21.闘気
少女はしまったという仕草で口を塞いでいた。
「あ、いや、そちらが呼び掛けていたから……」
「ふーん。オレと初対面、だよな?」
テルが少女を覗き込む形で問い掛ける。
「そ、そうだ」
「だよな。何か知り合いに雰囲気が似てたからさ」
「ッ、そうか」
「ほい。木刀落とした」
少女は落とした木刀を受け取ると、軽く頭を下げた。
「どうやら勘違いしたようだ。斬りつけてすまなかった。闘気を持たない気配を感じたから来てみたが……貴方達が中央から来た探索者だな?」
「そうだ。誤解が解けたようで良かった。俺は倉松。こいつは大代だ」
「晴れと書いてテルだ。よろしく」
「私は鞍望 胡桃と言う」
胡桃嬢の態度は少女と言うよりは熟達した武芸家を感じさせた。この環境がそうさせているのかもな。
「君のお兄さんに先程、案内して貰ったよ」
「一緒に迎えに出れなくてすまない。私は魔境を歩く事が出来ないのでな」
「それは闘気が無いから?」
テルが多少突っ込んだ質問をする。
「違う。理由は言えないんだ。すまないな」
「そっか」
首を横に振った胡桃嬢の様子は何処か悲しそうだった。
彼女が軽く境内を案内してくれた。奥殿は見せられないと断りを入れられたが、じっくりと装飾を眺めたり、有意義な時間を過ごした。十年前までは誰もが訪れ、時間の許す限り眺める事が出来たはずだ。今では極限られた人間にしか立ち入る事は出来ない。
「ここにいたか」
どうやら太一郎さんが探しに来て来れたようだ。
「すみません兄上。客人に社殿を案内しておりました」
「いや、助かったよ。さぁお二人さんも母屋にお出で下さい。風呂と食事の準備が出来てますよ」
太一郎さんに促され母屋を訪れる。そこは二階建ての木造建築で風情のある造りをしていた。
一階は全て畳敷きのようだ。広間に通されると、保奈美が壮年の男性と会話をしているところだった。男性がこちらに気付くと立ち上がって歩み寄って来る。
「失礼します」
「お、これはこれは。この度の訓練生の方かな。榛名山へようこそ」
「倉松 匡太郎です。よろしくお願い致します」
「大代 晴です!」
「元気があってよろしい。私は当主の清一郎だ。訓練には関われ無いが、顔を合わす事もあるだろう。そこに控えているのは、奉公人頭の猿渡だ。困ったら彼か、太一郎に相談しなさい」
「ありがとう御座います」
油断ならない人だな。そう思った。仕事柄様々な歳上の男性と話してきたが、あまり信用のならないタイプの人に思える。杞憂かもしれないが。猿渡さんは清一郎さんよりも幾分若い男性だった。部屋の隅でじっとしている。
「今日はここで食事を共にしよう。明日からは各部屋に届けさせる、でよろしいかな?」
保奈美を振り返り、そう聞く。
「ご配慮感謝致します」
食事が配膳された。茶碗一杯の白飯と山菜の入った味噌汁。焼き魚に各種根菜の漬物。個人的には大満足の食事だ。テルが漬物を渋っていたので、アレルギーがあるなら食べなくていいが、そうでないのなら、礼儀として食べ切るようにと注意すると渋々口に運んでいた。相手方は清一郎さん、太一郎さん、胡桃嬢の三人だけで、奥さんを見ることはその場の限りではなかった。
「そういえば、乙種に遭われたとか」
清一郎さんが食べ切って、皆が箸を置いた頃、そう切り出してきた。
「はい。恥ずかしい事ですが、太一郎さんの一太刀が無ければ、逃がしてしまうところでした」
「ははは。乙種、天狗は厄介な技を使いますからな。我々でも手を焼く事があるほどだ。その点、太一郎は優秀な倅です。天狗も苦にしない冴がある」
「父上、お客人の前です」
「そうであったな。胡桃もよく見習うんだぞ?」
「はい、父上」
そんなこんなで夕餉は終わり、引き上げようとした際、浴場は母屋を使うように言われた。何でも客人に奉公人用の浴場を使わせる訳にはいかないとの配慮らしい。是非も無いのでお借りすることにした。
「いい湯だな」
「露天風呂サイコー!」
何と露天風呂があった。しかも温泉を引いているらしい。何と言う贅沢。テルと二人湯につかりながら、空を眺めていると、人の話し声が聞こえるのに気付いた。女湯側からだ。壁に近付きそっと耳を澄ませる。いや、他意は無い。無いったら無い。だからテルは悪い顔して真似するのやめろ。
「じゃあお母さんは他界されているのね」
「ああ、母上は私を産んで、すぐに亡くなった。慰めはいらんぞ。産まれた時からいない者に抱く感情は無い」
「そうなのね……ねぇ、失礼な事聞くけど。さっきの様子を見ていると、貴女はあまり期待されていないのかしら」
「そんな事は……無いと思う。いつも私を一族の要と言って下さるから……」
「要、ねぇ」
「私には秘密のスキルがあるから……」
「秘密のスキル?」
ばしゃっと音がして、どちらかが立ち上がる気配がした。そのまま風呂を出ようとする。
「言い過ぎた。忘れてくれ」
「ねぇ、胡桃ちゃん」
「胡桃でいい」
「じゃあ胡桃。相談したい事があったら言ってね?ここは若い女性があまりいなそうだから」
「……ありがとう」
女の園の会話はこんな感じだった。それにしても秘密のスキルか、何だろうな。
「なぁ、テル」
「うん?」
「そういや、お前のスキルって何だ?」
「あー、姉貴にあんま話すなって言われてるけど……きょうにぃならまぁいっか」
