46.力の責任
先行した第一班が帰って来た。誰もが疲れた顔をしている。
「どうだったんだ?」
ジェイソンに聞くと、首をすくめて顰めっ面になる。
「中は空洞だ。螺旋階段が四本あって、兵隊が降りて来る」
曰く、ひたすら階段を崩さないように兵隊を蹴散らせながら登りきらないといけないらしい。
「空洞部分を飛んで行けないのか?」
「試したが、例の力が下方向に作用してる」
しかもその下方向のベクトルに載って鉄球が落ちて来るらしい。油断がならない場所だな。
「日が落ちる。撤退するぞ」
柏原副隊長の鶴の一声で引き上げる事にする。
「ワタシハホナミトイッショ二イッテイイカ?」
「ええ理由無いやろ。報告に戻るんや。だだ捏ねるなや」
「ソレハザンネンダ」
ブライアンはしょんぼりしていた。あ、立ち直って保奈美に連絡先を聞いてる。めげない奴だな。踵を返す時に横を見れば、上村さんがこちらを見ている。俺は頷く。
「副隊長。帰り際に話がある」
上村さんが柏原副隊長に掛け合っていた。帰りはエリアボスの砦を通らずに直前街の外に出る。必要なのは入る時だけらしい。街を出て、魔境外のバリケードを通過した段階でも二人の話は続いていた。柏原副隊長はかなり渋い顔をしているな。
「ジェイソン、ちょっと聞きたい事があるのだけど」
「なんだい保奈美。ディナーのお誘いは申し訳無いけれど断らせてもらうよ。妻に怒られてしまうからね」
ジェイソンはどうやら嫁さんがいるらしい。保奈美が真剣な顔でジェイソンに相談を持ちかけている。
「ジョークは結構。ブライアンの事よ」
「おや、もしかして彼は脈有りかい?」
「言わないわよ。彼に彼女がいないのは本当?」
「本当だね。三年ぐらい前まで恋人はいたけど、とんだクソビッ◯でね。彼は捨てられて傷ついてたよ」
「ふーん。そうなの」
保奈美は何やら考えている。テルと胡桃が俺に近付いて来て、ぼそぼそと話し掛けて来た。
「保奈美姉はああいうのがタイプなのかな?」
「あんな男の何処がいいんだ?私には理解出来ないな」
「大人には色々あるんだよ。日香里さんには言うなよ?」
「分かった」
「なあ、胡桃はどんな男が好きなんだ?」
テルが空気の読めない質問をした。こいつは本当に……。胡桃の目が鋭くなりテルを睨む。
「そうだな。実直で、気遣いの出来る男だ」
そう言い捨てると足早に迎えの車に乗り込んだ。
「……?なんで胡桃は機嫌が悪くなったんだ?」
テルは分かってないようだ。俺が説明してもいいが、これはテル自身が解決する問題だ。苦笑しながら車に乗り込む。ちなみにその後テルが乗って来たが、ちゃっかり胡桃の隣に乗り込んでいた。胡桃はまだ睨んでいたが。テルは素知らぬ顔だ。なんだかんだいって良いコンビなのかもしれない。
刈羽村前線基地に帰って来た。すぐさま柏原副隊長が何処かに電話を掛けている。大丈夫だろうか、上村さんはサムズアップしてたが……。
シャワーを浴びて出てくると、更衣室前のベンチで保奈美が端末を持ちながら、思案しているところだった。
「こんなとこにいると風邪引くぞ」
「ねえ、男の人って、返信に時間かかるのかしら」
突然そんな質問をされる。
「ん?何の話だ?」
「いえ、ごめんなさい。忘れて」
端末をチラッと見ると、ブライアンの名前が見えた。ははーん。
「英字で送ったのか?」
「え?」
「日本文でやり取りしてるなら、翻訳使ってるんだろ。待ってればそのうち来るさ」
話す事が出来るからと言って、日本語の文が打てるとは限らない。恐らく翻訳AIで変換して、社さんあたりにおかしくないか確認して貰ってるんだろ。
「そう、そうよね」
