32.トライアウト
「お前達の教官を務める事になる柏原だ。訓練を始める前に言っておくが、生半可な探索者はこの隊にはいらん。脱落した者から離脱してもらうからそのつもりでやれ。残った者だけを正式に採用するつもりだ」
訓練教官は何と柏原副隊長が務めるようだ。相変わらず迫力のある体躯をしている。
「では訓練内容についての説明をする」
スライドが背面のモニターに表示され、三つの項目が明示された。
「一つ、訓練所での基礎訓練。二つ、現地でのチーム訓練。三つ、隊員との模擬戦闘だ」
目の前にはテルと胡桃が並んで立っている。胡桃がこの訓練に参加したのは、保奈美の推薦があったかららしい。勿論、魔境主を一刀のもとに斬り伏せた実績と、本人の配属希望も加味されているとは思うが。
「今日は基礎訓練を行う予定だ。この後、すぐ開始するが、何か質問は?」
二人ほど手が上がった。
「大川」
「はい。どうしてこのプログラムに子供が参加しているのでしょうか」
質問したのは俺より少し歳上の男性だ。周りの視線がテルと胡桃に集まる。
「実力に歳は関係無いからだ、他は?」
柏原副隊長はばっさり斬った。流石に貫禄があるな。大川と呼ばれた男は苦虫を潰したような表情で引き下がる。角刈りのいかにも軍人といった風体の男性が手を上げる。三十歳くらいだろうか。
「採用基準で重きを置くのは?」
「戦いで生き残れるかどうかだ。他はいらん」
「ありがとう御座います」
「他はないな?始めるぞ」
質疑応答が終わり、訓練が開始された。
「遅いぞ!走れ!」
最初の訓練は持久走だ。基礎中の基礎だが、ただの持久走では無い。全力疾走での持久走である。とは言え、流石に探索者のエリート達、最初の三十分程は余裕を見せていた。しかし、三十分を過ぎたあたりで後ろから柏原副隊長が竹刀を持って走り出したのだ。トップスピードを維持出来ない者から脱落していき、残り五名程になった。
「きょうにぃ、これいつまで続くんだろ」
「さあな」
俺とテルはまだまだ余裕がある。しかし胡桃は……。
「はぁ、まだいけ、る。はぁ」
かなりきつそうだな。
「君達は随分、余裕が、あるな」
例の角刈りが息を乱しながら話し掛けて来た。
「まぁな。あんたも大したもんだ」
「は、は。空挺団の、訓練に、比べれば、屁でも、ない」
「空挺団の出身か」
見た目通り、自衛隊出身だったようだ。そういう探索者は多い。
「おらあ!喋ってる余裕があるみたいだなぁ、追いついちまうぞぉ!」
後ろから鬼が追いかけて来た。さらにスピードアップしやがった。ここで胡桃と角刈りさんがアウト。残りは三人。俺とテルと前を走る男。集まった時は分からなかったが、彼は日本人じゃないようだ。肌が少し黒みがかっている。ハーフかな?
「そこまで!」
柏原副隊長の号令で走るのを止め、俺達は息をつく。副隊長が俺達の肩を叩いて笑顔になる。
「大代、倉松やるじゃないか!それから皆に紹介しておこう。アメリカの特殊部隊から出向しているジェイソン・シップだ。日本語も問題無く話せるからよろしくな」
トップを走っていたのは特殊部隊員だったのか。それは速いはずだ。俺は欧米風に握手を求めた。
「よろしくなジェイソン」
気さくに話し掛けたつもりだったが、ジェイソンはこちらを一瞥するだけで手を出してはくれなかった。
「トップのエリートと聞いたが、この程度か」
冷たく言い放つと、さっさと自分のタオルを取りに行く。
「なんだあいつ」
「気にするな。そういうのもいる」
テルがご立腹だが、誰もが社交的な訳じゃない。それに、ここで試されるのは社交性じゃないしな。
「五分休憩、続いて紅白戦をやる。屋外訓練場に集合」
「「「はい!」」」
屋外訓練場は東京ドーム二つ分はある敷地面積を誇る。そんな広大な敷地内の両面に旗が二つ。
「それではこれより旗取り合戦だ。白は紅の、紅は白の旗を倒せば勝ちだ。スキルは使用していい。ただし当たったら死亡するような物は使用禁止だ。使った段階で訓練から失格とする。この訓練で必要なのは指揮の正確さと、従う力だ。理不尽に強力なスキルをどう捌くかも重要になってくる」
「質問よろしいですか!」
角刈りさんが手を上げる。率先して聞いてくれるのは助かるな。
「なんだ上村」
「武器は使用してもいいでしょうか」
「勿論許可する。だが、殺すなよ。一応うちの回復役が待機してるが、首が飛んじまったら繋ぐのは無理だぞ」
副隊長の視線を追うと、白髪の男性が立っているのが見えた。白衣を着ている。
「Dr.ジョーだ」
「ドクターだ」
皆口々にそう呟く。
「誰?」
「知らん」
「私に聞くなよ?」
三人とも誰か分からない。
「城和重だよ。知らないのか?」
角刈りさんこと、上村さんが教えてくれた。なんでも回復魔法の権威で、奪還屋の一人らしい。こんなとこにいたか、四人目。
「ではくじ引きの通りに分かれろ。作戦会議は五分だ」
