24.朝顔は夕闇に咲く 壱
「ふぅ」
大代紋芽は息を一つ吐くと辺りを見渡した。平野の見える限りが焼野原だ。
「派手にやったな」
傍らに立つ柏原頼人に呟かれるが、今回ばかりは仕方なかった。敵は数百の分身体を出す主。面制圧でしか倒す術は無い。
「保奈美を連れてくるべきだった」
「まぁ、そういう事もあるさ」
これで浦和を取り戻した。また一つ、人の手に魔境が返ってきた。
〘緊急連絡。隊長応答願います〙
「一段落ついたと思ったら……」
「ははは」
柏原の高笑いを背に通信に応える。
〘こちら大代、どうしたの?〙
〘現在、群馬県榛名山より入電。主が姿を現したとの一報です〙
「榛名山って、テル!」
「あ、おい待て、事後処理はどうするんだ!」
「ごめん、後はお願い!」
紋芽はナビを呼び出す。
「ビー、テレポートは残ってる?」
[先程使い切りました。ショートテレポートでしたらあります]
「それじゃ駄目。飛んでいくしかないか。フライバードをセット」
[コマンド承認。フライバードをスロットにセット]
「スキルオン」
[スキル、オン]
紋芽の体が浮き上がり、飛翔方向に指示が出る。目指すは榛名山。
「待ってて、無茶しないでね。テル」
紋芽は一路、群馬を目指す。
日が傾いてきた。もし長丁場になり辺りが暗くなれば、それすなわち胡桃の一太刀が当たる可能性が下がってしまう。決着は早々に着けなければいけない。
「風の刃来ます!」
「ここは私が!魔斬り!」
太一郎さんが社殿に通る魔法を全て切り払う。あれだけの魔法を斬れる剣士はそういないだろう。鞍望一族は社殿を守るように前方に展開していた。その中でも太一郎さんと猿渡さんは抜きんでており、的確に攻撃を弾いている。簡単にやっているように見えるが、並の剣士がその場に立てば、瞬く間に主の餌食だ。
「胡桃、私が指示を出す。常時放てるよう構えておけ」
「はい!」
胡桃は鞘に納めた刀をいつでも抜刀出来るように腰溜めに構える。それにしても、始めて彼女の闘気を見たがとても静かだ。太一郎さんは迸るような闘気。保奈美は体を廻るように高速で回り続ける闘気。テルの闘気は常に外に飛び出す力を持った闘気。それらに比べて彼女の闘気は気配が見えない。注意深くよーく見ると、体表の薄皮一枚を闘気が覆っているのが分かる。もし意識的にやっているのだとしたら物凄い集中力だ。ぱっと見は、闘気を出していないように感じる事だろう。
「なぁ、保奈美とテルには胡桃の闘気がどんなものか分かるのか?」
「え、そうね。何となく薄く闘気があるんだろーなーて感じかしら」
「オレには持ってる、としか分からないな。ここにいた人達は皆持ってたのは分かった」
「そうか……」
「なになに、なんか見つけたの?」
保奈美が詰め寄って来る。本当こういうのに敏感な女だ。
「ちなみに闘気の色は?」
「色?色なんて分からないわよ」
成る程、これは俺の龍気に関して外野が気付く事は無さそうだ。しかし、俺だけに見える闘気の有様か。これも互換性の仕業なのだろうか。
「今度話すよ」
「はいはい。ラッキーは隠し事が多いわねぇ」
「おまっ!」
慌てて保奈美の口を塞ぐ。こいつ!油断も隙も無い。幸い、テルはダイダラボッチを見ていてこちらのやり取りに気付いていない。
「ほぅほ、あつあでうちふらいでるのお」
忘れてた。保奈美の口を開放してやる。あ、手にリップ付いた。
「もう、リップ落ちちゃったじゃない。今度やったら噛むわよ?」
「こっちの台詞だ、それは」
そんな他愛無い掛け合いの間にもダイダラボッチは接近してきている。その一歩が山を揺らし、木を薙ぎ倒す。いよいよその全容が見えた。夕焼けに照らされ、鈍く光る鉛色の体。節を持つ四つの脚。赤く輝く八の目。どこか人間のような閉じられた口。それらが、見上げるような高さに存在する。
