22.鞍望 胡桃
「やった、はは。やったぞ……」
目の前には真ん中から裂けた倒木。俺は未だ手に残るその衝撃の余韻を味わっていた。
「倉松さんは成功しましたね」
四日目の夕方。今日中に習得しなければ明日の天狗討伐の許可は下りない。そんな土壇場で浸透勁を習得するに至った。
「ですが、大代さんは……」
テルも同じ様に木を押すがサヤサヤと揺れるばかり。勿論、彼がスキルを全開にすれば、大木の一本や二本枯れ木のように折れるだろうが、それでは意味が無いのだ。
「明日、明日までやりたいっす」
「すみませんが、テル君は習得の見込みが薄いと言わざる得ません。ですが、今出来ないからと言って、諦める必要もありません。どうでしょう、また来年いらして頂ければ、お教えしますよ」
「それじゃ駄目なんす。お願いっす。明日の朝までに出来るようになるっすから」
テルは太一郎さんに必死に頭を下げていた。太一郎さんの言う通り来年覚えればいいのかもしれない。今出来なくとも、彼は若い。未来がある。しかし、今、このタイミングで闘気を習得出来なければ、recaptureに所属する事は恐らく出来ないだろう。それは本意に反するのだ。姉を慕う彼にとってそれは譲れないところの筈だ。
「俺からもお願いします。もう少しだけ、待って上げられませんか」
俺も隣で頭を下げた。軽い頭だなと自分でも思うがテルの為なら惜しくない。
「ふむ……いいでしょう。明日の朝、もう一度見せて下さい。それで判断しましょう」
「ありがとう御座います!」
太一郎さんは用事があるので、とその場を辞した。残されたのは俺とテル、そして胡桃。
「きょうにぃありがとう」
「おう。俺も出来なかった者なりに教えてやる。さぁやるぞ」
「テルは……」
テルの肩を叩いて修練に戻ろうとした時、胡桃の呟きが聞こえた。それは絞り出すような声で、今にも消えそうな小さな言葉。
「どうしてそこまで自分を信じられるんだ」
「え?」
「昨日話してくれただろ。姉上に貰った力で生きてるって」
「ああ、そうだよ」
「それは貰った力であって、自分で獲得した力じゃない」
「そうだな。否定は出来ない」
「私も、自分ではモンスターを狩る事が出来ない」
それが何故なのか、彼女は言わない。
「だから、父上や兄上や奉公してくれる皆の力で生かされている」
「胡桃……」
「怖くないのか?恐ろしくないのか?自分がもし、そんな価値の無い存在で、全部皆の思い違いで、私はただの路傍の石なのだとしたら」
「胡桃は自分の事を石だと思ってるのか?」
「例えの話だ!自分が取るに足らないそ……」
「良いじゃんか、石でも」
胡桃の言葉を遮るようにテルが言葉を紡ぐ。
「石でもいいじゃん。石だって磨けばピカピカになるぜ?」
何ともテルらしい発言だな。
「ただの光る石じゃ駄目なんだ!」
「どうしてだ?そんな事言ったらあれだってただの石だろ」
テルは本殿の御姿岩を指差してそう言った。
「な、お前、御神体になんてことを!」
「それにな胡桃。どんなダイヤの原石だって、信じて磨かなきゃ、光らないんだぜ?」
「ッ……」
「そうだろ?」
「知らん。私はもう行くぞ!」
胡桃はそう言い切って母屋に帰っていった。残された男二人、顔を見合わせて何とも言えない表情になる。
「テル、お前って結構自信家だよな」
「それ、褒めてる?」
「半分褒めてる」
「なにそれ」
夜が更けても特訓は続いた。テルは基本動作は出来ているのだ。しかし、壊滅的に運動神経が悪い。超人の補正が無いと人並み以下の運動音痴だ。これは元々の病弱だった彼の本来の姿なのかもしれない。しかし、彼はそれを変えようとしている。
「っは、っは」
テルが息を吐く声だけが響く、街頭も、家の灯りも無い真っ暗闇に発勁の息遣いだけが聞こえてくる。
流石に眠くなってきたな、木に寄りかかり少し仮眠を……。
「っは!」
バキバキバキバキ
俺は木が悲鳴を上げる轟音で目を覚ました。見れば辺りは明るくなり、陽が昇ろうとしている。随分寝てしまったな。
「出来た!やった!出来た!」
テルが飛び跳ねて喜んでいた。眼前には倒れ伏した大木がある。そうか、やり遂げたんだな。
パチパチパチ
拍手の音が響いた。木陰から太一郎さんが出て来て、木を改める。
「素晴らしい。まさか本当に間に合わせるとは。予想もしていなかったので驚きました」
「浸透勁、出来てるっすよね?これで天狗狩り行けるっすよね?」
「ええ、合格です。ですが、寝不足のまま挑む訳にもいかないでしょう。出発を昼にしますから、少し寝てきて下さい」
「やったぁ!」
テルは心の底から嬉しそうだ。俺は太一郎さんに了解の旨を答えて今にも倒れそうなテルを抱えて寝所に戻って来た。
