第13話 優依とデート2
「それでさ、なんで映画に誘ってくれたの?」
映画館へ向かう道中、優依は手にしたミルクティーをストローでちゅーっと吸いながら、隣を歩く向陽を覗き込んでニヤニヤと笑った。
「え……」
向陽は不意の質問に、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
頭の中で急速に思考が巡る。(「ポーロ」あいつ、なんで優依を誘ったりしたんだ? これもポーロのの『大計画』の一部なのか?)
向陽は戸惑いを隠すように、少しきまずそうな苦笑いを浮かべた。「あはは……なんでだろうね? たまたま観たくなった、というか……」
誤魔化すように、向陽は隣の優依を盗み見た。そこで彼はハッとする。今日の優依は、お洒落なワンピースにベレー帽を合わせていて、普段の彼女とはまるで雰囲気が違っていた。午後の木漏れ日を浴びた優依は、まるで彼女の周りだけキラキラとした光が放たれているようで、まともに直視できない。
優依が不思議そうに振り返った。「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」
「い、いや! 何でもない! ちょっと地図を確認して方向を見てただけだから!」
向陽は慌てて首を振り、ポケットからデートの秘訣が書かれたあのメモを引っ張り出して誤魔化した。そして前方を指差す。「あ……あそこだよ」
しかし、目的地に着いた優依は、思わずぽかんと口を開けた。
そこにあったのは、かなり年季の入った、いかにも昭和レトロな佇まいの小さな映画館だった。掲示板に貼られている上映タイトルのラインナップを見ても、どれも二、三十年前の古い映画ばかりだ。
「あんたが古い映画好きなんて、初めて聴くけど」優依が意外そうに言った。
「あ……最近できた、新しい趣味、かな……?」向陽は視線を泳がせながら、券売機を指差した。「じゃ、ちょっとチケット買ってくるから、そこで待ってて」
チケットを買い終えた向陽が戻ってくると、優依は券を覗き込んで眉をひそめた。「『君に届かない声』……? 恋愛……映画?」
それから、少し呆れたようにため息をつき、拳を小さく振り回して不満を漏らす。「もー……せっかくなら、アクションアドベンチャーの大作とか、派手なバトルものの方が絶対に面白いのに」
二人がシアター内に入ると、中は見事なまでにガラガラだった。おそらく建物自体が古すぎるせいで、若い客なんて一人も来ないのだろう。
向陽は買ったばかりのポップコーンを少しぎこちなく抱え、優依の隣の席に腰掛けた。
優依は片手で頬杖をつきながら、向陽に向かって釘を刺すように言った。「言っとくけど、私こういうベタな恋愛ストーリーってあんまり好きじゃないからね!」
その言葉に、向陽は心の中で冷や汗をかいた。(やっぱりポーロの選択ミスだったか……。バトルものの映画にしておけばよかったかも……)
上映開始から、三十分が経過した。
いかにも王道で、少し古典的な恋愛ストーリーは、普段この手のジャンルを観ない向陽にとって強力な睡眠薬だった。次第に瞼が重くなり、頭が船を漕ぎそうになったその時——
突然、向陽の左の袖がぐっと強い力で引っ張られた。
ハッと目を覚ました向陽が隣を見ると、息を呑んだ。
優依は完全にスクリーンに釘付けになっていた。映写機の光が、彼女のキラキラと輝く瞳に反射している。その眼差しはまるで、自分がそのヒロインであればいいのにと切に願っているかのようだった。
五十分が経過した。
この後半の時間、向陽は映画のスクリーンをほとんど見ていなかった。それよりも、隣でコロコロと変わる優依の反応を見ている方が、格段に面白かったからだ。
向陽が彼女を見つめながら、ポーロがこの映画を選んだ意図についてあれこれと考えていた、その時。スクリーンの中の男主人公が、静かに深みのある台詞を紡いだ。
『僕の頭の中では、君と過ごした時間がずっとリピート再生されているんだ。だって……君を失う苦しみなんて、味わいたくないから』
その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、向陽の胸がドクンと激しく跳ねた。(失う苦しみ……? もしかして……)
しかし、そこまで考えを巡らせる余裕はなかった。すぐ隣から、小さく鼻をすする、抑えきれない嗚咽が聞こえてきたからだ。
向陽がそっと隣を盗み見る。
そこには、映画に猛烈に感情移入し、大粒の涙を流している優依の姿があった。向陽が慌ててポケットのティッシュを探そうとした、その時。
映画に集中しすぎて周りが見えなくなっている優依は、向陽のネイビーの薄手外套の袖をガシッと掴むと、そのまま自分の涙をゴシゴシと拭った。
「わっ、ちょっと! 大丈夫……?」向陽は驚き、小声で慌てて声をかけた。
優依は涙で目を真っ赤にしながら、泣き笑いのような表情で強がってみせた。「だ……大丈夫に決まってるでしょ! だから言ったじゃん……恋愛映画なんて、大嫌いなんだってば……っ」
やがて映画が終わり、シアター内の照明が灯った。
目の周りをうさぎのように赤くした優依は、映画館を出た途端、信じられないほどのマシンガントークで、さっきの映画の感想を熱っぽく語り始めた。
向陽は映画の内容自体ほとんど頭に入っていなかったが、隣で本当に楽しそうに身振り手振りで笑っている優依の姿を見ているだけで、胸の奥がじんわりと、不思議なほど穏やかな気持ちで満たされていくのを感じていた。
向陽はそんな優依を見つめ、思わず愛おしそうにふっと微笑んだ。
優依はその視線に気づき、不思議そうに首を傾げる。「なに、どうしたの?」
向陽は小さく首を横に振った。「ううん。優依がこの映画、気に入ってくれて本当によかったなと思って」
それを聞いた優依は、少し照れくさそうにぷいっと顔を背け、少し口を尖らせた。「ふんっ! 今回は合格にしてあげるけど、次は絶対にバトルものを選びなさいよね!」
そんな二人から少し離れた、街角の陰。
「うぅ、いい映画だったなぁ……。なぁポーロ、お前なんで数ある映画の中からこれを選んだんだ?」
マルコが目元をぬぐいながら尋ねると、ポーロは前を歩く二人を見つめ、優しく、どこか切ない微笑みを浮かべた。
「あの映画さ……当時はたくさんの賞を総なめにして、興行収入もナンバーワンだったんだよ」
そう言うと、ポーロはマルコの肩を叩いて歩き出した。「ほら、早く行こう! 二人が行っちゃうよ」
マルコはポーロの後ろ姿を見つめながら、その背中に漂うかすかな重みに気づき、眉をひそめた。
(本当に、それだけの理由なのか……? ただ賞を取ったからってだけなのか……?)
一方、前を行く向陽は、再びポケットからあのメモをこっそり取り出した。次に向かうべき場所を確認しようと、緊張しながらノートを見つめ、どこへ行くべきか頭を抱えていた、その時。
その時、優依は横からひょっこりと顔を覗かせ、向陽が焦るよりも早く、その手からメモをひらりと奪い取った。
「わ、わわっ! ちょっと、優依……!?」
慌てて取り返そうとする向陽を予測していたように、優依は器用に一歩後ろへ飛び退いた。メモを背中に隠し、いたずらっぽく片目をウインクしてみせる。
「ねえ、ここからは……私のプランに付き合ってよ?」