そんな保奈美の様子はまるで初めてのメールをする乙女のようだ。
「なあ保奈美、まさかお前……」
「え、何?」
「いや……何でも無い」
これを聞いたらテルの事を言えなくなる。まさか初恋か?なんて、とても聞けない。
「ほどほどにな。明日も早いぞ」
「ええ」
彼女の視線はすぐ端末に戻る。そんな様子を見ていたら、俺も紋芽の顔が浮かんで来た。寝る前にちょっと電話するか。
明日は俺達がバベルに突入する番だ。覚悟しなきゃな。新潟の夜は澄んだ空気と微熱を帯びた、そんな気持ちの良い夜だった。
「ああ、明日だ」「副隊長は信じてくれてる」「……そうだな。革命の時だ」
翌日、朝一番に爆音が響いた。準備を終えて、さあいざとなっていた俺達は驚いて基地を飛び出す。そこにいたのは日本が誇る一◯式戦車が三両。砲塔を一列に構え並んでいる。戦車隊の前に自衛官が一人立っていた。彼が見事な敬礼をする。
「高田駐屯地より中越方面戦車隊、第八戦車中隊隷下川田小隊。只今援助要請を受け、馳せ参じました」
皆一様に呆けた表情をしながらも、敬礼を返す。暫くそうしていると背後から柏原副隊長が出て来た。
「御苦労。君達と戦える事、嬉しく思う。しかし、車両は一つと聞いていたが」
「正式に許可を取りました。平時ならば、考えられない事ですが、上位幕僚の方達も魔境攻略に貢献出来ない事に忸怩たる思いを持ってらっしゃるようです」
魔境攻略は自衛隊法に定められる防衛出動に値する。これは魔境災害時に時の臨時内閣が定めた規定で、魔境攻略に関する自衛隊の戦力供与は認められているのだ。しかし、とても高価な武器や弾薬を惜しみなく使った奥多摩攻略作戦は失敗。後に探索者のみの攻略が成され、自衛隊は国民を危機から護ると言う存在意義を失っていた。防衛費は大幅に削られ、探索者協会にその大半が流れ、自衛隊自体も縮小の一途を辿ったのだ。
「分かった。だが、あくまで砦の前までだ。エリア結界に取り込まれれば、助ける事は難しいぞ」
「心得ております」
川田さんは踵を返して一◯式に乗り込もうとし、上村さんを見つけてアイコンタクトを取っていた。呼んだって事は昔の同僚なのだろう。だが、二人は言葉を交わす事無く、出発となった。
バンを降りて、戦車隊の後ろに付く。魔境前のバリケードは既に避けられていた。バリケード前に自衛官が十人程いる。彼らも川田小隊の隊員だろうか。敬礼をして見送る彼らに俺達も敬礼を返す。
戦車に乗る隊員達は探索者ではない。つまりスキルを持たない者だ。彼らにとって魔境とは死地と同義だ。生身でお菓子の兵隊と戦えば、一分と持たないだろう。そんな場所に向かう仲間を見送る彼ら。
「ジレンマだよな」
「え?何て言ったのきょうにぃ」
「何でもないさ。彼らの分まで戦うぞ」
「もちろん」
戦車三両はその巨体からは想像も出来ない機敏な機動力を見せつけた。敵が近付けばその無限軌道で轢き倒し、数が集まればその砲塔から砲弾を放つ。素晴らしかったのはその連携だ。敵の集団への偏差射撃はコンマ一秒の誤差の無い射撃だった。
「なんか、体が熱くなって来た!」
「正しく露払いだな。鎧袖一触だ」
テルと胡桃もその活躍に目を輝かせている。だが、内心俺は複雑だった。昨日、保奈美はたった一人でこの数倍の敵を殲滅した。魔境での探索者はこの怪物のような力を持つ戦車隊を軽く凌駕する。
「浮かない顔だな」
上村さんが俺を気遣ってくれた。
「ちょっと考え事です。すいません」
「何をだ?聞かせてみろよ」
上村さんが肩に手をやる。大きな手だ。この手で多くの人を救って来たのだろう。
「……その、スキルってやはり規格外だなって」