「出来たのね?」
寝起きの保奈美がそう聞いてきたので片手で丸をつくる。
「良かった。じゃあ狩りに出れるわね。貴方も寝てないんでしょう?テルは運んでおくから、寝ておけば?」
「そうだな、ありがとう」
礼を言って軽く仮眠するかと寝所向かう先に胡桃が待っていた。
「成功したのか?」
「ああ、大成功だ」
「そうか……」
それきり胡桃が何も言わず立ち去ろうとしたところを保奈美が立ち塞がった。
「ちょい待ち。なーんか思い悩んでいるわね、その顔は」
「それは……」
「ねぇ、お姉さんに相談してみなさいよ」
「いや、だ、大丈夫だ」
胡桃が素早い足捌きで保奈美を躱そうとしたが風で押し戻された。保奈美、どんな状況でも魔法で解決する女だな。
「いいじゃない。あたし達友達、でしょ?」
そう言いながら俺に援護射撃をしろとアイコンタクトしてくる。しょうがないな。
「それに同じ釜の飯を食った仲でもある」
俺の追い打ちに胡桃が折れた。小さく頷いた。
「よし、こっちおいで」
話は女性側の寝所で行う事になった。万が一にでもテルには聞かれたくないからとの胡桃のお願いだ。
「私は刀は振れるが、敵を斬る事は出来ないんだ」
話は胡桃の独白から始まった。一族の外に漏らすのもまずいらしいので、防音の結界を張ってある。流石だな。
「どうしてか聞いても大丈夫なのかしら」
「……私はレジェンダリースキルを一つ持っている」
絶滅刀。最初に斬った対象を消滅させるスキル。
「それだけ聞くと、探索者としては最高のスキルに聞こえるけどな」
「問題はこのスキルのクールタイムだ」
「クールタイム?」
「五十年だ」
「ご、ごじゅ……」
「半世紀か」
「つまりこのスキルは一度しか使う事は出来ない」
「そうか、だから胡桃は敵を斬ってはならないし、魔境に踏み込んではいけない。何かを斬ってしまったり、死んでしまったら」
「そうだ。このスキルは効果を無くす」
「このスキルを使うべき敵がいるんだな?」
俺が聞くと胡桃は頷いた。
「私が九歳の頃、ある鑑定の大家がこの家を訪れた。彼は榛名富士を指差してこう言ったんだ。あそこに主がいる。その名はダイダラボッチ」
「ダイダラボッチ」
「見たこともないような巨大な主だと。父上はそれを聞いても冷静だった。蔵に死蔵されていたレジェンダリーメダルを持ち出し、聞いたそうだ。このスキルで討滅可能な相手か、と」
「そいつは可能だと答えたんだな?」
「そうだ。そして父上は考えた上で、私にこのスキルメダルを使用した。それが去年の事だ」
「出現の可能性が出て来たんだな」
「ああ、山が膨れ、溢れるような闘気が噴き出し始めたのだ」
俺の目には何も違和感無く見えたな。
「保奈美には見えたか?」
「気にはなったけど、私あまり闘気関係得意じゃないのよね」
そうなのか。
「太一郎さんじゃなかった理由は?」
「兄上は次期当主となる方だ。刀を振るえないでは話にならない」
「辛いな」
「そんな事もないさ。私は考えたんだ、現実で斬れないのなら仮想空間でどうだ、とな」
「お、ゲームやってるのか?」
「Futures Onlineというゲームだ。知ってるか?」
「やっぱり……」
「おー知ってるというかやってる。こんなとこに同士がいたとはな」
「本当か?それは嬉しいな」
暫くゲームの話になる、彼女はゲーム内でも剣士をしているらしい。どこかで会えたらいいな。しかし、そんな話をしながらもどんどんトーンが落ちていく。
「でもいくら斬っても、強いボスを倒しても分からないんだ」
「なにがかしら?」
「現実でも一緒だ。何度刀を振ろうと、どんな敵を思い浮かべようと分からない」
「……」
「その一太刀を、絶対に外してはいけない一太刀をどう放つべきなのか、私には分からない」
「ただ、構えて、斬る、じゃ駄目なんだな?」
「皆が私が相応しいと与えてくれたスキルだ。外すことは出来ない。でも分からないんだ。どう斬るべきなのか、鞘走りは?踏み込みは?残心は?」
とうとう胡桃の目尻に涙が浮かび始めた。保奈美が何も言わずに胡桃を抱き締める。
「私は自分に自信が無いんだよ。もうどうすればいいか、分からないよぉ」
胡桃は本格的に泣き出してしまった。母を知らない娘は甘える事も出来なかったのだろう。わんわんと泣く彼女の髪を保奈美がそっと撫でていた。俺はそっと退出した。今の彼女には泣く時間が必要だろう。
寝所に戻るとテルが大いびきをかいて寝ていた。俺はその横の布団に入り目を閉じる。一度しか使えないスキル。自分にそんな力があるならどうするだろうか。秘密にする?他人に使用を委ねる?いや、多分、俺なら……。
遠く、榛名富士の山体が大きく震えた。




