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20.榛名の山は朱に萌ゆる




 十月の終わり。俺とテルは旅支度をして、保奈美の車で立川に向かっていた。こういう時自分の車があるのは便利だな。俺も購入しようかな。一応免許は持っている。前の配属地で班長に取らされた。男なら取っておけと言われたが、言う通りにしておいて良かったと思っている。


「それで訓練所てのはどこにあるんだ?」

「それはまだ秘密」


 保奈美は頑なに教えてくれない。ちなみに出会い頭に保奈美にタメ口を吐いた俺を、テルが信じられない者を見る目で見ていた。


「テル、あなたちゃんと軽装で来たでしょうね?」

「はい!軽量のバックパックに納めました!」

「よろしい」


 テルは終始この様子だ。過去に何があったのか気に……ならないな。どうでもいいや。


「見えてきたわよ」

「立川駐屯地?」


 保奈美は車を自衛隊立川駐屯地の敷地内に停車した。立川駐屯地は魔境被害に合わず、未だに機能する数少ない駐屯地の一つだ。自衛隊と探索者協会は全く別の組織だが、国を護ると言う点でお互いを認めており、協力し合う関係にある。ここが訓練所なのか?


 保奈美は何も言わず、俺達を連れ立って、滑走路に駐機しているヘリに向かった。


「見ろ、CH-47Jだ」

「きょうにぃ。オレ嫌な予感する」

「輸送ヘリだぞ。一度乗ってみたかったんだよな」

「きょうにぃ聞いてる?」


 テルが何か言ってるが、俺は古参の輸送ヘリに感動していた。こいつに乗せて貰えるのか?


「おはよう御座います。御手洗です」

「よろしくお願いします。初鹿野です」


 ヘリの前で自衛隊隊員の方が待っていてくれた。美しい敬礼に俺達も敬礼を返す。


「早速中へ、間もなく離陸します」


 御手洗三尉(勝手に階級章を盗み見た)の先導に従って、ヘリに乗り込む。座席には十名程の隊員が既に着席しており、中央には補給品と思われる物資が固定されていた。略式の敬礼をし、さっさと空いてる席に着座する。


「福島への輸送の最中でして、狭いのはご勘弁下さい」

「いえ、無理言ったのはこちらで。本当にありがとう御座います」

「それで、ローターが回ればまともな会話は出来なくなるので、先に聞いておきますが。本当に榛名湖上空でよろしいのですね?」

「ええ、構いません。皆さんのお時間を頂く訳にはいきませんから」


 御手洗三尉と保奈美の不穏な会話が聞こえてしまった。榛名湖上空?上空とはどういう意味だ?


「はい、これ降下地点。着くまでに覚えてね。榛名湖は魔境内だから、油断しないようにね」


 保奈美から俺とテルに地図が渡された。何故か平面図では無く立体表記の地図だ。榛名湖と榛名神社に赤点でマーキングがされており、丸字でここらへん、と書いてある。


「降下地点?」

「ここらへん?」


 やがて、暖機が終わり、ローターが回転を始める。おお、マジで空輸を体験出来るのか。俺は内心ワクワクしていた。

 飛び立つとあっと言う間だった。俺達の乗るCH-47Jは魔境上空を避けながら、群馬県に入る。紅葉の美しい山間を飛び、目的地付近で速度を落とした。


「現在上空二千メートルです!地上まで約千メートル!これ以上低空は危険です!」

「ありがとう!輸送感謝します!」


 隊員の方の声もあまり聞こえない。高度が何て言った?保奈美は徐にサイドのスライドを開く。周りの隊員達が信じられない者を見る目でこちらを見ている。あれ?あの、降下ってそう言う事?え?パラシュート装備してないけど?


「二人とも飛び降りるわよ!」


 そう叫んで、保奈美は機外へと体を投げた。それを見たテルも悟った表情で後に続く。嘘だろ二人とも落下傘持たずに降りたぞ。


「大丈夫ですか!」


 いつまでたっても動かない俺を見兼ねたのか、御手洗三尉が声を掛けてきた。俺は震えながら親指を立てる。俺の人生でこんな事をする日が来るとは……。覚悟を決め機外へ飛び出す。

 眼前は空の碧と山並みの紅で一杯だった。美しいな。そんな感想も一瞬。みるみる地上が狭って来る。


「空歩!」


 空歩はレベルが上がって二歩踏めるようになった。このスキルが特殊なところは一歩目が終わった瞬間からクールタイムが消化されるところだ。クールタイムは十秒、つまり二歩目へのストライドを長く取れば、擬似的に空中を走り続ける事が出来る。スキルを駆使し、何とか減速しつつ地上へと着地した。場所は榛名湖岸。さて、二人はどうしたかな。


