け、しゃがみ込んでウサギに餌をあげ始めた。彼女はおとなしく餌を食べるウサギを見つめながら、前を向いたまま問いかけてきた。「ねえ、どう思う?」

乾草を持ったままの向陽は、不意の質問に目を丸くした。「え? 何が?」

優依は首を傾げて向陽を少し睨みつけると、全てを見透かしたような口調で言った。「さっき、話してたことだよ」


さっきの話? まさか、マルコとポーロの言い争いのことか……。

彼はきまずそうに頬を掻きながら、正直に答えた。「うーん……二人の言うこと、どっちも一理あると思うんだよね。こういうのって正解がない気がするし。でも、相手に自分を好きになってもらうきっかけを作れなきゃ、何をやっても無駄っていうのも確かだと思う」


優依は優しい指先でウサギの柔らかな毛並みを撫でながら、その瞳に深い光を宿した。

「恋愛を単なる不確かな『感情』の上だけに築くのって、雑草で自分の家を建てるようなものだよ。少しの風雨に晒されただけで、一瞬で全部崩れちゃうんだから」


そう言うと、優依はカゴから一本のニンジンを取り出し、ウサギの口元へと差し出した。

「私ね、恋愛ってこのウサギの餌やりと同じだと思うんだ。こうやってニンジンを差し出しても、この子がどうしても食べてくれないなら……私にはどうすることもできない。きっとその時は、ただ手を離すしかないんだよ」


優依の奇妙でありながらも的確な例え話を聞いて、向陽は思わず小さく吹き出した。そして、隣にしゃがむ少女の横顔を見つめ、少しからかうようなトーンで問い返した。

「じゃあさ……もし本当にその時が来たら、優依はそんな風に潔く手を離せるの?」


優依は一瞬、ハッとしたように動きを止めた。ニンジンを握る指先が数秒間静止し、それからゆっくりと向陽の方を振り返った。

夕暮れの赤い光が彼女の横顔を照らす中、優依はどこか切なく、どこか諦めたような苦笑いを浮かべて、静かに呟いた。

「……んー、多分、無理かな」


その頃、少し離れた茂みの陰。

二人の会話を盗み聞きしようと、マルコは草むらにべったりと這いつくばって集中していた。その隣にいたポーロは、ふと目に入ったものにニヤリと悪巧みな笑みを浮かべると、マルコの脇腹を肘でつついた。

「おい、マルコ。そこにデカいクモがいるぞ」


「うわああああっ、どこだ!? どこだ!?」マルコは飛び起きんばかりに慌てふためき、必死に服を叩きながら声を殺して悲鳴を上げた。

「はははは!」その無様なリアクションを見て、ポーロは口元を押さえて意地悪く笑った。


しかし、優依の「ただ手を離すしかない」という静かな言葉が再び耳に届いた瞬間、ポーロの口元からスッと笑顔が消え失せた。代わりに広がったのは、底の知れない暗い沈黙だった。

その言葉が、まるで重い鉄の鍵のように、彼の心の奥底に封印されていた記憶の扉を激しく叩き割ったのだ。ポーロは虚空を見つめたまま立ち尽くし、彼の意識は抗うことなく暗闇へと沈み込んでいった。彼らがこの世界へやってくる前—。

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