39.勇者の拳
準決勝、つまり勝者側トーナメントの決勝戦が行われる。スクリーンの右上に表示されているトーナメント表には見知った名前が表記されていた。
「準決はスーニャか」
「魔法使いなのにやるなぁ」
そう、勝鬨橋のちびっ子魔法使い、スーニャの名前があった。近接職が圧倒的に有利なソロで、ここまで勝ち上がるのは、正直言って信じられないものがある。
「めっちゃ楽しみじゃん」
「だな」
舞台には二人が揃う。スーニャはポンチョと長靴という何とも癖に刺さりそうな装備に背丈を越える杖を携えている。
『あちしは最初から全力でいくからよろしく!』
『望むところだ!』
試合開始の鐘が鳴る。仕掛けたのはタリだ。距離を一気に詰める。魔法使い戦の常套手段だな。
『悪いが魔法は撃たせないぞ』
『そうは問屋が卸さないってね。ビッグピラー!』
発動が速い。短縮系のスキル持ちか。舞台の半分が迫り上がり、スーニャ自身を高所に引き上げる。
『天将回現:朱雀 朱焔憑依』
すかさずタリが翼を広げ、距離を詰めに行く。
『そりゃ飛んで火にいる夏の虫ってやつ。エリアウェーブ!』
追いすがるタリにスーニャが杖を掲げた。突然タリが制御不能に陥り、ビッグピラーの側面に衝突する。
「なんだ!何が起こったんだ?」
「お得意の振動魔法だろう。空中だろうと振動は伝播するからな」
『く、不覚』
『どんどんいくぞー!ピラーバレット!』
ピラーの側面から岩の弾丸が連続で発射される。有意な位置からの連続攻撃。中々えげつないな。タリは朱雀を解除し回避に専念している。だが、完全には防げていない。とんでもない数の弾丸がタリを襲っているからだ。
『もういっちょ!ラウンドピット!』
駄目押しとばかりにタリの足元に穴が開く。既に翼を解除したタリには成す術が無い。
『こうなれば……四神顕現:白虎』
タリの背後に真っ白な虎が現れた。あれが白虎か。タリと白虎の姿が重なり。その四肢が白銀に光る。
『虎甲』
穴の底に着地するや否や、タリが壁面を登り始めた。そのフォルムは正に猫科のそれで、四つん這いになり、まるで平面を走っているかのような速度で駆け上がる。
『何の!アースクエイク!』
ビッグピラー自体を激しく振動させる。だが、タリは落とされない。ピラーの頂点に到達し、スーニャに襲い掛かる。
『虎拳』
虎の爪がスーニャに迫る。
『ウルトラサウンド!』
スーニャが杖を振った。先程のエリアウェーブとは違い直接的な振動波は出ていないようだが、タリの様子がおかしい。明らかに動きに精彩が無い。振るった右腕も簡単に回避されてしまった。
「これは超音波か」
「いやー強いじゃん。流石勝ち進んできただけあるー」
音波もまた振動によって起きる。振動魔法使い恐るべし、だな。
「しかし、自分には食らわないんだな?」
「耳栓でもしてるんじゃね?」
ぽぷらの言葉にまさかと笑うが、スーニャの耳のあたりに何か装飾品がはまっているのが見えた。え、そのまさか、か?
