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樹上の訓練は半分娯楽のような雰囲気が漂っていた。失敗しても吊り橋が揺れるだけだというのもあったのだろう。緊張感が必要なものや苦痛を伴うものといった精神的にも肉体的にも負荷のかかるものが多かっただけに、彼女たちもひと息ついているのだろうとエルフリートは考えていた。
彼女たちはまだ自分の感情制御が得意ではない。あまり厳しい状況が続くと良くない結果を招きそうだったから丁度良いだろう。
静かに移動する、というのは単純に重心がぶれないように歩けば良いというものではない。地面の上を歩くのであればそれで十分だが、今回は吊り橋である。
足元が揺れるのだ。揺れないように歩こうとするだけでは不十分なのだ。やり方としては大きく二つある。歩き方を変える事、そして橋の揺れと自分の揺れが喧嘩しないようにする事だ。
前者は簡単だが、後者は難しい。エルフリートは後者については説明だけに留め、前者を徹底的に叩き込む事にした。
その結果。意外にも足を痛めているジナイーダが一番良い動きができるようになった。足音を立てないように静かに動くという事を訓練していない彼女たちにとって、丁寧な歩行は難しいものだ。
その点、ジナイーダは普段通りの歩行をすると足への負担がかかってしまう。バランスを取るのは難しそうだが、総合的には一番理想的な歩き方になっている。
「ジーナを見習ってね。歩幅を小さくして、しずしずと歩くの。うん、その調子。一定の速度で移動する事を心がけて」
エルフリートの言葉に励まされるように少女たちが歩く。複数人での移動の練習を兼ねて二人組でやらせた途端に大きな揺れが発生した時にはエルフリートは吹き出した。
エルフリートが近くで睨んでくるマロリーと共にデモンストレーションを行えば、彼女たちは動きのコツを見出したらしい。すんなりと静かな移動を実現させてみせる。
さすが肉体を使う事に慣れていると言わざるを得ない。
「みんなできてきたね。良い感じだよ」
エルフリートから合格の言葉を引き出せた瞬間の彼女たちの笑顔は今日一番の輝きを放っていた。
全員が集まれる場所まで移動した女性騎士団は、エンリケが撫でるテッサに釘付けだった。テッサは魔獣だ。新人騎士からすると、とても珍しいのだろう。
人懐っこく、可愛い子である。テッサがみんなの視線を奪ってしまうのは当然の事だろう。エルフリートも納得である。
むしろ、エンリケの方が緊張していた。女性慣れしていないわけではないだろうに、とエルフリートは失礼な事を思う。女性騎士団のほぼ全員が揃っているというのは珍しい事だから、という事にしておこう。
エルフリートはエンリケが自分達を歓迎する言葉を重ねるのを聞きながら、全員の様子を観察する。
「質問があれば、どうぞ」
いつの間にか質疑応答まで進んでいた。何人かがすっと手を挙げる。聞きたい事があれば、と事前に声をかけていたからだろうか。エルフリートが考えているよりも人数が多い。
「では、そこの……」
「その魔獣はここの魔獣ですか?」
テッサに関する質問の方が先だった。エルフリートは内心で頭を抱えた。よりにもよって、それ? エルフリートはこの地理に関するものだったり、どうして監視する為に複雑で面倒な事をしているのかといった質問が飛び交う事を想定していた。今何が起きているのか、といった内容を期待していた。
それなのに、これである。ちらりとロスヴィータを盗み見れば、彼女もエルフリートと同じような期待をしていたのだろう。眉間にしわが寄っている。
これ、大丈夫かな。エルフリートはロスヴィータの態度の方が不安になる。彼女がこれをどう判断するのかが微妙なところだ。
エンリケは目を丸くすると、すぐに朗らかな笑みを浮かべながらテッサを見つめた。
「彼女の紹介をした方が良かったかな。彼女はテッサというんだ」
「テッサですか。素敵な名前ですね」
質問をした少女――コレット――がうっとりとテッサを眺めている。エルフリートは成り行きを見守った。エンリケはテッサがどのような習性を持つ魔獣なのか。何が得意なのか、そういった事をコレットに説明する。
彼女はそれを頷きながら聞いている。コレットはどうやら鳥、もしくは魔獣に興味を抱いているようだった。好物は何なのか、普段はどのような生活をしているのか、気にすべき手入れ方法など細かく質問を重ねていく。
さすがに質問が多いとエルフリートが窘めようとした時、ロスヴィータが動く前にエンリケが動いた。
「テッサについては、これで大体分かったのではないかな。他にも質問をしたい子がいたはずだから、次に移っても良いか?」
「あ、はい! ありがとうございました」
エンリケがさらっと流したからか、コレットも満足げに頷いてすぐに引き下がった。緊張していたくせにスムーズに話題を切り替えてみせるエンリケに、エルフリートは心の中で賞賛の言葉を贈るのだった。