「よいか!奴は節足動物だ。二本足で体を支える事は出来ない。したがって太一郎、猿渡、山喜の三人で注意を引け、奴が脚を上げて攻撃に移った瞬間、胡桃が一刀を入れる。もし回避行動を取ろうとしたところで、必ず後ろ脚が残る。端に当てさえすれば、こちらの勝ちだ。よいな、機会を見誤るなよ!」
「「「「はっ」」」」
ロォォオオオオ
ダイダラボッチが鳴いた。これは闘いの狼煙だ。今までのような緩慢な動きでは無く、節足動物らしい、素早い這い上がりで山道を駆けてくる。
「行かせるか!」
太一郎さんが一刀を入れる、しかし、斬れない。闘気と外骨格に弾かれ刃が入らない。
だが、奴の注意を引く事は出来た。太一郎の横に猿渡さんと山喜さんが展開する。さぁ、誰を狙う。ダイダラボッチは猿渡さんにその前脚を振りかざした。あの大きさだ、被撃は必至。
「今だ」
「絶滅刀」
清一郎さんはその隙を逃さなかった。瞬間、胡桃の闘気が手の刀に集中する。引き抜かれた刃は暗黒の光を放ち、ダイダラボッチに向かって巨大な斬撃波が飛んで行く。当たった。俺も含め誰もがそう思っただろう。
だが奴はその場から消えた。
「なっ」
「やったのか!?」
「これが絶滅刀の力……」
廻りでは皆口々に憶測を語る。しかし、今のは違う。
「当たってない」
胡桃の呟きに周囲が静かになる。
「奴は当たる前に消えた」
か細い声だ。己の失敗を悟った声。
「おい!見ろ!」
誰かが叫び、皆が山道を見ると、奴は生きていた。傷一つ負わずそこにあった。代わりに背後の榛名富士が下半分を残して消失していた。奴のスキル……そうか、風の刃や、突風。天狗が使っていたスキルだ。つまり奴は縮地が使えるのか。
「どうするんだ!」
「あんなものと正面切って戦えないぞ!」
「かくなる上は」
「狼狽えるな!」
清一郎さんの一喝でその場が静かになる。
「我々は失敗した。その責は私にある。だから私が決断する。総員、退避だ。社と家を捨てる」
「親方様!」
「それは!」
「有無は言わせん。太一郎、残って殿を致せ」
「はい。父上」
「私に!私にやらせて下さい!」
胡桃が清一郎さんに縋り付く。
「私が討ち損じたのです。殿は私に!」
「ならん!それは長子である太一郎の仕事だ!」
「ちち、うえ……」
胡桃は力無くその場に伏した。
周りが騒がしくなった。太一郎さんは一人決死の覚悟で山道に出た。時間を稼ぐつもりなのだろう。
「お客人方。こんな時に居合わせてすまんな」
「大丈夫ですよ。我々だけでしたら、どうとでもなります」
「すまん」
清一郎さんはそれだけ声を掛けて、女衆を集めに行った。
「さて、どうしましょうね」
「聞く必要があるか?」
「オレはいつでもいけるぜ!」
テルが拳を合わせる。闘気が破裂し弾け飛ぶ。
「でもね、あたし達三人じゃ力不足のような気がするのよ」
「え、やっぱ倒せない感じか?」
「違う違う。まず後衛でしょ?」
保奈美が自分を指す。
「でもってタンク」
俺はタンクなのかよ。
「遊撃」
テルを指差す。
「やっぱり火力担当がいないと無理じゃない?」
なんだ、わざとらしい仕草だな。うちの火力担当と言えば。
「タリみたいな剣士か」
「え、きょうにぃ。どういう事?なんでタリを知ってるの?」
「それは俺がらっきょだからだ」
もう隠すのも馬鹿らしくなってきた。テルが他人に話すとは思えない。それだけ濃い時間を俺はこいつと過ごして来た。
「え、きょうにぃがらっきょ?らっきょがきょうにぃ?」
テルが混乱している。
「だからね、彼、いいえ……彼女を誘いましょうよ」
保奈美は茫然自失といった様子の胡桃を指差した。そうして近付いて行く。
「ねぇ、胡桃」
「……保奈美。私は……」
「ねぇ聞いて欲しい事があるの」
「今はそんな気には……」
「ダイモンが言った台詞、覚えてる?」
胡桃の時が止まった。
「貴女は最強の火力を持つ、最強の剣士でなければいけないの」
「どう、して。それを……」
「だって、あーしは真横で聞いていたもの」
胡桃が顔を上げ、保奈美を見る。
「……ぽぷら……?」
「そうよ。ほら、ラッキー」