『その音を、やめろ!』
『え?ごめーん。あちし今耳聞こえないんだー!』
そのまさかだった。それはソロに出てくる訳だ。デュオでやったら連携も何もあったもんじゃない。
『天将回現:六合』
タリは始めて見る天将を喚び出した。仏のような人が両手に何か持っている。黄色の人型。
『黄樹調律』
技が発動した瞬間、音が止んだ。それだけで無く、舞台上の音が全て消える。スーニャが何事か叫んでいるようだが、こちらには何も聞こえない。
スーニャが杖を向けた。魔法は発動した。聞こえないからと言って、詠唱を断ち切る力は無いらしい。だが、タリはそのアースバレットをいとも容易く切り裂き、スーニャの眼前に接近する。一撃必殺の太刀が振るわれた。
『勝者サルバドール=タリ!』
会場が沸く。タリもそうだが、スーニャは強かった。俺が戦っても初手で倒せなければやられていただろう。
「これで決勝か」
「スーニャとの再戦も有り得るぜ」
やっと大会のシステムを理解したテルがトーナメント表を差して言う。そう敗者側の勝者とスーニャの準決勝があって、最終的な挑戦者が決まる。
その相手が舞台上に出て来た。銀髪を角刈りにした厳つい見た目をしている。装備はライトアーマーとジャケットだけ。拳に特徴的な武器を装備している。ダイナナのような格闘家だろうか。名前はMi9。ミックと読むらしい。何処かの諜報機関みたいな名前だな。Mi9がジャケット装備を脱いだ。裸にライトアーマーだけという何とも反応に困るスタイルになる。てかムキムキすぎだろ。どんだけだよ。
「うえ、マッチョはあーし無理」
「え、格好良いっすよ!」
ぽぷらとテルの意見が割れる。俺はノーコメント。
『あちし、純粋に聞きたいんだけど、何で装備脱いだ?』
『スイマセンニホンゴニガテデス』
Mi9はカタコトだ。日本人じゃないのかもしれない。彼は拳を構えた。やはり格闘家か。
『まぁいいや。速攻で決めたげる!』
開始が合図され、試合が始まる。スーニャが杖を掲げると同時にMi9が拳を振り抜いた。
『ウルトラ……ぶっ』
詠唱途中のスーニャが吹き飛ばされた。
『レディヲイタブルノハイケマセン。ハヤクカチマス』
さらに拳を振るう。あれは斬撃波のように拳を振るうと打撃が飛ぶのか。
『そう簡単にやられるか!ビッグピラー!』
スーニャお得意の高所戦術が始まる。だが、Mi9はピラーに拳を押し当て、スキルを発動した。
『ダイナマイトブロウ!』
ピラーに放射状にヒビが入り、ピラーが粉々に粉砕される。あの巨大なピラーを一撃で破壊するとは。どんなステータスしてるんだ。スーニャが落下して来る。
『フルパワーデス。ボウキ』
Mi9の体を翠のオーラが覆った。あれはまさか、覚醒者のスキルか?急速にスーニャに迫る。速いな。それに気付いたスーニャが詠唱する。
『ウルトラサウン……』
『スパイラルダイブ』
Mi9の蹴りが炸裂した。スーニャの体が回転しながら飛んで行く。
『フラッシュムーブ』
何と地面と平行して飛んで行くスーニャにMi9が、追いついた。
『オワリデス。ピンポイントブロウ』
決着がついた。あまりにも鮮やかなコンボ、そしてステータスの暴力だ。俺は確信する。間違いなく、彼は何らかの勇者だ。
『勝者Mi9!』
会場もあまりの呆気無さに驚いている。というか彼は誰に負けて、敗者側に行ったんだ?
