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エノテーカの力があまりに強かったのか、ロエーロは彼にはたかれた頭を撫でながら口を開いた。本人が悪いとはいえ、脛を蹴られ、頭をはたかれるとは。エノテーカは中々に暴力的だ。
ロスヴィータは少しだけロエーロに同情した。
「エノテーカから、二人に対の兎を送るって聞いたんだよ。兎って言葉で例の魔獣が浮かんだから、兎用の檻を用意してやろうかなって」
「氷兎か……」
雪山、目の前の二人、兎とくれば、確かに氷兎が頭に浮かんでくる。あれはアルフレッドのワガママが原因で普通の訓練ではなくなってしまった雪山訓練で出会った魔獣だった。
木彫りの兎をよく見てみたが、氷兎のようには見えない。これはただの兎のようだった。
「そうそう。俺たち、あれに振り回されたからなぁ……でも何の縁もない物を贈られるよりも思い出になるかと思ったんだ」
贈り物をもらえるだけでじゅうぶんだと思っていた。彼が用意したものの可否はどうであれ、ずいぶんとエルフリートとロスヴィータの事を慮っていたのだと分かり、ロスヴィータは胸があたたかくなった。
「俺はあんまり器用じゃないから、気付いてもらえるかは自信がなかったけど、この折はフリーデ嬢が頑張ってたあの檻をイメージして作ったんだ」
「炎牢のつもりだったんだ……?」
エルフリートが納得がいかないといった風に呟いた。エルフリートたちが作った氷兎専用の檻は、氷の土台に炎の檻が突き刺さる事によって生まれた独特な魔法の檻である。
氷兎が解けないように、しかし氷と親和性の高い氷兎が逃げないように、という目的で氷と炎という相容れない要素を魔法で強制的に生み出したものだった。
氷を維持するのはもちろん、炎を維持するのにも魔力が必要だ。この魔法を単独で維持するのは難しく、実際当時も複数人で維持しなければならないものだった。
檻の維持については、雪崩によってエルフリートが戦力外になっていたのもあって、相当な困難だっただろう。ロスヴィータは今更ながらに、彼らの尽力に感謝の念と畏敬の念を覚えていた。
「炎を表現するって難しいんだ」
「それはそうだろうねぇ」
エルフリートはふふ、と笑った。ロスヴィータはまじまじと檻を見つめる。土台となっている部分は真似する必要もないくらいだが、その上の部分は違う。魔法で作り上げたとは言え、あくまでもちゃんとした炎である。
素肌で触れれば火傷をするし、燃えるものが触れれば発火する。自然界に存在する炎と、大して変わらない。見た目だってそうだ。
ロスヴィータが見ているのは、いびつに歪んだように見える檻であった。
「不吉に見えるし、檻だし、似てるようにも思えなくて」
エルフリートがそう言うのも分からなくはない。彼はため息を吐いてから人差し指で虚空に何かを描いた。それは瞬く間に見覚えのあるものへと変化した。
青白い塊に、炎の檻。美しい炎牢だ。
「これを作ったって言われても、ほら……」
「全然似てないな!」
「だよねぇ」
ロエーロがエルフリートが作った炎牢を見て大笑いする。そんなに笑わなくても良いのではないか……?
エノテーカはエルフリートの炎牢とロエーロの檻を見て「道理で俺にもどうして檻になったのかが分からなかったわけだ」と苦笑していた。誰が見ても、結びつきそうにない造形をしている。
「しかし、ゆらゆらと変化し続けている炎牢は美しいな」
「ああ。確かに綺麗だ」
「それと比べたら、俺の作った檻なんて中身が脱走したがって暴れたみたいに見えるな」
ロエーロが突っ込みにくい事を言ってくる。ロスヴィータは思わず「誰もそれが炎牢だとは思えないだろうな」と言いそうになって咳払いした。
「……そのあたりは何も言わないでおく」
「ロス、正直に言って、彼にとどめを刺した方が良いんじゃないかな?」
「いや……それは駄目だろう」
エルフリートが失礼な事を言っている。共に雪山で頑張った仲なのだから、もう少し優しくしてあげてほしい。
ロスヴィータがエルフリートの方を見れば、彼はまだ不機嫌そうに顔を歪めている。どうやら、この件で抱いた不満を捨てきれていないらしい。彼がどうしてこんなに不機嫌なのか、いまだに分かっていないロスヴィータは心の中で首を傾げるのだった。




