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エルフリートの事を笑っていたバルティルデは、ふいに顔を寄せるとしたり顔でささやいてきた。
「簡単なことだよ。娯楽があればいい。娯楽」
「娯楽……」
確かに娯楽は人の気持ちを和らげる効果はあるかもしれない。しかし今は訓練中だ。娯楽に使えるようなものは持ち込んでいない。エルフリートはバルティルデが一体何をするつもりなのかと視線で問いかける。
「ああ、フリーデは普通の貴族が嗜んでいるような娯楽を想像しているんだね? 違うよ。そういうのじゃない。もっと豪快な遊びさ」
「豪快?」
「そう。例えば、訓練と遊びが混ざって一石二鳥なもの――とか」
バルティルデが楽しそうに森を指す。エルフリートは彼女の示す先を見たが、バルティルデが何を見せたいのか分からなかった。
「素材がたくさんあるだろう? あれを使って弓を自作させるんだ」
「弓かぁ……じゃあ弓を作ったら、それで遊ぶって事?」
「その通り」
バルティルデはエルフリートから身を離して弓を射る動作を取る。その横顔は自信ありげに見え、頼もしさすらあった。
「弓を作らせ、その腕を競わせるって事?」
「ああ。疲れているだろうけど、肉体を使った遊びの方が気が紛れるはずだよ。そもそも、全員で遊ぶには普通のゲームは難しいじゃないか」
「それはそうだね。なら、もうすぐ暗くなっちゃうから弓を作るところまでは急がないと」
暗くなっても魔法を使って明るくすれば弓を射る事はできる。だが、弓を作る為に森の中を夜に彷徨うのは危険だ。少なくとも、エルフリートたちのように山歩きに慣れている人間以外はやらない方が良い。
今ならばまだ動ける。ただし、結界を張って行動範囲を狭めておく必要はあるだろうが。
「遭難しないように対策するけど、範囲はどうしようか?」
「そうだねぇ……」
エルフリートの問いかけに、バルティルデが頬を撫でる。彼女はちらりとエルフリートの方を見ると、再び弓を射る動作をした。
彼女はただポーズを取っただけだが、本物の弓矢が見えるようだ。
「手頃なもので武器を作る。これは案外役に立つ能力だ。むしろ、狭いくらいで良いんじゃないかい?」
バルティルデの言葉にエルフリートは瞬いた。目からウロコだった。
確かに、武器を失った場合、近くにあるもの全てを武器として使うしかない。魔法が使えれば魔法を使うのもありだが、それに頼ってばかりでは限界がある。
だからこそ、魔法を主力とする騎士も肉体を鍛えるのだ。
「手頃な素材で創意工夫をして、自分の身を守る訓練になるね」
「そういう事」
エルフリートはそれぞれやるべき事を終えようとしている騎士たちを見回した。彼女たちは相変わらず特定の方向に視線を向けている。
優先順位を守って大人しくはしているものの、明らかに自分の気持ちを制御しきれていなかった。
「班は混ぜずにやってみよう」
「ロス……!」
エルフリートの肩をとん、と叩いてロスヴィータが顔を覗き込んできた。ぱっと頭を上げれば、目の前に美しい碧眼が迫った。
エルフリートは思わずその瞳に吸い込まれた。
「フリーデ?」
「あ、ごめん」
「本当にあなたは私の目が好きだな……」
ロスヴィータの目つきが柔らかくなる。エルフリートの事が可愛くてたまらないといった空気に、思わず言い返した。
「目だけじゃないもん」
「まあ、それは知っているが」
王子様然とした彼女がふっと笑う。あまりのかっこよさにエルフリートは反応する事ができなかった。
動きを止めたエルフリートの頬ををロスヴィータが撫でる。完全に、男女のそれ――ただし、性別は逆だが――だった。
「あのさぁ、そういうのはやめてくれないかな」
エルフリートとロスヴィータの間にすうっと手が挟まれた。すぐ側で静観していたバルティルデである。
二人はほぼ同時に顎を引き、互いに距離を取る。
「すまん……」
「あ、ごめん」
素直に謝れば、バルティルデは静かに笑った。
「他の子には見られないようにな。変な噂が出て困るのは二人なんだから」
「変な噂?」
「ゴシップだよゴシップ」
バルティルデが意味深に目を細めた。
「女性同士の禁断の愛、とか言われるよ。それで、ロスがエルフリート次期辺境伯と結婚するのは……とか言われるんだ」
「何それぇ……?」
何とくだらない話なのだ。エルフリートは眉間にしわを寄せた。
「だから、そう揶揄されないように気を付けなって話。そんな事より、早く動いた方が良い。彼女たちが暇を持て余して暴走する前に」
バルティルデが顎で示した先には、ジナイーダの班に向かう人影があった。




