42.日本海へ
俺達候補生に招集が掛かった。第二回イベントの二日後の事だ。候補生は十二名いたはずだが、辞退したのか、はたまた落とされたのか招集されたのは八名のみだった。その中には上村さんやジェイソン、大川も残っている。前回の白チームは胡桃とテルを除くと、一人しか残っていない。柏原副隊長が入室して来た。後ろから保奈美も入って来る。ジェイソンを除く全員が立ち上がり敬礼をする。休めの仕草で全員が着席した。
「おはよう。君達には今日から遠征を行なってもらう。初鹿野」
「はい。補佐に入る初鹿野二段よ。よろしくね」
保奈美が余所行きの微笑みで自己紹介をした。その美貌に鼻の下を伸ばす候補生もいたが、テルだけは真顔だった。
「さて、早速今回の遠征内容を伝える。攻略対象は新潟県柏崎魔境だ」
その発言に場がざわつく。俺達は探索者だ。攻略しろと言われたら、喜んで魔境攻略に乗り出す。その気持ちに嘘は無い。だが、問題は場所だ。このご時世、日本国内を自由に行き来する事は不可能に近い。ましてや太平洋側から日本海に抜けるのは困難を極める。特に陸路はどこに魔境の端が入っているか定かでは無い為、命懸けだ。むしろ海路で北廻りする方が安全だろう。しかし、海路となると、時間が掛かるのも事実。
「言いたい事は分かる。だが安心しろ。移動の件は大将が何とかしてくれる」
柏原副隊長の視線の先、ブリーフィングルームに紋芽が入って来た。一瞬俺を見てウインクをする。やめろ周りが勘違いするだろ。
「皆さんは私が送ります。帰りも保証されてる往復切符だから安心してね」
成る程。力技で移動する訳だ。
紋芽のテレポートを使い、柏原副隊長と保奈美を含めた十人を新潟へ送る事になった。皆初めてのテレポートにそわそわしている。だが、俺は不思議と落ち着いていた。紋芽を信頼しているのもあるのだろうが、最近は並大抵の事では動じ無くなった気がする。どういう訳か俺は最後に回された。保奈美は先方に先触れとして最初に飛んだので、今ここにいるのは俺と紋芽と柏原副隊長だけだ。
「早く攻略して帰って来てね」
「分かってる。その間、留守を頼む」
「うん。いってらっしゃい」
紋芽が俺の頬にキスをした。隣で柏原副隊長が唖然としている。
「おい、今の、お前らどういう……」
あれ?柏原さんには話してないのか。青天の霹靂といった様子の柏原副隊長に釈明しようとした瞬間、紋芽のテレポートが発動し、俺は新潟に跳ばされた。
仄かな磯の香りが鼻を刺激した。十一月に入り、日本海側はかなりの寒さのようだ。用意していたバックパックから上着を取り出している間に、柏原副隊長が転移して来た。その顔は仏頂面だ。
「俺は認めんからな」
それだけ言うと、保奈美を探しに行ってしまった。これは敵を作ってしまったか?後で話が出来たらいいが……。
辺りを見回すと海岸に程近い立地のようだ。南を見ると海岸沿いの道路を塞ぐようにバリケードが張られている。魔境の入り口を物理的に分かり易くしているようだ。
魔境は拡大する。これは知られた事だ。攻略が滞っている魔境は年々その範囲を広げる。それは人の歩みよりも遅い微々たるものだが、知らずに広がった魔境に踏み入ってしまう事例もある。幸い、魔境のモンスターは一部の例外を除き、魔境から出て来る事は無い。だからこそああやって、魔境の境を視覚的に分かり易くしている。一般人が立ち入らない為、魔境の現在の範囲を確認する為に。
「きょうにぃ。遠くに海が見えるけど、なんか荒れてないか?」
「もうすぐ冬だからな、今の時期の日本海はこんなもんだ」
「随分、寒いのだな」
「ほら、上着着とけ。夜はもっと冷えるぞ」
テルと胡桃は日本海を見たことが無いのだろう。初めて見る荒波や強く吹く寒風に驚いている。俺は祖父が秋田に住んでいたので、子供の頃に何度か来たことがある。車の窓から見た、稲穂の波を思い出した。そんな黄金色の美しい情景も今は見ることが出来ない。物流が滞ってからは、めっきり衰退してしまったのだ。
「昔は新潟と言えば米の一大産地だったんだぞ」
「米はバイオコロニーで作るものだろ?」
「話には聞いた事がある」
現在は政府が主導し、都市近郊に巨大な農作施設が建設されており、それで食料自給を行なっている。今の子達にとって稲作とはタワー型のバイオコロニーの中で行われるものなのだ。
「寂しい場所だな」
ジェイソンが話し掛けて来た。今日の朝もだが、かなりフレンドリーに会話を振ってくる。まぁ敵意を持たれるよりはいいが。
「昔はもっと熱気のある土地だったんだ。豊かな自然と美味しいもので溢れていた。それを取り戻すのが俺達の仕事だ」
「ふむ。その心意気や良し。他国の地に感慨は無いが、協力しよう」
やはりいい奴だ。最初の態度が嘘のようである。それにしても日本語上手いな。
「柏崎と言えば、環境変化型の魔境だったな」
