45.バベルの上の女王
「灼熱の太陽球」
視界を覆い尽くす程の大火球が頭上に現れた。保奈美の手が振られバベルと大火球が衝突する。バベルを炎が駆け下って行く。
「これは……」
「衝撃のベクトルが変換されてる?」
バベルに傷が無い。先程着弾した段階で進行方向にあった衝撃力は真下へと変換された。
「魔法では無理そうだな」
柏原副隊長の一言で、保奈美が詠唱を止めた。
「なんやあ、えっらい派手な花火上げとりますなあ」
爆発を確認したからか、別働隊がこちらにやって来た。先頭のサングラスを掛けた派手な見た目の男性が、こちらに声を掛けて来る。後ろから眼鏡の女性も現れた。あれが関西の探索者か。
「社か。久しぶりだな」
「柏原さんも元気そうやな」
「街の中は確認したのか?」
「お菓子の兵隊がぎょうさんいますよ。まあ所詮雑兵やさかい。蟻を潰すようなもんですわ」
「ならば、本丸を攻略するとしようか。見ての通り、外部からの攻撃は弾いてしまうようだが、突入の準備は?」
「出来とります。後ブライアンがよろしく言うとりました」
「何だと?コーリーが来てるのか?」
「そちらにも来とるんでしょう?監視役」
柏原副隊長がチラッとジェイソンを見る。本人は素知らぬ顔でガムを噛んでいた。
「ま、そう言う事ですわ。お手並み拝見だそうで」
「それとこちらを」
それまで喋らなかった女性が一枚の紙を渡してくる。
「これは?」
「今朝、アメリカ側から渡された衛星写真です」
「これは、人、か?」
「分析によれば、雲の上に突き出た女王本体ではないかと推測されています」
「これが、か。屋内に居る訳じゃないのか」
俺達も見せてもらう。あまり鮮明には映ってないが、大きな頭に巨大なドレス姿が確認出来る。九フィートと記載されていた。
「ジェイソン、九フィートてどれくらいだ?」
「あの建物の一階から二階くらいの高さだ」
俺は咄嗟に変換出来なかったので、ジェイソンに確認するとすぐに答えがかえってきた。成る程、まあまあ大きいが……。
「思っよりも小さいのだな」
「そうやな、後、バベルの外からの攻撃は無意味言うとりましたわ、なんでも下方向のベクトルが働いてて、飛行物は浮いてられんとか」
「無駄撃ちだったわね」
保奈美のボヤキに柏原副隊長が渋い顔をする。
「あの橋、あれを渡った者だけがベクトル変換を無効化されるらしいんですわ」
社さんがバベルへと掛かる橋を示す。下は池、か?
「その後攻撃したらどうなる?」
「見事橋ごと池ポチャしましたわ。ベクトル変換が再開された奴は逝くとこでした。ついでにあっちの橋は渡れなくなったんで、こっち側使わせて貰えんかって」
「まあ、いいが。俺達は今日攻略しきるするつもりは無いぞ?」
「分かっとります。今日は様子見、本番は明日、明後日」
「そうだ。それと、同方面から攻める以上、こちらの指揮に従ってもらう。そちらは何人だ?」
社さんが黙って指を四本見せる。
「四?コーリーを含めてか?」
「代表含め、北に向く足は重いようで」
ブライアン・コーリーは俺でも知ってる程、有名な探索者だ。アメリカが誇る六賢者の一人で、度々その活躍は世界に報道される。ジェイソンは卓越した探索者だし、実力も一級品だが、六賢者には入っていない。この事実から如何に六賢者が飛び抜けた存在か分かるだろう。アメリカ本土ではICBMと比較されるような最終兵器なのだ。はっきり言えば、彼さえいれば、他はいらないのだ。だからこその少数精鋭なのだろう。
「それなら二、二だな」
「合流してから決めてもよろしいかと」
眼鏡の女性がそう言って、柏原副隊長が頷く。
