23.龍気
「ではお二方共、準備はよろしいですね?」
太一郎さんの言葉に頷く。俺は手に相棒を携えていた。例の如意棒だ。取り出した時に保奈美が吹き出したのでジト目で睨んでおいた。俺だってこんな派手な武器使いたくないやい。テルは素手だ。あの攻撃では武器が耐えられないのだろう。胡桃は結局、姿を見せなかった。泣いたのを見られたのだ、恥ずかしいと思うのも当然だ。
「乙種は縄張りを持ちません。山を徘徊し、気まぐれに人を襲います」
猿渡さんの説明では天狗はエリアボス特有の縄張りを守る行動をしないらしい。
「ですから、人海戦術で探すしかありません。こちらをどうぞ」
渡されたのは片耳に付けるタイプのインカムだ。
「衛星を介して通信が出来ますが、バッテリーは8時間程で切れます。容量が赤になったら集合地点に戻って下さい。くれぐれも欲をおかきにならないように。夜の榛名山は我々でも手に負えません」
太一郎さんと猿渡さん、さらに奉公人の方が何人か手伝ってくれるようだ。手間賃はちゃんと頂いていますと前置きされたが、一体誰が払ってくれたんだろうか。
「あたしは手を出さないからね。それが紋芽との約束だから」
保奈美の言葉に首肯した。ここまで来て保奈美におんぶに抱っこでは浸透勁を死に物狂いで習得した意味が無い。
〘では、散開します〙
狩りが始まった。
俺とテルはお互いをカバー出来るように探索範囲を被らせている。強力なスキルを見せると天狗が逃げる可能性もあるので、徒歩での探索だ。
探し始めて三時間。天狗は影も形もない。
〘こちら山喜。杏ヶ岳の麓に乙種を確認。位置はバレていません。位置情報を送ります〙
端末を通じて、山喜さんの位置情報が送られてきた。反対方向か、運が悪い。
〘倉松さん達はどこにいますか?〙
〘すいません。かなり離れています。飛んでいきますので、注意を引いてもらえませんか?〙
〘飛んで?よく分かりませんが、いいでしょう。山喜ちょっかい掛けられるか?〙
〘足場が悪いですが、何とか〙
〘よし、我々も現地に向かいます〙
〘お願いします〙
「テル!」
「きょうにぃ掴まって」
浮いたテルの片手にぶら下がる形で飛び上がる。うぉ、凄い風圧だ。
「大丈夫?」
「平気だ。急ごう」
レベルアップしたステータスなら全然耐えられる。山並みを越え、目的地にあっと言う間に着いた。
「本当に飛んできましたよ」
「外の連中は何でもありだな」
集まり始めた人達が何か言ってるが気にしていられない。
「天狗は?」
「あそこです」
太一郎さんが指す先で、天狗が暴れ回っていた。しかし、山喜さんと思われる人は冷静に攻撃を往なしている。本当に練度が高いな。鞍望一族の人は弱い人がいない。
「変わります。発見ありがとう御座います」
「後で山喜に言ってやって下さい」
太一郎さんが山喜さんに合図を送りながらそう答えた。
「よし、やるぞ、きょうにぃ」
「ああ」
天狗のエリア結界に侵入する。エリア結界は侵入するとエリアボスに悟られる。案の定、天狗は新手に警戒を見せていた。山喜さんはさっさと結界の外に離脱した。そうなると、天狗の標的が切り替わる。
「俺が受ける、テルは隙を見て打ち込め」
「分かった。苦しくなったらいつでも変わるぜー」
「ぬかせ」
天狗が消えたかと思うと、目の前に現れる。縮地だ。
「そいつは前にも見た!」
棍を斜めに構えて、天狗の蹴りを往なす。中々強力な蹴りだ。雷装を使えば、このタイミングで反撃が可能だが、今回は使えない。何故ならテルに見られているからだ。純粋なステータスとスキルのゴリ押しで押し切るつもりだ。
「とびげりー!」
テルが横から蹴り姿勢のまま、飛び出してくる。しかし、天狗もさるもので、当たる寸前に身を翻して回避した。こいつ、初日に遭ったのより強い。
「げ!避けられた!」
「奇をてらわなくていい!確実に一発当てて拘束してくれ!」
「分かった!」
天狗は何処からとも無く扇を持ち出すと、後退しながら一振り、途端に突風が生まれ視界を遮る。
「くっ」
背後に気配。しまった、縮地か、目を切るんじゃなかった。
「やらせるかよ!」
上空に避難していたテルが天狗を組み伏す。助かった!