「……ほう?」
「人が、人類が積み上げて来た物を簡単に凌駕するスキルは、果たして正しい選択なのかな、と」
「お前はその恩恵でここに立ってるんだろ?」
「確かにそうなんですけど、今さらながら、外から与えられたこの力に頼っていくのが正しいのか迷ってしまって」
「あいつらの活躍を見ちまったからか?」
上村さんは無双する戦車隊を顎で示す。
「それもあります。でも前から思っていたんです。人の努力とか熱意が蔑ろになっていないかって」
胡桃を見る。あれだけの刀技を得る為にどれだけの努力をしたのか。きっと彼女の手は豆を何度も潰した事による硬さを得ているだろう。その硬さは、しかし、スキル一つでひっくり返ってしまう事がある。
「倉松はスキルが嫌いなのか?」
柏原副隊長が話に入って来た。
「そういう訳ではありません」
スキルが無ければ、紋芽に出会う事も無かった。だから、嫌いでは無い。ないが……
「スキルは道具だ。同じ様に、武器も道具だ」
柏原副隊長は戦車を指し示す。
「もっと極論を言えば、己の肉体だって道具だ。俺はそれをどう使うか、何を芯にして戦うかに重きを置いている」
「スキルが道具……」
「与えられた、偶々手に入れた。そんなものは時の運であり偶然かもしれないが、俺はそう思わない」
柏原副隊長は言葉を切ると、遥かバベルの頂上を睨む。
「必要だったから得る事になったんだ。スキルだってそうだ。必要があったから与えられたんだ。何者からなんてどうでもいい。ここに道具があり、それを使わなければ、国を救えない。ならば使うまで、そうだろ?」
柏原副隊長の信念が見えた。これが彼を彼足らしめている芯なのだろう。
「使える物は使う……」
上村さんがその言葉を呟いた。
「そうだ。よし。お前達に先人の言葉を贈ろう」
柏原副隊長は一つ息を吐くと、その言葉を紡いだ。
「With great power comes great responsibility」
「え、英語?」
「ぶっ」
背後でジェイソンが吹き出している。
「ヘイ、Mr.柏原。ネタが古いよ」
「流石にジェイソンには分かったか」
「なんて意味なんです?」
「あー力のある奴には責任があるって意味だな」
柏原副隊長は恥ずかしそうに意味を教えてくれた。ジェイソンが知ってるって事は、有名な政治家とかの名言だろうか。
「責任、か」
上村さんが何かを考え込んでいた。
「砦だ」
砦前では社さん達が待っていた。わざわざこちら側に来てくれたのか。ブライアンが保奈美の姿を見つけてぱっと笑顔になる。十中八九彼が言い出したな。
「ブライアンが張り切ってしもうて、もう料理人は倒してあります」
との事で俺達は戦車隊に礼を言って、砦を抜けた。遂に第二班の出番だ。
日本海上。
「そろそろ二日目が始まるかの」
「一体いつまでここにいるんだよ」
「まあ、そう急くな。折角特等席で観戦出来るのだ。ゆっくり見物といこうではないか」
「あーこんな事ならバビラス連れて来るんだったな」
「あ奴は別の仕事がある。お、街に入ったようじゃ」
「なあ爺。本当に奴は使うのか?」
「間違い無く、な。そうなれば、始まるのう」
「何がだよ」
「探索者協会の崩壊と新たな時代がの」
「変態の癖に言う事はデカいな」
「そうじゃろうそうじゃろう」
「なんで得意気なんだよ」
暗躍する、二人の影が船上にあった。
With great power comes great responsibility.
皆さん御存知、親愛なる隣人のテーマです。
柏原副隊長はアメコミのガチオタクです。
引用元:Marvel comic Spider-Man