俺達はバベルの入り口を目指す事になった。街の中は混沌としていた。四種類のお菓子の兵隊達は敵を見つけると我先にと襲い掛かって来る。それにしても数が多い。通りにひしめくようにしてこちらに迫って来る。こうなると保奈美の出番だ。
「流れ墜ちる数多の流星」
前に山北で見せた広範囲殲滅魔法を目前の敵に解き放つ。街の損害など埒外だとばかりに家屋ごと絨毯爆撃を敢行。石畳は穴だらけになり、敵は綺麗さっぱり消えてなくなる。
「はえー、流石は千の魔女。容赦あらへんな」
どうやら千の魔女やらが保奈美の二つ名らしい。それが聞こえていたのか、彼女は胸を張って更地を前に歩き出す。その後も流星の雨は街を穿ち、敵を屠り続けた。
やがて、橋が見えてくる。橋の周辺にはお菓子の兵隊がうじゃうじゃといた。
「おかしいですね。こちらで待機するように言ったのですが」
眼鏡の女性。梶谷さんと言うらしい。彼女が首を傾げている。本来なら関西組の二人がこちらで待機しているはずなのだそうだ。
「取り敢えず、雑魚を始末するわよ」
保奈美はそう言うと、再びメテオールを唱え、敵に解き放つ。それは順調に雑兵を消し飛ばして行き、ある一角でそれが弾かれた。
「たんま!いるいる、ここにいるから!」
その一角が騙し絵のように溶け出し、二人の男性が現れた。
一人は優男、何故か全身ずぶ濡れだ。もう一人はアメリカ海兵隊の軍服を着用した赤毛の男性。その右手は突き上げられ、何かを掴んでいる。それは保奈美の放った流星。
「あれが圧縮か」
ブライアン・コーリーの持つレジェンダリースキルは本人同様有名である。圧縮と言う概念を自由自在に操作するその力は、暴力的な力としてでは無く、むしろ絶対防御として名を馳せている。
「beautiful shooting star」
彼は一言そう呟き、それを残敵に向けて解放する。二つ目の太陽が周囲照らした。圧縮されたメテオールの力は離れた俺達にもその圧倒的なまでの破壊力を衝撃として伝える。その威力に驚いている俺達をよそに、ブライアンは保奈美に近付いて行く。
「コレハナッタノハアナタデスカ」
「ええ、そうよ」
あのブライアンを前にしても保奈美の自信に満ちた態度は変わらない。ブライアンの日本語はジェイソン程上手くないようだ。喋る事は出来ているが、流暢な喋りとまではいってない。
「Oh shooting starモウツクシイデスガアナタハモットウツクシイ。オナマエヲキイテモ?」
ブライアンが保奈美の手を取る。
「初鹿野保奈美よ」
「ホナミ。スバラシイナマエ。ワタシハブライアンデス。ホナミ、ヨケレバコンヤディナーデモ……」
ジェイソンがブライアンを拘束していた。羽交い締めにして端に連れて行く。何やら英語で言い争いを始めた。長くなりそうなので、俺達は俺達の仕事に戻る。
「さて、そちらの戦力を分けるぞ、そうだな社と俺は分かれたほうがいいだろう。初鹿野の班に社を……」
「ソレハワタシノシゴト、ヤクメ、デス」
ブライアンが割り込んで来た。その後、彼の言い分を聞いたが、つまり保奈美と一緒の班がいい、他の増援はいらないと言っている。
「ブライアン、それはあかんやろ」
「いや待て。コーリーお前、初鹿野に惚れたのか?」
「ホレタ?」
「好きなのか?」
「Yes!」
「じゃあ彼女と彼女の班を死ぬ気で守るか?」
「OKOK.I do it」
「よし、初鹿野。ブライアンを連れて行け」
「命令なら従うけど。この人、独断専行とかしないわよね?」
「大丈夫だ。むしろ守る事に関しては世界の三本指に入る」
「それを聞いても、あまり安心出来ないわね」
話し合いの結果、俺達の班にブライアン一人が入る事になった。
