29
ロスヴィータの変わりように女性騎士団の新人たちは目を丸くしている。表情を変えていないのは先輩騎士になってしばらく経つドロテアたちくらいまでのメンバーだった。
ロスヴィータくらいの切り替えの早さを求めるのは酷かもしれないが、切り替えの良さは見習ってほしいものだ。エルフリートは動じないどころかロスヴィータに合わせて表情をゆるめた先輩を見た新人たちが表情を変えていく様子を見守っていた。
「ルールは簡単だ。これから、薪割り台の上に置く獲物を狙ってもらう。それをより多く射る事ができた者が勝者だ。
矢の本数については――」
ロスヴィータはひと呼吸置きながら騎士たちを見回した。
「私は矢の作製数を指示しなかったが、何本作ったか教えてほしい。数を数えるから手を挙げるように」
ロスヴィータの言葉に緊張が走る。射る最大回数は決まっているが、矢の作製数次第で減らすと言っているのだ。自分のせいでそうなったら……と考えたのだろう。その小さな怯えの伝播が微笑ましく感じると同時に、これくらいの些細な事で動揺を表に出さないように訓練をしなければならないだろうなという考えが浮かんでくる。
エルフリートは彼女たち個々の反応をしっかりと記憶し、今後の指導について相談しようと思うのだった。
少女たちの可愛らしい歓声が飛ぶ中、ニコレッタが拳を握って喜びを示していた。
「ったぁ!」
彼女の自作の弓矢は完璧だった。自身の弓を射る能力が素晴らしいからこその結果ではあるが、弓矢がまともでなければその能力は宝の持ち腐れになってしまう。弓を射る能力と弓矢の完成度、どちらも必要なのだ。
ニコレッタはその両方を揃えていた。彼女の放った矢は目標をしっかりと捕らえており、間違いなく仕留めていた。
三本の矢で目標を射る勝負になったこのゲームは、エルフリートの想像以上に盛り上がっている。元々最大五本になるだろうと想定していた。人数が増えてきたから、脱落者がいると言ってもそれなりに時間がかかる。
このゲームが終わってから食事をするのだ。あまりゲームに時間をかけてしまえば睡眠時間が減ってしまう。食事後にゲームをして時間を空けてから就寝した方が健康的なのだが、彼女たちの精神的な管理を優先してしまったのだから仕方がない。
「すごいね! 全部当たっちゃった」
「ありがとう。弓矢は得意なの。騎士は剣と魔法が主流で弓矢はあまり、って感じだから披露する機会がなくて」
歓声の中から聞こえた声にニコレッタが反応する。純粋な称賛に対して純粋に喜びを示す姿はとても好ましい。エルフリートは「さすがだねぇ」と褒めつつ次のメンバーを呼ぶ。
呼ばれたのはエイミーだった。彼女がゲーム最後の参加者だ。
「どうしよう。こんなすごい子のあとに私……!」
最初から負けを認めているかのような発言に全員が笑う。
「先輩ならいける!」
「打倒ニコレ!」
応援の声が多数上がるとエイミーが弓を振り回して「無理だから!」と反応する。それを面白がった面々がさらに煽り、どんどん盛り上がっていく。
終わりどころを見失う前にロスヴィータが割り込めば、場は一瞬の内に静まり返った。しん、とした中で木々がざわめき野鳥や虫が囁く声が支配する夜の森が戻ってくる。
困った表情をしていたエイミーは集中力を取り戻し、獲物に向けて矢を引いた。
ひゅん、と気持ちの良い風切り音がした。直後、目標に矢の当たる音が響く。
「一本目、成功」
ロスヴィータの宣言にエイミーが息を吐く。二本目の矢を構える前にバルティルデが獲物を交換した。
二本目も成功し、三本目。それも成功した。三本の矢すべてで獲物を射る事ができたのは、ニコレッタに続いてエイミーだけだった。
少女たちの歓声が爆発する。
エイミーは弓を放り投げるとニコレッタに駆け寄り彼女を抱き上げてくるりと回る。
「ニコレ、私もできたよ!」
「エイミー先輩!?」
「あはは、一緒!」
目を白黒させるニコレッタの髪がなびいてリボンのように踊る。喜びすぎているエイミーと驚いて固まっているニコレッタの差に、周囲はどっと笑い声を上げた。
今日の嫌な事はもう水に流せたかのように見える。エルフリートはその事にほっとしていた。
「フリーデ、結果が分かったという事は、今度は我々の番か」
思いの外暗い声が耳に入って振り向けば、不安そうな表情のロスヴィータがいる。気分の切り替えは早いが、不安な気分への切り替えは遅くて良いだろうに。内心で苦笑しながらエルフリートは微笑みかける。
「大丈夫だよ。ロスは弓も使えるでしょ? 普段とちょっと違うだけ。それに、最後に弓を射るのは私だから。理想は全部射抜く事だけど、私が全部成功させるから心配ないよ」
「あなた任せになるのが嫌なんだ」
負けず嫌いで責任感が強いロスヴィータらしい言葉だった。
「これくらい任せてくれないと、私がいる意味がなくなっちゃう」
エルフリートはそう言って片目を瞑ると彼女は苦笑する。そこには「敵わないな」という気持ちが含まれていて、エイミーがしているように抱き上げてくるくると回りたくなってしまった。
エルフリートが我を忘れそうになっていると、ロスヴィータが動いた。間一髪、やらかさずに済んだエルフリートは彼女を背中を見つめてそっと息を吐き出すのだった。