テルは説明してくれた。
レジェンダリースキル、超人。
曰く、あらゆる面で人を超えた存在になるスキル。
「なんでそんなものを持ってるんだ?」
「オレ、昔は病弱だったんだ。それこそベッドから出れないくらい。一生ベッドの上で過ごすんだって思ってた。でもある日姉貴が金に輝くメダルを持って病室に現れた。本当はレジェンダリースキルなんて真っ先に使いたいだろうに、躊躇いなくオレにそのメダルを使った」
そこで使ったのが、健康等の比較的手に入りやすいスキルじゃないところに愛を感じるな。
「テル、紋芽さんの一番大事なものはお前なんだよ」
「照れ臭いけど、どうもそうなんだろうなって最近分かり始めた」
「じゃあその力で恩返ししなきゃな」
「ああ、そうか。そうだ。当たり前か」
テルは何かに合点がいったのか、手をワキワキさせて、立ち上がった。
「よっしゃ!絶対闘気使えるようになる!」
「おうよ」
「良いなぁ男の子って」
そんな事を誰かが言ったとか言わなかったとか。
翌日は訓練初日。俺達は自前のトレーニングウェアに着替え、道場に連れてこられた。待っていたのは既に一汗流したらしい、太一郎さん。胡桃嬢もいる。保奈美は保護者の立ち位置で、訓練を眺めていた。
「さて、まずはお話させて下さい。闘気を持つ天狗をどう討滅するのか」
「お願いします」
「では、倉松さん、大代さんこちらに立って、防御姿勢になってもらえますか」
太一郎さんに促され、彼の前に二人で並び、腕を交差する。
「いきますよ。はっ!」
太一郎さんが交差した腕の頂点を片手で押してきた。なんだ、力は感じないのに、腕が圧迫された。テルも同じ様に腕を押される。
「わ、なんだこれ!」
「大陸の技で浸透勁と言います」
腕を捲ってみると両手が赤くなっている。あれだけの動作でこの結果か。
「天狗が纏う闘気は体表のみに限定されます。達人になれば、内外気併用する事が出来ますが、所詮は獣。天狗には出来ない芸当です。つまり内気を打ち崩す事が出来れば、奴を倒す事が出来ます」
「浸透勁……」
「元は奉公人の一人が大陸拳法を齧っていましてね、彼が討滅に成功した事で、我々も習う事にしたのですよ」
太一郎さんが修練をする奉公人方を手で示すと、猿渡さんが一礼した。そうか、彼が。
「お二人にはこの技を習得して頂きます」
「分かりました」
「よし!やるぞ!」
この後、浸透勁の習得に必要なレクチャーを受けた。曰く、体幹を意識する事。重心移動に気を配る事。脱力状態からの発力のタイミング。そして、呼吸。
「スーハッ、スーハッ」
「そうです。押すタイミングで発力し、息を吐く。ひたすら繰り返して下さい」
俺達は朝から晩まで、その動作を繰り返した。元々、体幹や重心移動に関しては一日の長がある。脱力と呼吸法さえマスター出来れば何とかなるだろう。そう思っていた。
「はっ」
その日の夕方に、道場の外、林まで連れてこられた。太一郎さんは一本の木を確かめると、これに浸透勁を打ってみろと言う。言葉通り、発勁し、木が大きく揺れた。
「お、きょうにぃ、結構揺れたじゃん」
「ただ押しただけじゃこうはならんもんな。先人の技は偉大だ」
「いいですね。しかし、まだまだです。胡桃」
「はい兄上」
「見せて上げなさい。この木は薪にしましょう」
「分かりました」
太一郎さんに言われて、胡桃嬢が木に近付いた。
「はっ」
予備動作も無く、木に頸を放つ。木は揺れない。何も起こらない。いや、木の内側から繊維が崩壊していく音がして来た。暫くすると、身の丈を遥かに越える大木が向こう側に倒れ込む。断面を覗くと木目がズタズタになっているのが分かった。
「ふぅ」
「これが本来の威力です。ここまで出来れば、天狗を倒す事も可能でしょう」
「す、すげぇ……」
テルが言葉を失っている。胡桃嬢が発勁した時、木は揺れなかった。つまり、エネルギーを全て内側に押し込んだという事。これが浸透勁。
「あと四日あります。頑張って下さい」
「は、はい」
「押忍ッ」
それから二日、太一郎さんは忙しいようで、胡桃嬢が付きっきりで指導してくれた。毎日夕方になると、太一郎さんがやってきてその日の成果を確認する。だが、まだ形にはなっていない。初日よりはよくなってると思うのだが……。
鍛錬して気付いたが、胡桃嬢は訓練中指導中も剣を振るっている。その一閃は最早芸術にも感じるが、彼女は時々首を傾げながら、納得のいっていない感じだ。それほどまでに突き詰めるのは、やはり兄の存在があるからなのだろうか。その後、風呂を貸してもらい、三人で夕食を取るのだが、昨日から胡桃嬢がやって来て一緒に食事を取っている。どうやら同年代に飢えていたようで、テルとよく話をするようになった。
「テルはサッカーとか好きなのか?」
「よく分かったじゃん。自分でやる事は無いけど、観るのは好きだよ」
「ほぅ。テルにも兄弟とかいる、のか?」
「ああ、姉貴がいる。すげぇ人なんだぜ」
こんな感じで、仲が良い。しかし、なんでテルがサッカー好きなのが分かったんだろうか。保奈美は注意深く二人を観察している。こっちはこっちで何やってるんだ?
訓練も後二日。告げられたのは最終日に天狗狩りを行う旨。明日ものにしなければ。
「まさか、そんな事無いわよね?」
保奈美の呟きは、俺には聞こえていなかった。




