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33.初鹿野家にて




「はいはい」


 訓練が終わり、シャワー室で汗を流した俺は、テルを連れてマンションに帰って来た。一度自宅に戻り、荷物を置いて保奈美の住んでいる最上階を訪れる。こうなると最上階の残り一部屋に誰が住んでいるのか気になってきたな。

 一六〇二号室のインターホンを押して、暫く待つと見知らぬ女性が玄関を押し開いて出て来た。四十代くらいだろうか、どことなく保奈美に似た黒髪の美しい女性だ。


「いらっしゃい。テルと、貴方が倉松君ね?」

「げ、日香里ちゃん」

「げ、とは何よ。夕御飯抜きにするわよ、テル?」


 テルは知り合いみたいだな。慌てて取り繕うのがテルらしい。


「ちょっと驚いただけだって。きょうにぃに紹介する。この人は日香里ちゃん。保奈美姉のお袋だ」

「倉松匡太郎です」

「保奈美の母です。娘がいつもお世話になっています」


 玄関で二人して頭を下げ合う。丁寧な人だな。すると、後ろから保奈美が顔を出した。


「もう、お母さん玄関で何やってるの、ほら二人とも早く入って」


 家主の言葉に従い、部屋に上がらせてもらう。紋芽の部屋と違って、かなり家庭的なリビングだ。家族用のダイニングテーブルに、六人掛けのソファ。大きな壁掛けモニターもある。日香里さんはキッチンに消えていった。いい匂いがするな。


「あ、いらっしゃい」


 ソファには既に寛いでいる紋芽がいた。きちんとした部屋着を着た保奈美と違って、こちらはパジャマ姿だ。こんなだらしない姿も十日程前ならドキッとしただろうが、ここ一週間で見慣れてしまった。


「あれ?胡桃は?」

「あー、うーん。それがねぇ……胡桃さん?出て来たら?」


 紋芽がソファのクッションが不自然に積まれた場所に声を掛ける。クッションの山がビクッと動いた。


「なんで、なんで私の部屋着を洗ってしまったんだ!」


 クッションの山が悲鳴の様な声を上げる。


「だって、何日も着ていたでしょう?そのパジャマも似合ってるわよ?」


 保奈美はしょうがないじゃないと言うと、テーブルの椅子を引く。


「二人とももうすぐ出来るから、座ってて。可愛い胡桃が見たいなら、ソファでもいいわよ」

「可愛くない!」


 保奈美は手をひらひらさせながらキッチンに引っ込んでいった。


「なぁ、きょうにぃ。胡桃は何が恥ずかしいんだ?」


 クッションの山を指差してテルが聞いてくる。その何も分かって無い顔を見て、悪戯を敢行する事にする。 


「あれはな、テル。大事な物を隠しているんだ。ほら、ハムスターとか巣に餌を隠すだろ?」

「胡桃の大事な物ってなんだ?」

「それはなテル。お前に見せる為に大事に隠しておいた胡桃の……」

「らっきょおまえぇぇ!」


 胡桃が飛び出して来た。ピンクのフリルが付いた、普段の彼女からは考えられないジャンルのパジャマだ。短い髪をシュシュで纏めている。そんな彼女が手に持ったクッションで叩きつけて来た。


「やめろ!食事の前に埃を立てるな!あとらっきょってこっちで呼ぶんじゃねぇ!」

「おまえー!」

「お、可愛いじゃん」

「か、かわ!?」


 テルの一言で胡桃が小さくなる。


「ちゃんと胡桃さんに合うサイズのを用意したから、彼女が気に入ったら、時々見れるよてっちゃん」

「姉貴はもうちょっと着るもの気を使えよ。そんなんだからいつまでも彼氏出来ないんだぞ?」

「ぐふっ、ふ、ふ、ふっふっふ。今迄ならばその言葉は効果抜群だっただろう。しかし、私にはもう効かないのだよ」


 紋芽がおかしくなった。芝居がかった様子で手を翳しながら、俺の方をチラチラ見ている。いや、俺は確かにお前が好きだし、紋芽も憎からず想ってくれてるような気はしているが、まだ俺は彼氏じゃないからな?


「はいはい。ラブコメはそこまで。ご飯だぞ、子供達よ、手を洗って来なさい」


 保奈美の声に振り返ると、ダイニングテーブルに湯気の立つ食事が並べられていた。美味そうだ。順番に手を洗い、食卓に着く。


「「「「頂きます!」」」」

「どうぞ召し上がれ」


 日香里さんがニコニコしながら、飲み物をついでくれた。大代姉弟とはどういった関係なんだろうな。料理は驚く程美味かった。家庭的な味だが、片足をプロに突っ込んでいるような美味さだ。聞いてみると、日香里さんは元料理人だそうだ。保奈美さんが成人するまで、その腕一つで彼女を育て上げたらしい。