「はい!交代!」
「しゃあねぇなぁ!」
天狗の胴体に手を当てる、下面に敵がいるのは予想していなかったが、俺にはあのスキルがある!スキル名さえ言わなければ、テルには分からんだろ。空歩!からの、
「浸透勁!」
ミキミキミキ。
天狗の全身から悲鳴のような破砕音が聞こえた。これは入った。
倒したかと思った瞬間、天狗の全身がバネのように跳ね上がり、思わずテルが手を離してしまう。こいつしぶといな!
天狗の扇が光り、風の刃を飛ばしてきた。
「ちっ」
何とか打ち払いで弾き飛ばす。
「効くかよぉ!」
何とテルは風の刃を全身に受けながら突進していった、受けとか流しとかあいつには関係無いんだな。
天狗の体を掴み近くの岩に押し付ける。そうだ、今だ、やれ!
「浸透勁ー!」
背後の岩には影響は無かった。しかし、間に挟まれた天狗は全身が裂け、破裂したような状態になる。やがて、スゥーと消えていく。結界が晴れ、俺の手元に赤のエピックメダルが手に入る。多分これが闘気だろう。
【エリアボス:榛名天狗を倒しました】
【レベルが上がりました】
倉松 匡太郎 Lv28
ジョブ 探索者
筋力 50→51
頑強 44→45
知恵 29→30
器用さ 48→49
敏捷 39→40
魔法抵抗 38→41
運 14
スキル
互換性Ⅱ
空歩Lv2 覚醒Lv2 龍気
重心移動Lv3 天柱落Lv3 身体能力向上Lv5 健康Lv3
雷装Lv1
頑強Lv4 健脚Lv3 体力増強Lv4 体捌きLv2
槍術Lv5 棒術Lv4 挑発Lv4 交渉術Lv1
鑑定Lv4
アビリティ
両手突き 打ち払い 投槍 上段突き 発勁←new
下段突き ハーフスイング 三連突き 牙突
「エリアボスでもレベルが上がるのか。龍気?鑑定」
▶スキル 龍気
ろうきと読む。使い手は黄金色の闘気を纏う。レベルは存在しない。
これは……。
「あー出なかったー!嘘だろー!」
テルが手元のメダルを見ながら絶叫していた。そうか、駄目だったか。
▶スキルメダル 闘気
闘気のスキルメダル。闘気を使いこなす者は神をも恐れさせる。闘気にはレベルは存在しない。
「ほら、テル!」
赤色のメダルを放って渡す。テルは思わず受け取ると、頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「え、きょうにぃ。これ」
「使えよ。俺もう一個出たから」
「え、マジ?マジでくれんの?」
「ああ、もういらないからな」
「うおー!マジ神ー!やっぱやめたって言う前に使っちゃうもんね!」
テルの手元からメダルが消える。よし、誤魔化す事が出来たな。
「素晴らしい技でした」
太一郎さんが拍手をしてくれる。龍気を習得したからだろうか、太一郎さんの闘気が見えるようになっていた。迸るような闘気だ。周りの人達と比べても、圧倒的な圧力を感じる。
「五日間本当にありがとう御座いました。お陰で闘気も得られました」
俺が頭を下げると、テルも慌てて、倣う。
「いえいえ、胡桃にも良い刺激になったようですし、有能な探索者とも知り合えましたから」
「有能かどうかは分かりませんが、お手伝い出来る事があったらいつでも言って下さい。すぐ駆け付けますから」
「それは心強いですね。それではお二方共、かえりま……」
山が震えた。思わず全員が振り返る。
「なん……」
遥か遠方、榛名富士と呼ばれるその山頂から、マグマのような闘気が噴き出しているのが視認出来る。
「これは……」
