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烙印の子  作者: あねむん
《群青劇》
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[EP.X-01]鋼の産声

馬車を走らせて三時間。

街道を外れた平野には風を遮るものもなく、膝ほどの草が波のように揺れている。

遠くに羊の群れが小さく見える以外、人影はどこにもなかった。


そんな景色の中に、見慣れた木造建築が現れた。


セルヴィア道場――手書きで読みにくい看板は今日も斜めに傾いている。

何故、研究所なのに道場なのか本人に尋ねたこともある。


――研究も修行みたいなものでしょ?


意味が分からなかったので、それ以上は追及しなかった。

建物の周囲には鉄骨の残骸や原形を留めていない機械部品が山積みになっている。

本人は研究の副産物と言うが、私から見れば報告書泣かせのゴミの山だ。


馬の速度を落としながら、私は馬車の後方へ視線を向けた。

客席には一人の男が腰掛けている。


エルナード軍教導部隊統括官――タリアル将軍。


灰色の髭は整えられ、軍服には一切の乱れがない。

馬車が大きく揺れても姿勢ひとつ崩さないその姿は、まるで岩石だった。

もっとも、その岩石は終始不機嫌そうだったが。


「向こうから成果物を寄こすのが筋じゃないのか? ……なぜこの俺が……ぶつぶつ……」

「申し訳ございません。 ですがここまで来てしまいましたので」

「補佐官。これで成果がまた奴の玩具だった場合、貴様責任を取れるか?」

「責任は私も負います。ですが、説明は博士本人から聞いていただくのが筋かと」

「ふん、その鉄仮面の下で何を考えてるのやら……。

 王都の連中は面倒事になるとすぐ俺を引っ張り出しおる。 軍務だけでも山積みだというのに!」

 

私は曖昧に笑って誤魔化した。

本来、この人は王都を離れない。

教導部隊の統括官であり、若い士官の育成責任者でもある。

それだけでも多忙なのに、他の役職まで兼任している。

そんな人物がわざわざ辺境まで足を運ぶ、それだけこの研究に期待が寄せられているということだった。


馬車を止めて玄関を開け、ずかずかと中に入っていく。

そしてあいつはいた。


「セルヴィア博士。ただいま到着し――」


言い終える前に言葉が止まる。

奥から金属を叩く音が響いてくる。


カン、カン、カン。

何かが回転する低い駆動音。

時折、火花が散る音。

そして。


「ふふふ……そうだ、そこだ……」


聞こえてくる独り言は完全に危険人物のそれだった。

セルヴィアは耳当てを付けたまま作業台に向かい、こちらに気付く様子もない。

私は背後へ回り込み、耳当てを引き剥がした。


「ひゃあっ!?」


博士が椅子ごと飛び上がる。

危うく工具箱を蹴り飛ばすところだった。

振り返ったセルヴィアの顔には煤が付着していた。

羽も黒い、研究者というより煙突掃除人だ。


「申し訳ございません。 危機感という言葉をご存じですか」

「コー君!? あっ、来てくれたんだね!」

「話を聞いてください」


セルヴィアはけらけら笑った。

背後から大きな咳払いが響く。


「うおっほん!!」

「うげぇ! ちょび髭先生もいるの?!」

「きさまぁーー!! 誰がちょび髭だ!!」

「いや、ちょび髭じゃん」

「一度ならず二度までも……。きさまぁ……!」


セルヴィアは本気で何が悪いのか分かっていない顔をしている。

将軍は頭を抱えた。


「"未来が変わる"と通達があったから来てみれば、やはり作っていたのは玩具であったか!!」

「あー、先生にも話が回ってくるのか」


セルヴィアはぽんと手を叩いた。

セルヴィア博士――ハーピィ族の研究者だ。

エルナードで採掘される鉱石――マギに強い興味を示し、この地へやって来た。

誰もが加工素材程度にしか考えていなかったその鉱石に可能性を見出し、この辺境で研究を続けている。

変人であることは否定できないが、その知識だけは本物だった。


私は資材運搬の任務でこの道場に出入りしている。

その縁で彼女とは顔見知りになった。

ヒュムが珍しいのか、彼女はよく話しかけてくる。

異国の価値観を聞くのも悪くなかったし、いつの間にか友人と呼べる程度には親しくなっていた。


私は改めて室内を見回した。

部屋の七割は見たこともない機械や装置で埋め尽くされている。


そして、その中心。

作業台の奥に、人型の機械が横たわっていた。

思わず眉をひそめる。


「……これが、そうなんですか」


セルヴィアの目が輝く。


「マギは材料、というのが一般常識。

 けどその性質は熱や魔力を加えることで内部構造が変化し、その状態を維持できる性質があるからだ。

 つまりマギは単なる鉱石じゃない。

 外部から与えられたエネルギーを記録し、自身の構造へ反映する媒体なんだよ」


セルヴィアは机の上の鉱石を指で叩いた。


「私はここに着目した。 マギはエネルギーを吸収するだけじゃない。

 吸収したエネルギーによって自らの状態を書き換える。」

「書き換える……?」

「そう。 なら十分な情報量を持つエネルギーを与え続ければどうなると思う?」


私は首を傾げた。


「内部に複雑な構造が形成される。 神経網でも魔法陣でも呼び方は何でもいい。

 重要なのは自ら判断し、反応する仕組みが生まれる可能性があるってことさ。」


セルヴィアは楽しそうに笑った。

彼女は工房中央の人型機械を指差した。


「そしてその構造を維持する器まで用意できれば――

 生命活動を行う身体と、思考を維持する核が完成する」


「まるでそれは、生き写しのようなお話ですね」

「生き写し? 馬鹿言っちゃいけない!

 この子たちは独自の思考を持ち、独自の社会を築く存在になるよ!

 そして人類を支える新しい隣人になるんだ」

「なるほど、これがオルダン博士への対抗策、ですか」

「そうさ! 君たちは歴史の目撃者になる! カー君もちょび髭先生も刮目しなさいよ!」


そう言って彼女は装置を起動した。

マギへ魔力が流れ込む。

機械の内部で光が走る。

低い振動音が工房を満たす。

静止していた躯体の指先が、わずかに震えた。

そして――ゆっくりと、その瞳に光が灯る。


誰も言葉を発しなかった。

ただ見ていた。

人類が初めて、自らの手で新たな生命を生み出した瞬間を。

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