上村さんも会話に混ざって来た。環境変化型の魔境は魔境内の様子が魔境主によって改変された魔境だ。その言葉通り、ここから見る事の出来る魔境の端には奇妙な形の木が並んでいた。丸く撓った木にランタンのような仄かに光る実が成っている。まるで童話の世界のようなメルヘンチックな空間だ。
「あのバリケードの向こうで何人が犠牲になったんだろうな……」
上村さんの言葉は、遠征と聞いて少し好奇心が踊っていた俺の頭を冷やした。そうだ、今こうしている間もあの魔境の中で命を散らしている者達がいる。焦る必要は無いが、攻略を任されたからにはやり遂げなければならない。それが命を散らした探索者達や魔境災害で犠牲になった人達への手向けとなるはずだ。
暫く雑談をしていると、大型のバンがこちらに二台向かって来るのが見えた。助手席で保奈美が手を振っている。
「分かれて乗って」
指示通り、俺とテル、胡桃は一台のバンに乗り込んだ。中はかなり広く八人は座れる余裕がある。保奈美が上村さんに声を掛けてこちらに乗せた、これで四、四で分かれた事になる。保奈美が助手席に乗ったところで、柏原副隊長が険しい顔で寄って来た。
「おい、待て、そっちには俺が乗る、降りろ初鹿野」
「運転手さん無視して発進してちょうだい」
「え、いいんですか?」
「大丈夫。職権を乱用しようとしてるだけだから」
助手席の窓を叩く柏原副隊長を無視し、バンが発進する。
「こうなると思って組み合わせを決めておいて正解だったわね。先に言っておくわ。この四人が第二班。補佐としてあたしが付く事になるからよろしく」
そう言った途端、テルの顔が強張る。
「初鹿野二段、質問いいか?」
「どうぞ上村二階」
「彼らは探索者免許を持っているのか?」
そう言って、胡桃とテルに顔を向ける。魔境を攻略する以上、探索者免許は必須だ。死亡した時の保険や、メダルの売買許可も免許には含まれている。前回の榛名山魔境は特例で許されたと聞いたが、獲得したメダルは協会に返却したみたいだ。
「まだ持って無いわね。二人とも来年の頭に取得出来るはず。今回は仮免ね。獲得メダルは返却。保険は特時のもので対応しているわ」
「それは危険ではないのか?彼らは未成年だろう?」
「そうね。だからこそ私が補佐に付くのだし、彼がいるのよ」
保奈美は俺を見た。そこまで期待されていると、何だかむず痒いが、テルと胡桃の為に命を投げ出す覚悟はある。大事な仲間であり、保護者のような気持ちにもなっている。
「倉松一階は随分信頼されているんだな?」
上村さんが多少棘のある言い方をした。そういう言動をするタイプでは無いと思っていたのだが……。
「みっともない振る舞いはやめなさい。上村二階」
「……そうだな。すまん」
保奈美の一言で、上村さんは腰を引いた。
「あ、あの!」
運転手の人が気まずい空気に耐えられ無かったのか、声を上げた。俺より少し歳上くらいの若い男だ。
「皆さんよう来てくださいました。中越方面軍第九分隊所属の飯田六位です。えっと、皆さんは例の奪還屋だと聞いたんですが、本当ですか?」
標準語で話しているが、かなり訛りがある。だが、それが逆に場の空気を和やかなものにしてくれた。
「ええ、本当の事よ」
「あんりゃあ、凄いです!じゃ、じゃあ、あの会津で隊の連中が見たって言ってたんですけど、山ごと砲弾にした凄腕の魔法使いがいたらしいんですけど、知ってますかね」
会津は比較的中越に近いから、援軍として参戦してたのかもな。しかし、山を砲弾にか、そんな大魔法使うのなんて一人しかいないと思うんだが……。
自然と俺とテルの視線が保奈美に向かう。
「そ、そうみたいね。あたしは近くにいなかったから、ちょっと分からないかなー」
「ひえー。すんごい人もいるもんだ」
保奈美の目が泳いでいた。というかそんか魔法使えるなら、ダイダラボッチも何とかなったんじゃなかろうか。その後も上手くはぐらかして当事者である事を隠していた。
飯田さんは話し上手で、中越の現状を詳しく話してくれた。今向かっているのは刈羽村に建設された前線基地で北からの攻略を担当しており、南より弁天島の前線基地から上下に挟んで攻略が行われているらしい。だが、魔境内の攻略は思うようには進んでいないらしい。その理由を話してくれた。
「女王?」
「ええ、柏崎魔境は童話をモチーフにした環境なんですが、中の住人のような連中を纏める女王がいるようなんです」
「そいつが主なのか?」
胡桃の質問に飯田さんは肩を竦めた。
「それが分からんのですよ。住人の街のようなものがあるんですが、周りの砦を守るエリアボスがかなり厄介でね、そいつらが女王らしき偶像を崇めているんで、恐らくそれが主だろうと言われています」
「魔境の中に街……」
「郊外から街の様子が分かるんですが、中央に高い塔があるんですよ。それで、言われてるのが、バベルです」
「バベル」
「ええ、隊の連中はバベルに登って女王を倒す。そう言って頑張っとります」
柏崎魔境のバベル。
未だ人類が立ち入った事の無いその塔に、俺達は挑む事になる。




