30.実験体七号ユニゾンセル
光が消えると見覚えの無い通路にいた。目の前にはダイモンの背中。
「転移罠、ですか」
「しかも分裂系か」
通路には二人だけだ。強制的にパーティーも分割させられ、個チャも封印されている。
「ふぅ。正直一人だったら詰んでたかも。ありがとうらっきょさん」
「まだ安心するのは早いぞ」
タリとテルは一緒だったから大丈夫だろう。問題はぽぷらだ。彼女は電源室から降りて来るところだった。一人で跳ばされた可能性がある。
「進もう。一本道みたいだし」
「そうですね」
通路は今迄の配線剥き出しの物では無く、隔壁を有したしっかりとした造りだ。電源も明らかに生きており、オレンジのフットライトが通路の先を照らしている。
「部屋のドアが開いてますね」
「見てみるか」
曲がり角の部屋のドアが開いたままになっている。他の部屋は閉まったままだ。これはここに入れという暗示だろう。部屋の中は荒れ果てていた。ベッドだったであろう物は骨組みだけが残っている。
「ここは居住区だったんだな」
「コンソールの電源が生きてます」
埃の積もったコンソールディスプレイをダイモンが拭うと、日記のようなフレーバーテキストが表示されていた。
三月十二日。遂に第二区画にまで退避命令が出された。感染源と思われていた水源を潰して十日程、事態は一向に改善を見せない。
「水が干上がったのは、これが原因か」
「まだあります」
三月十四日。上層部は完全撤退を考えているようだ。あの実験さえ実施していなければと後悔が残る。第三区画の閉じられた隔壁の向こうから時折、悲鳴にも似た雄叫びが聞こえる。隔離で犠牲になった人々を思うと胸が痛い。
「次が最後です」
三月十七日。撤退は認められなかった。我々は見捨てられた。上層部では自殺者も出ているようだ。私は元凶を発生させた者として責任がある。メインブレインに開発させているワクチンは恐らく間に合わないだろう。しかし、叶うならば、この呪いにも似た人の業の末路を晴らす者が現れることを願う。彼らを……
「ここまでですね」
「細菌か、ウイルスかな?」
「それでワクチンがある、と」
「これを書いた奴の為にもなんとかしないとな」
「先ず第三区画ですね」
俺とダイモンは通路を進む事にした。途中分岐がいくつかあったが第三と書かれた床の表示を辿る事にする。
「ふと思ったんですが」
警戒しながらもダイモンが疑問を口にした。
「なんだ?」
「転移なんて便利なシステムがあるのに、どうしてエレベーターがあったんでしょう」
「うーん。三つ思い付く事がある」
「三つも?」
「一、転移はエネルギーを多く使う可能性」
「なるほど」
「二、転移出来る物には質量制限がある」
「物資運搬用ですか」
「三、転移嫌いな奴がいた」
「それが一番ありそう」
そんな話をしていると広間に出た。朽ち果てた机と椅子が並んでいる。この造りは食堂かな。
「何かいます」
ダイモンが警告した通り、広間の奥に動く物体が見える。
「鑑定」
▶融合型オートマタ AE-z改
元々は警備仕様のオートマタ。現在はユニゾンセルのコントロール下にある。
外見は四角い箱に六つのマニューバーが付いた形だ。右側に有機的な部品がある為、歪に見える。
「回復前借り頼む」
「ストックリカバリII。三回まで回復してくれます」
「分かった。最初は背中の瘤を狙ってみる」
俺が槍を構えるとAE-xが動き始める。その動きは、速い!しかも直線的に突っ込んで来る。
「その多脚で吶喊タイプかよ!?」
壁を走りながらこちらをロックオンすると、一直線に突進して来る。体捌きで辛うじて避けたが、突進の予備動作が分かりにくい。AE-xが着地し、反転しダイモンを狙う。
「バイブル」
ダイモンは本を掲げると、眼前に幕が現れ、AE-xを弾いた。
「一度切りの緊急手段です。次は防げません!」
「分かった。新スキル使う」
そう、ダイダラボッチを倒して手に入れたエピックスキルの出番だろう。奴に向けて右手を構える。
「番天印」
右手の先から赤い線が伸びる。AE-xの瘤に押印。俺はインベントリからクリカラで購入したダーツを取り出す。その数十。
「行け!」
ダーツをバラバラに放り投げると押印された箇所目掛けてダーツが殺到して行く。これが、新たな力、番天印だ。一度押印された箇所には最大十発の投擲物を誘導させる事が出来る。回避されても印と印が接触するまで誘導が続く、だが、投擲物側の押印を消されると力を失ってしまう。逆を言えば、消されない限り永遠と敵を追尾する。このスキルによって、遂に俺は遠隔攻撃手段を手に入れたのだ。
AE-xは回避行動を取る。壁を蹴り、直線的に回避しようとするが、無駄だ。番天印は敵を逃さない。一本、二本と突き刺さる。その段階で奴は回避を諦めた。まるで生物のような叫びを上げると瘤が隆起し何十本もの触手が生えてくる。