「甲種だ!総員本地へ即時帰還!」
「「「「はっ」」」」
「お二方共、ご一緒出来なくなりました。すみませんが、本地の初鹿野さんを連れて、退避して下さい」
早口でそれだけを伝え、山に消えていく太一郎さん。俺とテルは呆然としながらそれを見送る。
「きょうにぃ。何が起こってんだ?」
「分からん。だが、あの山の様子は尋常じゃ……」
榛名富士の山頂から何かが突き出した。禍々しい鉛色の物体。即座に折れ、山肌に突き刺さる。
「何か出て来た」
それは脚だった。一本、二本、三本、四本。それらの脚がまだ現れない胴体を吊り上げる。
「蜘蛛?」
「四本脚の蜘蛛か。逆に生理的嫌悪感を増長するな」
鉛色の蜘蛛。単眼八個をギョロつかせ、辺りを睥睨する。しかし、なんて大きさだ。数キロは離れたここからでも細部が分かる。
「どうする、一殴りしてしてみるか?」
「駄目だ。あれは胡桃が倒すべき敵だ」
「胡桃が?ふーん」
「俺達も戻ろう」
榛名神社に戻ると、そこは既に臨戦態勢だった。当主の清一郎さんを筆頭に一族の人達がズラッと並んでいる。俺達は邪魔にならないように端を歩いて居住区に向かう。
「あら、一当てしてくるのかと思ったわ」
保奈美が待っていた。既に戦闘用の服装に着替えている。
「昨日の話を聞いたからな。胡桃は大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思う。秘密のお呪いしたから」
「なんだそれ」
「だから、秘密よ。取り敢えず、主が見える場所にいましょう。何かあったら対処出来るように」
三人で本殿に戻ると、清一郎さんが檄を飛ばすところだった。胡桃の姿も見える。
「今、ここで、取り返すのだ!臆するな!我々には御姿岩の加護がある!この為に長い間、準備をして来た!一族かあの神モドキか!雌雄を決するのは今ぞ!」
「「「「「おう」」」」」
方方に散っていく。残ったのは清一郎さんと胡桃だけ。
「出来るな?」
「はい、必ずや」
胡桃から覚悟を感じた。昨日とは全く違うな。保奈美は何を言ったんだ?
「……胡桃。背負わせてすまん」
「……父上」
清一郎さんの背中を俺も見る。俺の見立ては間違っていたようだな。娘を信じて託す父親だ、あれは。
「なぁ、胡桃は何をするんだ?」
何も知らないテルがそう聞いてくる。
「秘密のスキルを使うのよ。主を倒す為に」
「そうなのか」
それだけ聞くと、テルは胡桃の元に歩いていく。あ、お前、今大事なとこなのに。
「胡桃」
「テルか……昨日はそのすまない。その、やり遂げたんだってな、おめでとう」
「ありがとう。胡桃はこれからだよな」
「……ああ」
「あのさ、上手く言えないんだけど……」
珍しくテルが困っている。頭をかきながら次の言葉が出て来ないみたいだ。
「いいんだ。昨日保奈美に言われたんだ。愛した人から貰ったスキルは愛してあげないといけない」
保奈美が恥ずかしそうに顔を隠した。なんで照れるんだよ。いい言葉じゃんか。
「その通りだと思った。だから、私は大丈夫だ」
「そうか。流石、保奈美姉だ」
「成功祈っていてくれ」
「分かった」
振動が大きくなって来た。ここからでも歩を進める主の姿がはっきりと見える。
「鑑定」
▶榛名魔境の主 ダイダラボッチ
山より産まれるモンスター。その魔法は山を裂き、その脚は丘を崩し、その口は畏怖を与える。
「ダイダラボッチ」
「神の名を冠する主は手強いわよ」
榛名山を取り返す闘いが、今始まる。