「紋芽とテルは日香里さんと昔からの知り合いなのか?」

「二人のお母さんが、私の親友だったのよ。昔ね」


 日香里さんはそれだけを教えてくれる。()()()か。それ以上は言い難いのか、言葉を濁す。


「すみません。紋芽もごめん。要らない事聞いた」

「そんな事無い。匡太郎には知っておいて欲しかったし」


 紋芽の言葉に少し救われた。突然テルが立ち上がった。


「日香里ちゃんは俺達の二人目のお袋みたいなもんだ。俺は日香里ちゃんの事が好きだし、尊敬してる」

「テル……」


 後で紋芽から聞いた話だと、魔境災害が起こった十年前、二人は両親を亡くした。五年間施設で育ったが、五年前に日香里さんが施設を訪れて、二人を引き取ったらしい。日香里さんは五年もの間、二人を探していたのだ。


「ご馳走様でした」


 食器はすっかり空になり、キッチンに運ぶ。片付けはするからと、日香里さんが言ってくれたので、運営の放送を皆でリアタイする事になった。ソファに座ると自然と紋芽が隣に位置取る。胡桃は恥ずかしいのか、テル、保奈美、胡桃の形で座っていた。


「ねぇ、これくらいはいいよね?」


 紋芽の囁きが聞こえて、彼女の腕が俺の腕を絡め取るのが分かった。紋芽は一番右に座っているので、皆からは見えない、はず。多分、俺の顔は真っ赤になっている。チラッと右を見たら、紋芽も真っ赤だった。


『第二回Futures Online公式放送、スタートします!』


 放送が始まった。俺は右腕に神経を集中しすぎて、それどころではないが、放送は恙無く始まる。


『今日はゲストに来て頂いています!何とゲーム内最大勢力と言ってよいでしょう。クラン、トラットリアのクランマスター。メーヴィスさんです!』

『どうも、メーヴィスです。よろしくお願いします』


 メーヴィスと呼ばれた人は、アバターだった。それが、リアルの運営さんと違和感無く喋っている。技術が進むとこういった事も出来るんだな。ちなみにメーヴィスは男性アバターだ。


『さて、メーヴィスさん。早速第二回イベントの内容を発表したいと思うのですが、何と今回はPVPです!』

『いやー最初聞いた時は驚きました。どちらかと言うとPVEを主体にしたこのゲームでPVPをイベントとするのはかなり意外でした』

『そうなんです。実はこのゲーム、プレイヤーキル出来ません。ですからPKもいない!』

『クエストではちょくちょくあるんですが、それきりで、勿体ないとは思っていました。しかし、ここで実装してきましたね』

『ですので、プレイヤーの皆さんには存分に楽しんで頂きたい。ではでは、イベント説明に入ります』


 イベント詳細が映し出された。


「ソロとタッグバトルか」

「オレ、強制タッグじゃん」


 ダブルエリミネーション方式の闘技大会だ。ただし、ソロかタッグのどちらかしか出れない。んーこれは悩むな。


「確かにテルテルはファーニーとタッグね」

「私は一人で出てみたいな」


 胡桃は一人か。確かにタリは万能型。一人で戦う方が良さそうだ。おや?


「いや、テル。テイマー、サモナーの部があるらしいぞ?」

「え、マジ?」


 最後に付け足すように書いてある。あんまり人気の無いと思われてる部門なのかな?


「あたしはパスしようかな。錬金術師を三次職にしないとだし」

「お金必要なら言ってね?」

「あんがと」

「じゃあ、紋芽一緒に出るか?」

「うん。出よう出よう」


 そういう事になった。




 都内某所。


「どうだった」

「難しいと言わざるを得ないな。化け物共には届く気がしない」

「まぁ想定通りだな。俺達が奴らと並ぶ必要なんてないんだ」

「ああ、それで?例の物は?」

「安心しろ、もうすぐ届くはずだ」


「君達の言う例の物とは、これかね?」


 影がいつの間にか立っていた。影が実体を持ち、初老の男性になる。


「びっくりさせるなよ。爺さんがコンスピラシーか?」

「いかにも。それで君達が今宵の取引相手じゃな?」

「そうだ」

「では、代金を頂こう」


 男は懐から赤に輝くメダルを取り出す。それを躊躇無く差し出す。


「確かに、エピックのメダルだ」

「本当に中身は何でもいいのか?そいつは不人気スキルだろ?」

「よいよい。さぁ、代金は確かに頂いた。これを」


 初老の男性は六角の石を取り出し、男に渡す。


「これが……」

「そうだ。決してこの取引で得た事を明かすのでは無いぞ?もし明かせば……」

「分かってるよ」

「では、またのご利用を」


 初老の男性は影に消えていった。


「これが本当にそうなのか?」

「さあな、試してみれば、分かるさ」

「試してみれば、そうだな」


 石を傾け、上村は冷たい目で、それを見つめた。

 

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