「手数勝負に切り替えましたか」
「そうなると不利だな」
印と印を接触させる関係上、ダーツの尖端に印がある。奴はそこを的確にはたき落とし始めた。
「となれば……ダイモン、タイミングで魔法頼む」
「任せて下さい」
俺は再びダーツを取り出す。最後の五発だ。番天印を再度起動し、押印。そして、再び投擲。五つの鏃がAE-xを向く。
「またはたき落とすつもりだろうがな、そう何度もやらせないさ」
俺は槍を構え、跳躍。AE-xはこちらを警戒せず、ダーツを落とす事に必死だ。
槍に押された印が、俺を奴の下に誘導した。
「……!」
気付いたな、だが遅い。ダーツよりも圧倒的に重い投擲物が触手の攻撃を受けながら、印へと到達する。
「牙突!」
目標に突き刺さった。のたうち回る奴から距離を取るように、槍と共にを離脱する。
「バーストレイ」
ダイモンの光魔法が瘤を撃ち抜いた。すぐさま触手が消え、ポリゴンと化していく。
【守護者IIIを倒しました】
またしても、レベルが上がらなかった。三十レベルからのレベルアップは経験値がかなり必要なようだ。しかし、新スキルの試し打ちが出来た。番天印は強力な手札になるな。
「番天印ですか。ぽぷらが泣いて欲しがるスキルですね」
「とは言われても、手に入れたのは現実だしな」
有効活用出来るのは俺だけだ。
「それはそれとして、守護者IIIと言うからにはⅠ、IIもいるのでしょうね」
「皆それぞれ戦ってそうだな。先を急ぐか」
「そうですね」
食堂を抜けて、通路を進むと第三区画と書かれた隔壁が現れた。隔壁自体は半分溶解し、通れるようになっている。
「壁に実験棟と書かれてるな」
「危険な匂いがプンプンします」
そこからさらに先に進むと、巨大な空間に出る。円柱状の広間で、吹き抜けになっており、高さは四階程。今はその地上部分にいる。円の中心には水深二メートル半程の水槽が置かれていて、水で満たされている。これ本当に水か?
「あ、姉貴!らっきょ!」
テルの声がした。横を見ると、ファーニーとタリを連れて通路から出て来たところのようだ。すかさず、ダイモンがパーティーを組み直す。
「ぽぷらを見たか?」
「いや、こちらは確認していない。守護者とやらは倒した」
話を聞くに、あちらにもフレーバーテキストがあって、実験の記録等があったという。
「ユニゾンセル、ですか」
「そいつを倒せって事か?」
「ワクチンも興味深いな、どこにあるんだろうな」
そんな話をしていると、硝子を叩くような鈍い音が空間に響く。
「どこからだ?」
「あ、あそこだ!」
タリが指すのは三階部分にある硝子張りの部屋だ。そこにぽぷらがいた。どうやら捕まっているようだ。猿轡を噛まされている。その状態で必死に硝子窓を叩いている。
「成る程、負けるとああなるわけだ」
「助けに行きましょう」
「あの螺旋状の階段で上がれそうだぜ」
俺達が階段を目指し、移動しようとした瞬間。中央の水槽から何かが現れた。脚部は触手のような五本の脚、腹部には埋め込まれた機械が激しく明滅しており、上半身は二メートル程の人型だ。頭部は人の原型を留めておらず、目が一つ、口は顔の横まで裂けている。そんな造形なのに、腕だけはちゃんと二本で、指が五本。そのアンバランスさが、生理的悪寒を発生させる。
「うえ、あの日記の奴、マッドサイエンティストじゃねぇか。鑑定」
▶フィールドボス 実験体七号ユニゾンセル
遥か過去に狂気の実験により生み出された存在。今も彼はその身から哀しき呪いを吐き出し続ける。十分以上戦闘が続くと強制的に敗北となる。
「制限時間がある。十分で倒せないと負けだ!」
「てっちゃん、引き付けて。タリさんは視界を出来るだけ塞いで下さい。らっきょさん、ぽぷらの救出と、ワクチンの探索を!」
「「「了解」」」
戦いが始まった。俺は雷装を纏い、一目散に階段を駆け上る。タリは既に朱雀を憑依し、奴の周囲を飛び回りながら攻撃を加えている。二本の腕では捕らえきれないようだ。ファーニーとタリはと言うと、何と脚の触手を掻い潜りながら、挑発を繰り返している。挑発取ったのかあいつ。そのお陰でこちらには気付かれていない。三階の扉を蹴り開け、ぽぷらに近付く。
「んー!んー!」
「待ってろ、今解いてやる」
ぽぷらが突進して来た、何だと思う間もなく倒され、頭上をレーザーが通過していった。硝子窓が真っ二つになる。
部屋の隅、天井付近に犯人がいた。人のサイズでは考えられない程大きい一つ目。こいつ守護者か!ぽぷらの猿轡を急いで取る。
「そいつ飛ぶから気ーつけて!」
「取り敢えず、部屋を出よう!」
俺達がレーザーの雨を避けながら部屋を転がり出ると、守護者はこちらに興味を失ったかのように、ユニゾンセルへと飛んで行く。その頭部にくっつき、赤い光を放った。