「遅かったわね」


 保奈美がこちらに飛んできた。文字通り、空を飛んでいる。


「飛べる奴と一緒にしないでくれ。テルは?」

「いるわよ」

「久しぶりに飛んだー!魔境内じゃないと姉貴が許してくれないんだ!」


 テルも飛んできた。いや、何で浮いてる?保奈美は明らかに風魔法の応用だ。しかし、テルは……。


「まぁ、そのうち話す事もあるでしょ」


 保奈美は教えてくれなかった。そう言えば、現場に一度も出ていないはずのテルが基礎スキル以外のスキルを持っているのも不思議だ。アカデミー在籍中に配布されるスキルは基礎的なコモンスキルのみだ。後は現場で集めなきゃいけない。


「ほら、行くわよ」

 

 保奈美に促され、移動を開始する。目的地は榛名神社付近。そこに榛名神社を護る一族が維持している道場があるらしい。凄いな魔境内で生活しているのか、まるで想像出来ない。インフラだってほとんど無い筈だ。ネットは衛星でどうにかなるとして、ガスや電気はどうしているのだろうか。


 榛名神社への車道は辛うじて原型を留めていた。三十三と書かれた標識が道端に倒れている。ここも同じだな。人の営みの残滓が残っている。

 山並みは紅葉の時期を迎え、紅く色付いて非常に綺麗だ。ここは環境改変型の魔境じゃないのか。だからこそ気付いた。そんな紅の中に一点の白がある。異常に目立つ白。


「なんだ?」

「お出ましになったわね。エリアボスよ」

「初めて見た!」


 それは山伏装束を基調とした装い、法被に筒袖、脚には脚絆、草履を履き。頭には烏帽子、真っ赤な顔に伸びた鼻。


「天狗だ!」


 エリア結界が張られる。こいつがエリアボスなのか!


「ただのエリアボスとは訳が違うわ。この天狗こそが闘気の使い手。こいつを倒せれば、闘気のメダルが手に入るかもね」

「よっしゃ!テルいきまっす!」

「待て!出方を待って……」


 テルが止めるも聞かず飛び出していった。そのスピードは人知を超えていた。瞬く間に天狗に肉薄すると右拳を振るう。おおよそ生物を殴ったとは思えない甲高い音が響いた。一拍遅れて、衝撃波が俺を襲う。道路脇の法面が抉れていた。


「効いてないわね」

「え?」


 俺はてっきりエリアボスはすり潰されてしまったと思っていたが、保奈美の呟きが聞こえてきた。天狗は腕を交差した状態で法面に埋まっていた。その体は五体満足だ。そんな馬鹿な。


「あっれ。駄目か。じゃあもう一発」


 テルが連続で拳を振るうと、陥没がさらに激しくなっていく。しかし、一向に結界は解除されない。


「無駄ね。闘気を持たない者の攻撃では闘気を持つ生物は倒せないのよ。主が強いのは、皆この闘気を持っているから」

「え、でも俺の突きで、八魔狗の目を……」

「あたしがエンチャントしたでしょ。魔法や付与にも闘気は関係してるのよ」


 確かにあの時、サンダーエンチャントを貰っていた。途中で切れてしまったけれど。しかし、そうか。だからこそ、最後山魔狗を倒せたのが不思議なのか。


 暫く殴って諦めたのかテルが戻って来た。法面は既に原形を留めていなかった。


「あいつケロッとしてる」


 悔しそうだ。テルの言う通り、天狗は何事も無かったかのように立ち上がってみせた。


「まぁ、今のあなた達には無理ね。見てなさいお手本を見せて上げる」


 保奈美が背中に背負っていた長杖を手に持つ。すぐに詠唱を始めると、周囲の空間に魔法陣が浮かび始めた。どうやら彼女はこういった多重発動の魔法が得意らしい。その数が視界一杯に広がった頃、結界が解除された。


「何?」

「あ、逃げる!」


 何と天狗が背を向け逃げ出した。エリアボスが逃げる。初めて聞く現象だ。それ程にこの魔法が危険だと思ったのか、はたまた天狗というエリアボスが特別だからなのか。


「逃さない。氷針は(アイシクル)踊り狂う(スタンピード)


 数え切れない氷の針が天狗に殺到した。面制圧だ。これは避けられない。そう思った瞬間、天狗の姿が()()、百メートル程先に出現した。


「そうだったわ。縮地を忘れてた」


 これが、縮地。近接上位の探索者が持つと言われる歩法の極致。それをエリアボスが持つとは、驚異以外の何物でもない。


「この距離では無理ね」


 保奈美は諦めたようだ。天狗は余裕が出たのか、右手に扇を出すと、扇ぎ始める。これが本当の煽りってやつだな。


「あいつー。ムカつくわねー」


 憤懣やる方ない様子で保奈美が天狗を睨んでいる。天狗は一頻り煽り倒し、身を翻して林に消えようとし、真っ二つに切断された。その姿が消えていく。


「新手か?」


 やがて、林から一人の男性が姿を現した。俺と同じくらいの歳の痩身の男だ。袴姿で、腰に刀を佩いている。


「助かりました。追い込み感謝します。お陰で僕の気配に気付いて無かったようだ」


 警戒する俺達の元にスタスタと近付き、一礼する。


「鞍望 太一郎です。君達が協会からの希望者ですね?」


 どうやらこの人が訓練所の担当のようだ。警戒を解いた俺達はそれぞれ自己紹介を済ます。彼は鞍望道場の跡継ぎらしい。現当主は多忙らしく、今回の訓練には顔を出せないとの事。その代わり、彼と妹さんが手伝ってくれるようだ。果たして、訓練であの天狗を倒せるようになるのだろうか。