俺は紅チーム。紅の鉢巻を巻く。テルと胡桃は白チームだ。胡桃は刀を持っていたが、どうするつもりなんだろうか。あいつの太刀は一撃必殺だと思うんだが……。紅チームは他に子供がなんちゃらと騒いでた大川って奴と、ジェイソンがいる。他の三人はよく分からない。
「さて、誰がリーダーやる?」
「待て、その前に言っておく。俺は一人で好きにやらせてもらう」
ジェイソンが話はそれだけだとばかりに歩き去って行く。成る程、スタンドプレイがお好きらしい。
「あいつの事は放っておくとして、僕にやらせてくれ」
大川が立候補した。他に立候補者がいないので、成立する。
「ありがとう。それじゃあこの中でスピードに自身がある人」
二人手を上げる。
「名前いいか?」
「大東だ」
「新見」
「では、大東と新見で旗を倒すよう動こう。残りの二人で旗の守備に自信がある方は?」
「俺がやるよ。倉松だ」
手を上げる。守るだけならやれるだろう。
「じゃあ倉松は防衛。僕と君で遊撃だ。時間が無いからこれしか決められないが、臨機応変にやろう」
なんだよ。嫌な奴かと思ったが、ちゃんと指示を出してる。腐ってもエリートなんだな。
「始めるぞ!」
宣言から間もなく、副隊長が笛を吹いた。紅白戦の開始だ。
俺は旗の前に立っていた。遠距離攻撃を警戒してだったが、それが功を制したと言っていいだろう。背中に悪寒が走り、訳も分からず棍を地面に突き立てる。
その瞬間、不可視の斬撃波を棍が防いだ。
「なんだ!?」
「大丈夫だ防いだ!攻めに集中しろ!」
チームを落ち着かせて、前を向かせる。目を凝らして闘気を探す。いた、敵の旗の前に、闘気を膨らませた胡桃がいる。マジか、あの距離からこんな小さな的を狙ったのか。不壊の如意棒じゃなきゃ防衛者ごと斬り伏せていたぞ。しかも、第二撃が来る。集中しろ!不可視とは言え、放った闘気は見えるはずだ。……ここ!打ち払いで何とかやり過ごす。よし確かに見えた。これならいける!その後もう一撃来たが、それも打ち払うと、無駄と悟ったのか、斬撃が止んだ。
次はこちらのターンだろう。大川が広範囲魔法で砂埃を立てる。いい判断だ、これなら遠距離攻撃は難しい。前衛二人が砂埃に突進して行く、さて敵はどう出るか。ジェイソンは気になる事があるのか、手前で待機したままだ。
「おい、クラマツ。聞きたい事がある」
「なんだ?」
ジェイソンがこちらに寄って来た。
「向こう側にボーイがいただろう。あいつの気配が無い。仲が良いんだろう?ボーイは気配を消す事が出来るのか?」
ボーイ?テルの事か?この距離で気配が分かるのか、そういうスキルかな。
「気配は消せないな。むしろどこにいるのか一目で分かるタイプだ」
「そうか、他にボーイが得意な事は?」
「得意、か……そうだな。テルは空を飛べる」
「フライングボーイか。ああ、いたな」
ジェイソンが太陽に向かって右手を翳す。
「うわ、なんだ!」
太陽に重なるように人影が現れた。テルだ。相手方のスキルで姿を隠していたようだ。テルは何かに捕らわれたように動きが遅くなっている。いや、テルだけじゃない、空間自体が、粘度を持っているみたいだ。
「ネバネバする!なんだこれ!?」
「you like Sticky gum?」
そのままジェイソンが走り出した。先程の全力マラソンは彼にとってランニングに過ぎなかったらしい。前進していた二人を抜き去り、あっと言う間に敵陣の奥に到達する。何て速度だ。雷装を纏った俺より速いかもしれない。
立ち塞がる角刈り、上村さんを鮮やかに躱し、旗前に立つ胡桃に肉薄する。それにしても彼の速さは異常だ。まるで、何かに引かれているように前方に飛んでゆく。しかし、胡桃を抜く事は至難の技だぞ。
胡桃は冷静に納めていた刀を抜こうとしたようだが、鞘から刀身が抜けない事に気付いた。ジェイソンが勝ち誇った顔で背後の旗に手を伸ばし、鞘ごと振り抜いた胡桃の斬撃を腹に食らい、吹き飛んだ。
「What!?」
油断しすぎだ。神を一太刀で殺した女だぞ。そう簡単にいくかよ。
「え?」
だが旗は貰った。雷を纏う俺の手の中に白いフラッグがはためいていた。胡桃が思わず声を上げてこちらを見る。
仕掛けは簡単だ。ジェイソンが凄まじいスピードで駆け出した時に彼の背中に番天印を刻んだだけだ。後は相棒が敵の本陣まで連れて行ってくれた。流石の胡桃も彼を越える速度で迫る俺を知覚出来なかった。それだけだ。
「紅の勝ちだ。シップ、鞍望、倉松。素晴らしいスキル捌きだった。では本日はここまで。後日行う現地訓練の日取りは追って連絡する」
訓練は終了。空中で藻掻いていたテルも開放される。
「クラマツ。悔しいが、いい仕事だった」
「あんたも一流の矜持を感じたよ。ジェイソン」
ジェイソンは意外にも、皮肉では無く賛辞を送って来た。認めた相手には気を許すタイプかな?
ジェイソンが控室に向かったので、俺も着替える為に訓練場を後にする。
上村さんがじっとこちらを見つめているのに、この時の俺はまだ、気付いていなかった。




