26.ガール&ガール
「何でこんな事に……」
「何です?何か言いました?」
カーテンの向こう側から紋芽さんの声がする。
「な、何でも無いです!」
俺は鏡に映る自分の姿に溜め息をついた。
場所はランジェリーショップ。紋芽さんと二人、お買い物の最中だ。
あの後、何とかして男に戻ろうと足掻いてみたが全て無駄だった。最後の手段は、ゲーム内の課金要素である性別変化だろう。しかしそれは自宅でのみ可能な事項だ。まずは帰らなくてはならない。退院手続きを終わらせ紋芽さん同伴の元、特別車で自宅に帰る。上級探索者のみが使える協会の車だ。移動中は終始顔をフードで隠していた。着ているパーカーは紋芽さんが買って来てくれた。本当に何から何までお世話になりっぱなしだ。
こそこそと帰宅し、紋芽さんにリビングで待っていて下さいとお願いしてFOLNを起動する。
おかえりなさい、らっきょ様。
インタフェースの課金要素の欄を呼び出す。このゲームは課金要素が容姿に関わるものしかない。だから課金でブースト等の成金チートは不可能になっている。
▶性別変更
良かった。そんなに高くない。コマンドを選択し、支払い画面にいく。決済手段は……クレカ。
「は?このご時世にクレカ!?」
どうしてなのか、決済手段がクレカしかない。この端末決済が主流のご時世にクレカオンリー。使う事は無いだろとクレカなんて作ってない。
「くっ、背に腹は代えられない」
俺はリビングに戻ると、紋芽さんに頭を下げた。
「恥を忍んでお願いがあります。クレジットカードを貸して頂けませんか」
「クレジットカード……?」
「はい、あの、料金は倍にしてお返ししますので……」
紋芽さんは何事か少し考えた後、困ったような顔で首を横に振った。
「ごめんなさい。私はクレジットカードを持ち合わせていません」
お、終わった……。
「そ、そうですか……」
項垂れながら、保奈美にメールを打つ、彼女なら持ってるだろう。連絡先を交換しておいて良かった。かくなる上は彼女に貸して貰うしかない。返信はすぐ返って来た。
〘まだ事後処理中。数日帰れない。てか、無事だったんだ。良かった。で、どうよ女になった気分は?〙
俺は端末をそっ閉じした。
「詰んだ」
「クレジットカードが作りたいんですか?一週間程度で作れますよ?」
その言葉に従い無表情になりながら手続きをする。一週間か……。泣きたい。
「らっきょさん。いえ倉松さん。そろそろ話していただけませんか?」
紋芽さんが椅子から立ち上がって、俺の肩に手を置く。背が縮んだ姿だと、彼女とそう背格好が変わらない。くっ……泣きそう。
「……誰にも話さないでもらえますか?」
「はい。これでも責任ある立場にいますから、口は硬いですよ」
彼女は優しく椅子に俺を座らせて、そう微笑んだ。女神だ。彼女になら……。
俺は全て話した。あの日、レジェンダリーメダルを拾ったところから、互換性に関する話を余すことなく彼女に打ち明ける。
「互換性、ですか」
「はい。詳しい事はまだよく分かってないんですけど、そう言えば、大代隊長、聞きたい事があったんです」
「紋芽って呼んで下さい。らっきょさんに余所余所しくされるのは嫌です」
「う、紋芽隊長」
「隊長もいらないです」
「紋芽、さん」
「はい。それで聞きたい事とは?」
「レジェンダリースキルのグレードが上がる事なんてあるんですか?」
「あります。実際に私も経験した事があります」
彼女は即答した。つまり上級探索者にとっては周知の事実なのだろう。
「しかし、匡太郎さん程、特異なスキルも珍しいです。まぁ、レジェンダリースキルはどれをとっても規格外、特別な物が大半ですが」
俺の呼び名は匡太郎さんになったみたいだ。一度、八王子で自己紹介しただけなのによく覚えている。
「それにしても性別まで変えてしまうような、スキルですか……。匡太郎さん、これはあくまで憶測ですがこれ以上グレードを上げるのは危険かもしれません」
紋芽さんの真剣な表情に俺は緊張した。
「それは一体……」
「死を、互換する可能性が有ります」
俺は息を飲んだ。どうして今迄気付かなかったのか、ステータス、インベントリ、性別となったらその可能性だって大いにある。
「確かに……」
「お話を鑑みるに、主討伐でグレードアップする事が多いようです。つまり、誤解を恐れずに言うならば、探索者を続けるのはリスクが高過ぎます」
紋芽さんが言う事は正しい。この先、戦場に出なければグレードが上がる事も無い。しかしそれでは駄目だ。
「それは……出来ません」
夢を思い出す。綺麗な横浜の風景。笑っていた両親の顔。諦める事は出来ない。
「……分かりました」
そう言うと紋芽さんがどこかに電話を掛け始めた。軽く話して、俺を振り返る。
「そうとなれば、私がお手伝いしましょう。何せ知らない仲じゃないですしね。しかし、この部屋で暮らすのは目立ちますから、別を用意しました。さぁ、車を呼びました。行きましょう」
