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妖精と王子様のファーストダンス(へんてこワルツ7)  作者: 魚野れん
エルフリート最後の山岳訓練

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8

 太ももに乗った重みを感じながら、エルフリートはロスヴィータの頭に触れる。手のひらで彼女の整った丸みを確かめるようにして動かせば、彼女はくすぐったそうに揺れた。


「いざしてもらうとなると……照れるものだな」

「そう、かも……」


 感情は伝播する。ロスヴィータの感情が先か、エルフリートの感情が先かはこの際問題ではない。ただ、お互いがお互いを意識しすぎて恥ずかしくなっていた。

 二人とも触れ合いが苦手なわけではない。どちらかと言えば好きな方だろう。だが、基本的に同性として過ごす事が多いせいか、改めて本来の性別として触れ合おうとすると、どうにもこういった奇妙な雰囲気になってしまう。

 付き合いたての恋人同士のようなぎこちなさに、二人はどちらからともなく笑い出した。


「ふふっ……だめだ。すまない、色々と気持ちが落ち着かない」

「くすぐったいからそんなに動かないでよっ、もう……っ!」


 エルフリートの文句に背中を向けていたロスヴィータが向きを変える。その表情は完全にエルフリートをからかう気満々といった風で、それを見たエルフリートは目を瞬かせた。

 ロスヴィータが珍しく何かを企んでいる。数秒無言のまま視線を交わらせれば、ロスヴィータがふいに動いた。


「ロス?」


 頭を撫でろという話になっていたはずなのに、ロスヴィータはエルフリートの腹部に抱きついてしまった。彼女の頬がエルフリートの腹を圧迫する。

 想定外の動きに、エルフリートは両手を中途半端に上げた状態で身を固まらせた。


「フリーデ」

「なぁに……?」


 返事をしたのに続く言葉はない。沈黙が続いたが、エルフリートはあえて催促はしなかった。

 とはいえ腹部でもぞもぞと動かれると落ち着かない。エルフリートの呼吸は自然と浅くなった。それなのに、エルフリートの気も知らないでロスヴィータが頬をすり寄せてくる。

 変な声が出そうになって手を塞いだエルフリートは、自分の事を見つめる双眸に気が付いた。


「な、なに……?」


 動揺を悟らせまいとしたエルフリートの声は震えていて、明らかにエルフリートの試みは失敗だった。ロスヴィータもそれは分かっていたのだろう。彼女の口角は穏やかに上を向いている。

 目尻は柔らかく下がっていて、普段の凛々しさとはまた違う表情を見せてきていた。


「……幸せになろうな」

「ロス……」


 ロスヴィータはエルフリートに向けて微笑み、そっと目を閉じる。黄金の房が深緑の目を覆い、その頬に影を落とした。


「私は、あなたと出会えて本当に幸せなんだ。日々、共に過ごしていると新しい自分に出会えるし、自分の事をもっと好きになっていく。

 こうしてくだらない嫉妬をしてしまう自分を発見したり、笑いあったり、そういった日々が続いていったら良い。そう思っている」


 ロスヴィータは頬を赤らめたままだったが、それをからかう気にはなれなかった。きっとエルフリートの顔も真っ赤だろうから。

 エルフリートはぎこちなく手を下ろし、ロスヴィータの頭を撫でるのを再開する。角度が違うからか、撫で心地も違う。不思議な気持ちになりながら、ふわふわとした思考のまま同じ動作を繰り返す。


「……私は、あなたに助けられてばかりいる。支えてもらってばかりいる。相棒であり、伴侶でもあるあなたが、この騎士団から去ってしまうのは……正直、寂しい」

「……うん」

「だが、本来は私一人でやるべき事だった。人数も増えてきて規模が大きくなってきた今、客観的に考えてこれ以上あなたに甘えるべきではないし、私自身も本心から甘えてはいけないと思っている」


 ロスヴィータが心の内をさらけ出してくれる。これほど嬉しい事があるだろうか。エルフリートの中にあった羞恥心は身を潜め、ただただ喜びが胸を満たしていく。

 エルフリートは空いている方の指の裏でロスヴィータの頬をするりと撫でた。その動きに合わせて彼女の目が開かれる。再び美しい森林がエルフリートを見つめた。


「フリーデ。本当にありがとう。私は、あなたという存在に恥じない人間になりたい。あなたがあのおとぎ話に出てくる妖精さんと王子様の関係に憧れ、妖精のような存在になると言うのなら、同じようにあの関係に憧れた私は完璧な王子様を目指そう。

 今以上に、完璧な王子様だ」

「ロス……」


 既に、エルフリートにとっての彼女は完璧な王子様だった。だが、それを今口にするのはもったいない気がして、名を呼ぶ事しかできない。

 ロスヴィータの視線と絡み合ったそれは、互いの気持ちを確かめ合うかのように、ゆっくりと交流を続けている。


「普通の妻にはなれない事は謝らない。きっと、私の夫も普通の夫にはなれないだろうからな。だが、最高の夫婦にはなれるはずだ」


 エルフリーデとしてこの場にいる今、ロスヴィータはエルフリートに向けた言葉を堂々と口にできないし、エルフリートもエルフリート(・・・・・・)としてロスヴィータに愛の言葉を紡ぐ事はできない。それでも、言葉にしたくなってしまう。


「きっと、お兄さまも同じ気持ちだと思う。普通じゃないけど最高の夫婦になれるって、思ってると思う」

「そうだろうな」

「うん」


 エルフリートが身をかがめれば、ロスヴィータはエルフリートの拘束を解いた。二人は額を合わせてくすくすと笑い合う。

 今までにないくらいに充実した秘密の時間だった。

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