「タリなら勝てると思いたいが」
「……頑張れ!」
テルはじっとスクリーンを見つめて呟く。そうだな。俺達に出来る事は応援する事。
「あ、間に合いましたか?」
焦った声が背後から聞こえてきた。ダイモンかと思ったが、その声は高音の女性のものだ。誰かの知り合いかと思いながら振り返って、その女性アバターが恥ずかしそうに俺を見つめている事に気付いた。
ダークブラウンの落ち着いた髪をボブカットに切り揃え、耳には翡翠色のイヤリング。腕には見覚えのあるアンクル。いつもの牧師服はロングスカートに変貌している。背はいつもの彼女よりも少しだけ高い。だが、その仕草は間違い様が無い。俺の大事な人だ。
「え?ダイモン?」
ぽぷらも気付いた。テルは分かっていないのか、首を傾げている。お前、実の姉だろ……。
「えっと、アバターを変えました。変じゃ、ないですか?」
恐る恐る聞いてくる彼女に近寄って、そっと可愛いと呟いてやると、真っ赤になってしまった。
「今から決勝戦だから、一緒に応援しよう」
「は、はい!」
ダイモンのアバターが女性になった。元々どういった訳で男性アバターにしていたのか知らないが、そうする理由が無くなったのでと彼女は俺に伝えた。そうか、本人が望んでいるなら是非も無し、だ。
スクリーン内に会場が映し出される。天将刀を既に抜き放っているタリと、こちらもジャケットを脱いで臨戦態勢のMi9だ。
『参る』
『Let's enjoy!』
初手はタリの斬り込み。突きに近いそれをスウェーで避けるMi9。戻した刃を逆袈裟で振り抜くように見せかけ、刃先が上に跳ねる。あれは見たことがある。二の太刀水鶏だ。
『Shit!』
避ける為にMi9が上体を反らす。態勢が崩れた。だが、相手もさる者。崩れた姿勢でタリの右足を払った。体重ののった右足を払われた事により、タリも同じく態勢を崩す。それぞれが後ろに倒れ、受け身と後転で構え直す。
「達人レベルになると、下手なアビリティは出しにくそうだな」
「導線が確定してしまいますからね。確実に入るところでしか使わないでしょうね」
『天将回現:騰蛇 紫焔斬刀』
タリの天将刀が紫の焔を纏う。
『ボウキ』
Mi9を翠のオーラが覆う。
両者がぶつかった。Mi9の乱打に対して、タリが的確なラインで弾く。一転、タリの上段斬りを交錯した腕で防ぐMi9。まさに互角だ。攻防はどちらも引く事無く続き、タリの紫焔が切れたタイミングでMi9が深く踏み込んで来た。スキルのタイミングを計っていたな。
『コレヲウケルコトデキマスカ!』
両の手でパンチ?踏み込みと共に突き出された両手を軸線で受けようとするタリの目の前で、その掌が開かれた。
『なに!?』
『パンツァースマッシュ!』
大砲が発射されたのかと見紛うような炸裂音が鳴り、眼前の全てを吹き飛ばす。
「予備動作無しであの威力かよ!?」
「やっべー威力じゃーん」
テルとぽぷらと同じく俺も驚愕している。俺のスキルの中にも、あの威力を出せる技は一つしか思い浮かばない。それをノーモーションで出せるとは。
『四神顕現:朱雀』
砂煙の中から声がした。煙が晴れると、タリの肩に鳳凰のように燃え盛る鳥が止まっている。四神スキルでの朱雀は始めて見るな。それにしても、あの技を食らってすぐ反撃に移るとは、タフだな。
『朱焔の舞』
タリが斬りかかる。Mi9が同じ様に防ごうと拳を合わせて、背後から朱焔を食らった。
『ナンダ!?』
彼の背後に朱雀が舞っていた。常にタリの対面に来るように位置を移動している。まるで遠隔ドローンのような動きだ。それが口から白炎を吐くと、Mi9が避けるが、その先にはタリがいる。彼は腹を裂かれ、大きく後退してタリを睨む。タリが優勢だ。このまま押し切れる。観客はそう思っているだろうが……。勇者であるならば、奴も持っているはずだ。あのスキルを。
『ヤルジャナイカ』
『これで決着とする』
『フム……』
Mi9が構えを解いた。タリは躊躇せず距離を詰める。そうだ、使われる前に倒しきれ!
『シン・カクセイ』
Mi9が白く輝くオーラに覆われる。やはり持っていた。勇者を勇者足らしめているスキル。
Mi9が消えた。タリは気付いていた、その目が真横に出現したMi9を捉えている。しかし、間に合わない。その右拳がタリの腹に放たれる。
『ダグリム』
空間が殴り飛ばされた。拳の延長上にあった舞台ごと何もかもが直線で抉り取られる。衝撃が端まで伝播し、外周のバリアにぶつかった。バリアが波打つ。
観客は沈黙。皆、何が起こったのか理解出来ない。
『ソロの部、優勝はMi9選手です!』
アナウンスがされ、歓声が沸いた。タリの負けだ。
万雷の拍手の中、その事実だけが俺達の全てだった。