「行くって、どこに?」
「服を買いに行きますよ。一週間は居ることになりますから」
「どこにですか?」
「私の部屋に」
そして冒頭に戻る。
「まだですか?サイズ合いませんでした?」
そう言いながらカーテンを開けようとする。俺はそれを必死に防いだ。見せられるかこんなフリフリのランジェリー。
「もう、今は女の子同士なんですから、いいじゃないですか」
「それとこれとは話が別です。というか何か楽しんでないか?」
「そんな事無いですよ」
何着か試着しながら、ダイモンと始めて会った時を思い出していた。そういえば、彼女は最初から悪戯好きというか、突拍子もない事を言うタイプだったな。
下着を買い揃え、パンツとアウターシャツ、カジュアルなジャケット等を購入する。スカートを勧められたが断固として拒否した。
「まぁ、これだけじゃ足りないけど、私のを貸して上げます」
「そんなに外出するつもりは……」
「ああ、私とずっと部屋に二人でいたかった?」
「外出、します」
「はいはい」
紋芽の遠慮が無くなって来た。俺も慣れたのかダイモンと同じ扱いだ。胡桃の時もそうだったが、朝顔のメンバーにはちょっと緩すぎるな、いかんいかん。
エレベーターで最上階に上がる。最上階に部屋は三つだけで、そのうちの一つが彼女の住居だ。帰り着くなり、夕食を宅配しようとしていた為、止めさせて俺が作る事になった。何でも自炊はほぼ出来ないらしい。俺は一人暮らしが長いので得意分野だ。幸い冷凍してある米があったので炒飯を作った。簡単に作ったものだが紋芽は大層喜んでくれた。
「先、お風呂どうぞ」
「じゃ、遠慮無く」
何かこの遣り取りにドキッとした。同棲てのはこういう感じなのかもな。交代で風呂に入り、後は寝るだけ。そこで問題が起こる。ベッドが一つだけしか無い。
「一緒に寝る?」
「寝る訳無いだろ」
彼女も雰囲気に当てられていた可能性がある。冷静にツッコミを入れ、マットレスを借りてリビングで寝た。これが一週間か。悲しくなってちょっと泣いた。
翌日、浦和の処理に戻らなければいけない紋芽に合鍵を渡された。出掛けてもいいが、あまり目立つ行動はしない事。ゲームがしたければ、予備のヘッドギアを使って良い事。お金が無くなったらちゃんと言う事。お前は愛人を囲うおっさんかっ!
紋芽が出掛け、暇になる。いや、やる事はあるな。まずは洗濯だ。自分と紋芽の分を一緒に洗ってしまう。さらに掃除。それが終わったら冷蔵庫の中身を確認し、足りない物をスーパーに買いに行く。周囲の視線が気になる。化粧なんて全くしていないが、流石に俺が作ったアバター。滅多に見ないレベルの美人だ。なるべく愛想を振りまかないように無表情に徹する。
「ぷはっ」
家に帰り着くと大きく息を吐いた。男共の視線が凄かった。特にお尻のあたりをよく見られた気がする。体のラインが出るパンツは失敗だったか?
夕食の下準備をした。今日は手捏ねハンバーグ。選択が肉関係になるのは許して欲しい。そういうのしか作った来なかった。タネを寝かせている間、洗濯物を取り込む。うむ、暇になったな、ゲームするか。
おかえりなさい、らっきょ様。
ログインすると、アバターを確認する。女性のままだ。少し落ち込みながら、フレンド欄を開く。誰もいない。まだ皆群馬なんだな。
そういえば、レベルが三十になったんだった。クラスチェンジが出来るはず。ファストトラベルでさっさとクリカラに飛ぶ。この街の雰囲気を俺は好いている。神殿に向かい、クラスチェンジの神官に話し掛けた。
「ここじゃ出来ないのですか?」
「はい。二次強化は西の大陸でのみ行えます」
それはショックだ。どうするか、一人で新大陸に行くのもなぁ。
結局、ヨーン森で少し経験値稼ぎをして終わりにした。夕食も作らねばならないので、あまり長居は出来ない。ログアウト。
ヘッドギアを上げると、目の前に女神がいた。いや、紋芽だ。ドキッとするからやめて欲しい。
「おかえり、早かったな」
「副長が優秀でした。判子だけ押して返って来た」
「それはなにより。ハンバーグ寝かせてるから焼くわ」
「え、何。作ってくれるの?」
「掃除と洗濯もしたよ。もうちょっと洗濯物は小まめに洗いなさい」
「洗濯……」
紋芽が赤くなっていた。何だよ恥じらいの感情があるのかい。
その後、食事をして、風呂に入って寝る。昨日と同じサイクルだ。だが、寝る前に紋芽が明日の予定を聞いてきた。
「そりゃ何もありませんが」
「じゃあ、付き合って下さい。デートじゃないからね?貴方のスキルに関する調査をするつもり」
そんなわざわざデートじゃありませんと言う必要があったか?彼女はそれだけ言って寝室に引っ込んだ。しかし、二人でお出掛けか。
何だよ。もしかして嬉しいのか?俺。
内心、この状況をちょっと楽しんでいる自分がいた。