「目が二つになった!」
「ヘルメットみたいな物も装備しましたね」
「倒せなかった融合型守護者はこうやって合体するギミックだな」
これはいよいよもって不味いな。残り時間六分。俺は辺りを見回す。螺旋階段はまだ上に続いており、最上階に部屋がもう一つある。
「一番上に行ってみる。ぽぷら内壁に沿って煙幕頼めるか」
「合点承知のすけ」
ぽぷらの正確な投擲で階段が隠された。後は登るだけ。だが、奴も警戒しているのか、今迄はしてこなかったレーザー攻撃を無闇矢鱈に周囲に振りまき始めた。
「うわ、危ね!」
「タリさんが被弾しました!ぽぷら援護出来る!?」
「今降りてるー!待っててねー!」
下は大変そうだが、今はワクチンを探すのが最優先だ。四階の扉は耐圧扉になっていた。これは期待出来るぞ。バルブを開け、扉が開放される。残り百七十秒。
中は無機質な空間だった。コンソールは一つも無く、壁に隙間無く走った魔法陣が明滅している。
《あなたは誰ですか?》
部屋の中に声が響く。
「そう言うお前は?」
《私はこの要塞のメインブレイン。ズーラです》
「俺達は意思を託された者だ。ユニゾンセルを呪縛から解き放つ為に」
《そうですか、あれから永い年月が経ちました。主を無くした私には最後の命令を守る事しか出来ませんでした》
残り百秒。時間が無い。
「あんたワクチンを作ったんだろ?」
《御存知なのですね。確かに出来ました。しかし私は迷っています》
残り八十秒。
「なにをだ?」
《私を覚えているのは最早、彼一人。そんな最後の生き証人を、私自身の作った薬で壊していいものなのかを。彼は元々、この研究機関で働く職員でした。私のメンテナンス要員だったのです。よく私に語り掛けてくれました。あの実験にも自ら進んで参加しました。それがこんな結果を生むなんて》
「ズーラ、よく見るんだ」
残り五十秒。
「彼は苦しんでる」
窓の外では暴れ回るユニゾンセルがファーニーを弾き飛ばすところだった。すまん皆。もう少し耐えてくれ。
《苦しみ。私には理解出来ない感情です》
「ズーラ。この永い年月、誰からも頼られない事をどう思った?」
《そうですね。非常に、非常にもどかしいと感じました》
残り三十秒。
「それが苦しみだ。自分ではどうしようも無い現実、どうしようも無い意識。今彼はそれを抱えている」
《……》
「開放して上げなきゃ駄目だ。そのチャンスは今しか無いんだ」
《このワクチンでそれが出来ますか?》
残り二十秒。注射針に入ったワクチンが壁のスロットに転がり出て来た。俺は焦らず、それを受け取る。
「出来る。任せて欲しい」
《分かりました。貴方に託します。彼をお願いします》
俺は踵を返すと、扉を飛び出す。残り十秒。階段を降りる時間は無い。手摺から身を空中に投げる。
「番天印!」
ワクチンと彼の間に印が結ばれる。残り五秒。
「行け!」
ワクチン針は狙いを違わず、ユニゾンセルの肩に突き刺さった。次点で投げた、ダーツが針を押し込む。
間に合った!
【フィールドボス 実験体七号ユニゾンセルを倒しました】
【レベルが上がりました】
らっきょ Lv31
メインジョブ 覚醒者(槍)
サブジョブ 商人
筋力 55→56
頑強 47→48
知恵 32→33
器用さ 53→56
敏捷 42→43
魔法抵抗 43→44
運 15
スキル
互換性Ⅲ
空歩Lv2 覚醒Lv3 番天印Lv1←new 龍気
重心移動Lv3 天柱落Lv3 身体能力向上Lv5 健康Lv4
雷装Lv3
頑強Lv5 健脚Lv4 体力増強Lv4 体捌きLv3
槍術Lv5 棒術Lv5 挑発Lv4 交渉術Lv1
鑑定Lv4
アビリティ
両手突き 打ち払い 投槍 上段突き 発勁
下段突き ハーフスイング 三連突き 牙突
現槍←new
何と覚醒が三に上がった。新しいアビリティも生えている。これは期待出来る。
「あ、消えてく」
テルの言葉にユニゾンセルを見ると、天井を見つめながらポリゴンと化していく最中だった。その顔は俺の思い込みじゃないだろう、笑顔のまま、彼は天へと還っていった。
「何故か切ないな」
「そうだな」
タリとテルが黄昏ている。さて、俺にはもう一つ役目がある。地面から起き上がり、螺旋階段を再びえっちらおっちら登る。メインブレインルームに顔を出す。
《ありがとう御座いました》
「礼はいらん。で、お前はどうする」
《……もう終わりたいです。死後の世界は残念ながら想像出来ませんが、もしそういった世界があるのならば、彼と彼等に会いに行きたいと思います》
「分かった」
壁が大きくスライドして、緊急停止スイッチが姿を現した。最期を飾るにしては、武骨なボタンだ。
《さようなら》
「ああ、お休みズーラ」
こうして、古代要塞はその機能を完全に停止した。




