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魔法に頼らず野営をする。それが今回のルールだ。薪を作る為に魔法で火をつける事はそんなに難しくはないし、火力のコントロールができるのであれば大きな危険があるわけでもない。単純に、魔法が使えなくなった場合を想定しての事である。
何かが起きて孤立した時でも大丈夫なように。少しでも有事の際に生きて帰れるように。それだけではない。誰かを守る為に。
同行者がいる可能性もある。同行者に指導できるほどに詳しくなっていれば、万が一の時、自分が動けなかったとしても、同行者にやってもらう事もできる。
今回の訓練では、様々な「自力で生き残る為」「誰かの生存率を上げる為」の工夫が施されていた。
「目を閉じていてもできるくらいに、誰かに口頭で説明して理解してもらえるくらいに、自分のものにできている自信はある?」
エルフリートの言葉に、魔法で火をつけようとしていたナタリアは視線を泳がせた。ナタリアって結構短絡的で脳筋っぽいところがあるんだっけ。エルフリートはそんな失礼な事を考えながら彼女のすぐ側にしゃがんだ。
視線の高さが合う。ナタリアはさぼっている事がバレてしまった子供のように目を逸らした。
どうやら魔法を使わずにやるというルールを忘れていたわけではなさそうだ。
「余裕があるなら、難易度が一番高い火の起こし方をやってもらおうかな」
エルフリートがそう言って微笑めば、彼女は顔色を悪くしていた。
「はい。これでやってみようか」
エルフリートは摩擦で火おこしをする為の道具になりそうな木の板を渡した。木の板と言っても、厳密に言えばただの枝である。甘やかす気のなかったエルフリートは数本の枝を彼女に見せて「火鑽板になりそうなものをこの中から選んで」と言った。
受け取ったナタリアは慎重な手つきでその枝を触り、枝を削って匂いを嗅いだ。ちゃんとエルフリートの指導した内容を覚えているようだ。火鑽板は腐敗していない木の枝を使う。少しでも新鮮な木を使う事で、火おこしの成功率を高めるのだ。
腐敗しているかどうかは匂いで確認するしかない。彼女は今、それをしているのだった。
ナタリアが板の匂いを嗅いでいる間に、火鑽棒になりそうな草の茎を探す。近くに見当たらなかった為、エルフリートは仕方なく持参していた火鑽棒用の茎を使ってもらう事にした。
甘やかしたくはなかったが、エルフリートが探して見つからないのならナタリアはもっと見つける事ができないだろう。これは仕方ないフォローだった。
「ナタリア、これ使って」
「えっ、良いんですか!?」
「本当は探してもらうつもりだったんだけど、そもそもここに使えそうなものがないから」
「フリーデ副団長……!」
興奮して目を潤ませる彼女に「甘やかす為じゃないよ。不可能な課題を出すわけにはいかないだけだからね」と釘を刺す。ナタリアはこくこくと頷き茎を抱きしめた。
あの、折らないでね……? 折ったら火おこしに使えなくなっちゃうから。
エルフリートはあいまいに笑んで「ほら、さっさと火をおこして」と言ったのだった。
忘れた頃にやってくる。そう、それは唐突にやってきた。エルフリートとロスヴィータは火の番をしているはずのナタリアの叫び声が聞こえて飛び起きた。
悲鳴にも似たそれは、彼女に緊急事態が起きている事を伝えてくる。
「ナタリア!!」
名前を呼びながらロスヴィータよりも一足早くテントを出たエルフリートは、暗がりの中、焚き火へと一目散に移動した。
焚き火に照らされ揉み合う姿が目に入ってくる。片方はナタリア、もう片方は――。
「あなた誰!? ナタリアから離れて!」
ナタリアと取っ組み合いをしているのは、エルフリートの見知らぬ男だった。エルフリートとナタリアを相手に一人で立ち回るのは難しい。そう見越して話しかけたエルフリートだったが、男は離れるどころかそのままナタリアを拘束しようとしている。
「フリーデ! ナタリア!」
すぐに追いついたロスヴィータが一度立ち止まったエルフリートを抜かして取っ組み合い中の二人に割り込む。
ロスヴィータが割り込んだにも関わらず撤退行動をしない男に違和感を覚えたエルフリートは、すぐ近くに何人もの人間が潜んでいる事に気付いた。ナタリアを気にしすぎて周囲の警戒が疎かになっていたようだ。
「そっちに隠れているの、分かってるんだからね!」
「ちっ」
エルフリートの声を聞いて闇夜に紛れていた男たちが続々と姿を現した。二十人はいる。人数は多いが、エルフリートやロスヴィータの能力を考えれば怖くない数だった。
エルフリートはロスヴィータたちに背を向け、囲い込むようにして現れた男たちに向かい合う。
「ところで、私たちに何の用? 一応先に教えてくれると助かるんだけど」
捕縛する気満々だが、そうなればしばらく彼らの話が聞けなくなる可能性がある。そういう気遣いだったが、彼らは知る由もない。
「そっちのお嬢ちゃんに用事があるんだ」
「この前、って言ってもかなり前なんだが、ずいぶんとコケにされちまってな……」
ああ、逆恨みかぁ。
「それで――」
「問答無用だね。我らが女神よ正義の鉄槌を」
エルフリートは彼らの話が終わる前に魔法を行使していた。