その後、撤退時の決まり事を共有し、第一班がバベルに突入する。俺達は第二班なので入り口待機兼退避場所の確保だ。定期的に湧くお菓子の兵隊を掃討する任務である。
「ホナミハミートパイハスキカイ?」
「嫌いね。アップルパイは好きよ」
「ボーイフレンドハイルカイ。イテモワタシノキモチハカワラナイケドネ」
「いないわ。最近親友に彼氏が出来て、やさぐれているところよ」
「Oh my god。コレハウンメイダ!」
保奈美とブライアンはさっきからこの調子である。保奈美も嫌がってる訳じゃなさそうなので、放っておく事にする。それよりも今は……。
「上村さん。ちょっと話いいですか?」
掃討を胡桃とテルに任せ、俺は上村さんを池の近くに連れ出す。
「どうしたんだ倉松。俺なんかデートに誘って」
「やめてください。テルが聞いたら勘違いします」
あいつ馬鹿だからな。
「あの先に謝っておきます。ごめんなさい」
「なんだなんだ突然」
俺が突然頭を下げた事に困惑しているようだ。
「昨日、俺聞いてしまったんです。上村さんが駐車場で電話してるのを」
その言葉に上村さんの表情が厳しくなった。
「どの部分を聞いた」
「えっと、武器の話と、コールするってあたりです」
「……はあ」
上村さんは溜め息をついて、近くの欄干に腰掛けた。
「誰かに話したか?」
「いえ」
「そうか……」
それきり上村さんは喋らない。
「あの、バックパックの中身を見せてもらえませんか?」
「……嫌だと言ったら?」
「俺は、上村さんが俺達を裏切るような事をするとは考えていません。だから、信じて話してもらえませんか?」
上村さんが瞠目して、もう一度溜め息をつく。
「開けてみろ」
バックパックをこちらに投げて寄越した。思ったよりも重量は無い。たが、この感触は……。チャックを開けると中からバレルと銃床の外された小銃が姿を現す。
「八九式アサルトライフルだ。昔の自衛隊の主力武装さ」
「なんでこんな物を?」
銃はスキルが発生しない為、探索者の主戦場には不要の武器だ。支援職が雑魚敵からの自衛に持ち歩く事もあるが、あくまでサブ武器だ。そんな物を撃つよりも魔法を一つ唱えたほうが余程助かる可能性がある。
「倉松。俺は自衛隊にいた」
「はい、前に仰ってました」
「その時はこの武器が何より信頼のおける相棒だった」
上村さんは丁寧な、しかし素早い手つきで八九式を組み立てていく。組み立て終われば、点検だ。四方から確認し、ジャムるような物がないか、照準器は曲がってないか確かめる。
「俺は今でも信じてるんだ。こいつは命を預けるに足る相棒だとな」
「上村さん、それは……」
「分かってる。分かってるさ」
八九式をバベルに向けて構えた。
「そんなもの幻想だとな。こんな幻想のように変わっちまった世界で、幻想に縋って生きていくなんて無様だと分かってる。だけどな、仲間達はまだ信じてるんだ。この魔境に侵された日本を真に救えるのは俺達だって」
上村さんは銃口を下に向けた。
「だから、せめて、英雄達の露払いをさせてくれ。明日この魔境に仲間達が来る。一〇式を一台用意した。そいつで雑兵を蹴散らす。お前達が攻略に集中出来るよう全力で戦う」
「それは……」
「勿論送検覚悟さ。だが、それでも自衛隊の意地を見せたいんだ」
「……分かりました。でも決めるのは柏原副隊長です」
「ああ、分かってる」
上村さんは再び八九式を分解して、バックにしまった。
「なあ、倉松」
「なんですか?」
「ありがとうな。それとすまん」
礼を言われるような事はないし、謝られるような事も無い。結局、彼は俺達を裏切る訳では無かったのだから。上村さんはそれだけ言って持ち場に戻っていった。
しかし、おかしいな。矜持を示した上村さんの背中は何故だか小さく見えた。