 

 道すがら、太一郎さんはこの榛名山と榛名神社について話してくれた。魔境災害が発生した当時、榛名山は避難区域となる。神社関係者が皆避難する中、鞍望一族だけは榛名神社に留まり、運命を共にする覚悟だった。そんな願いが通じたのか、榛名神社はモンスターの襲撃を受けなかった。それ以来鞍望は榛名神社を護り、モンスターと戦って来たのだ。


「何故、榛名神社は攻撃を受けなかったのですか?」


 俺の問い掛けに太一郎さんは困ったように苦笑している。


「それが分からないのですよ。しかし、本殿が無事であった一方、随神門や三重塔は破壊されたを見るに、御姿岩の加護ではないかと云われています」

「御姿岩?」

「あそこに」


 太一郎さんが指し示す先、社殿と一体化している巨石があった。何とも言えない迫力のある岩だ。


「榛名神社本殿の御神体です」


 そう言って、太一郎さんは一礼する。俺達も倣った。神は信じていないが、先人達が尊んできたものには敬意を表すべきだと思っている。


「こちらにどうぞ、我々鞍望の居住区が御座います」


 セーフティエリアは本殿周りだけの為、居住区も本殿に近い場所にある。神社守護の為、特別に許可が下りているようだ。


「ここが居住区です。奥に見える道場と、我ら一族が住む母屋、奉公人の方々が住まわれる居住区画に分かれております」


 山間の斜面に居住区が設けられていた。どこからでも見える山上の道場はかなり立派な造りだ。


「水道は無いので、井戸水を使用しておりますが電気は通っております。ガスは御座いませんで、昔ながらの竈門を使用しております」

「電気が通ってるんですか!?」

「はい。地中埋設型を採用しておりまして、重宝しております」


 そんな贅沢は聞いた事が無い。そもそも埋設型もエネルギーを感知したモンスターに掘り出されるのが常だ。余程深く埋設してあるのだろう。そういったスキル持ちがいるのかもな。


「お帰りなさい若」


 竈門の支度をしているのだろう、薪を抱えた男性が挨拶をしていた。


「いま戻った。お客人をお連れした。案内を頼めるか?」

「でしたら、しばしお待ちを、こちらを置いてまいります」

「頼むよ。それと胡桃はどうした?」

「どうでしょうかお姿は見ておりませんが」

「また部屋か、全く」

「胡桃さん、と言う方が妹さんですか?」


 保奈美が太一郎さんに尋ねる。


「これはお恥ずかしい、妹の胡桃は部屋でゲームばかりしている変わり者でして、すぐ呼んで参りますので、お先にお部屋の方にどうぞ」


 先程の男性が案内をしてくれた。部屋は質素な畳敷きだった。ちゃんと男女二部屋用意してくれている。


「きょうにぃ、ちょっと周り見てみようぜ」

「胡桃さんを待って……保奈美に任せるか。俺も興味有る」


 荷物を置いて、二人で社殿に戻って来る。立派な社殿だ。それだけに御姿岩を取り込んだ形に造ったのは非常に面白いな。


「誰だ」


 誰何の声は背後からだった。まだ年若いだろう女性の声。


「あ、いや、俺達は怪しい者じゃなくてですね」


 振り向きながら、両手を上げる。袴姿の少女だ。丁度、テルと同い年くらいだろう、青みがかった黒髪を短めに揃え、持ち手の擦り切れた木刀を片手に持っている。


「もう一人もこちらを見ろ!おい聞いているのか!」

「テル、テル……?」


 テルが一向に振り向かない。何をしているのかと、顔を覗き込むと、テルは御姿岩に夢中だった。


「きょうにぃ!なんでか分かんないけど、力が湧いてくる!」

「分かったから、今はそれどころじゃ……」

「問答出来ぬならば、打倒もやむ無し!」


 少女の木刀が振り抜かれる。反応出来なかった、なんて早い踏み込みだ。しかし、テルは片手でその刃を掴むとまだ岩を見つめている。


「な、に」

「ごめん、思わず掴んだ」


 テルが振り返った。少女の手から木刀が抜ける。


「テル……」

「え?誰?」


 それが俺とテルと鞍望 胡桃の出会いだった。


 

 

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