保奈美に肩を押される。え、というか、俺自身もまだ理解出来ていないが……。
「タリ、か?」
「……らっきょ」
「オレもオレも!」
「流石に……テルは分かってた」
「えー!」
その仕草に笑ってしまう。しかし、彼女がタリだったとは。中身も男だと思っていた。
「ねぇ、朝顔が四人も揃ったのよ。あんな奴どうとでもなるわ」
保奈美が親指で背後で暴れ回るダイダラボッチを指す。
「それは、ゲームの話で……」
「なぁ、胡桃。実力を隠してるよな」
胡桃は表情には出さなかったが、耳がピクッと動いた。
「お前は闘気を誰よりも上手く扱えるはずだ。それは絶滅刀を受け取る前から、そうだったんじゃないのか?」
「どうしてそう思った?」
「俺は闘気がはっきり見えるんだ。さっき絶滅刀を放った瞬間、胡桃の闘気が爆発的に膨れ上がった。それこそ、その場にいた誰をも凌駕する程に」
胡桃は躊躇いながら立ち上がると、一つ大きく息を吐く。
「見られていたのか……。なぁお願いがある」
「何かしら」
「私達でアレを倒したら、私をこの一族から連れ出してくれないか」
「良いでしょう。それは太一郎さんの為?」
「皆まで聞かないでくれ。兄上は当主になるべき剣士だ」
「分かったわ」
二人の問答はそれだけ。胡桃は泥を払い。刀をしっかりと据えた。
「で、やるのか?」
「よっし!モーニンググローリーの力見しちゃる!」
「その前に、ねぇ、手を出して」
保奈美がピースに似た指真似をする。親指も出しているので、じゃんけんで昔使った無敵のサインだ。
「こうやって、反らして指を合わせて」
言われた通りにすると、四人の掌が合わさって指の花が咲く。
「へっへーいいっしょ。あたしが寝ないで考えた秘密のサイン」
「朝顔みたいだな」
「それ思ったのよー!」
「保奈美、そろそろ兄上が限界だと思うのだが」
「朝顔ゴー!」
「はあはあはあ」
ダイダラボッチの攻撃刃あまり種類が多くない、弾くだけなら何とかなる。太一郎はそう思っていたが、体力差は如何ともしがたい現実だ。こちらの攻撃は全く通らない。しかし、今は時間さえ稼げればいい。そう割り切った動きが見透かされたのか、ダイダラボッチが口を開いた。口?今迄はそんな攻撃は……。風のブレス。しかも一点集中型のそれが自分に迫って来た。すまん、父上、胡桃……!一瞬走馬灯が見え、
「だらっしゃああい!」
ダイダラボッチが殴り飛ばされた。
俺は後方から、ダイダラボッチがテルによって殴り飛ばされる瞬間をはっきり見てしまった。とんでもない質量が山道をすっ飛んでいく。
「駄目だー。飛びはしたけど、手応えが無い」
「やはり外殻は硬いわね。魔法はどうかしらね」
保奈美の周りに浮いた大量の水。
「絶え間なく穿つ水滴」
拳大の水滴がダイダラボッチに降り注ぐ。その攻撃は約一分続いた。しかし、奴は無傷。
「なぁ、これは私達が介入する余地はあるのか?」
「知らん。でも事実効いてないだろ」
「まぁ斬ってみるか」
胡桃が刀を抜いた状態で近付いて行く。
「胡桃、無理だ!下がれ!」
太一郎さんが背後で何か叫んでるが、彼女は全無視だ。
「一の太刀、狸」
右脚を先に踏み込む不思議な技だ。切っ先を差し込み右に抜ける。腹裂きの技だな。しかし、成功した。
ボォォオオオ
ダイダラボッチが痛がっている。
「大体分かった。奴は外気が強く内気が弱い。天狗と同じだ」
「成る程な。今のは?」
「外気の隙間から中を斬った。奴の外気には節がある。そこを狙えば斬れる」
胡桃の言った通り、よくよく見れば、闘気の隙間らしきものがはっきりと見えてきた。あれか。
「こっちでいけそうだ!陽動頼む!」
保奈美とテルに大声で伝えると、両腕で丸を作って応えてきた。インカム借りてくるんだった。
「胡桃、お前……」
背後の太一郎さんに恥ずかしそうに胡桃が振り返る。
「兄上、見ていて下さい。これが鞍望の皆が教えてくれた技。そして、私の力です」
長くなりそうなので、分割します。




