[EP.5-11]海鏡窟の入口
「ついてこい」
ダルクはそれだけ言って歩き出した。
喧騒から離れるにつれ足音の反響がやけに大きくなる。
さっきまで耳を埋めていた怒号や笑い声が、少しずつ遠ざかっていく。
やがて辿り着いたのは、トルンコーチの外縁――
人の気配がほとんど消えた、岩肌の張り出した一角だった。
視線の先に岩の裂け目のように、洞窟が口を開けていた。
入口の手前まではランプの光が届いていて、道が続いていることだけは分かる。
だが、その先は見えない。
入口の周囲には、無数の木の棒が突き立てられていた。
それぞれに布が巻き付けられており、様々な模様が描かれている。
ドクロ、心臓、骨――どれも海賊旗だ。
セレンが低く吐く。
「……まるで、墓標みたいです」
ダルクが振り返り、わずかに口元を歪めた。
「間違っちゃいねぇな。 ……さて、本題だ。
この中にある石を拾ってこい。 単純で分かりやすい仕事だろ?」
その言い方に、わずかな嘲りが混じる。
シレイが即座に吐き捨てた。
「なぁにが分かりやすい、だぁ? "命の保証がねぇ"んだろ? この洞窟、何なんだよ」
ダルクは肩をすくめた。
「この洞窟は“海鏡窟”って呼ばれてる。
海賊ギルドの下っ端どもが、そこで生まれる自然の副産物――宝欲しさに入ってく場所だ」
レイヴンが目を細める。
「……中に人は?」
「いるとおもうか? 戻ってこれなかった連中はそこの海賊旗と同じぐらい、ってことよ」
言葉と同時に、風もないのに旗が揺れた気がした。
視線だけで洞窟の奥を示す。
「生きて宝を手にして戻ってきたやつは数少ねぇ。
それでも馬鹿どもは宝を目指す。 なんでだと思う?」
沈黙が落ちた。
ギーグが顎に手を当てながら口を開く。
「……欲しがる者がおる以上、ただの石ではあるまい。
手にした者に何かしらの利がある……そう考えるのが自然じゃな」
「爺さんの考えも最もだが、ロマンよ。 石には海賊ギルドにとって“価値”がある。
持ち帰ったやつは“格”が上がる。つまり権力という力を手にすることができる。
ま、それは海賊連中の事情。 俺にとってはどうでもいい。 必要なのは石だ」
その言葉は嘘ではない響きを持っていた。
セレンが静かに問う。
「……それはあなたにとっても、必要なものなのですか?」
「てめぇらに話すことじゃねぇ」
即答だった。 だが、その言葉の裏に“目的がある”ことだけは誰の目にも明らかだった。
レイヴンが間を繋ぐように口を開く。
「だが、少なからず“戻ってきた者”がいる。……そう言ったな」
「あぁ、海賊ギルドのボス、キクリスがハーピィ族だからな。 奴は石を手に入れ、今の座にいる」
セレンの表情がわずかに強張る。
「だからハーピィ族を……」
「適性があるかもしれねぇからな。
ヒュムでもハーピィでもなんでもいい。――“使えるやつ”が生き残る。それだけの話だ」
シレイが低く唸る。
「……狂ってやがる。 そんなことでお前の策に乗じる奴がいるか!」
「今まで拉致ってきたやつらと同じ条件だ。
ここで俺に殺されるか、中に入って石を取ってくるか。 どっちか選ばせてるだけだ」
レイヴンは視線を逸らさず、静かに言い切った。
「取りに行く以前の問題だな。
貴方はそれを“機会”に見せかけているだけだ。 実際は、他人の命を無下に消費している。
選べる余地があるなら、望んで死地に入るわけじゃない。
ここに来ている時点で、選択肢は削られている
その状況を“利用”している。 “機会”に見せかけて、他人の命を資源として扱っている
――それが、貴方のやり方だ」
「ふん…………好きに解釈しろ。
お高くとまってるやつに、今の惨状が分からんさ」
選択は提示された。 逃げ道はない。
洞窟の闇が、ゆっくりとこちらを見ているようだった。
―――
「二日の猶予はやる」
ダルクは洞窟を背に、振り返りもせずに言った。
「ついさっきまで争ってたんだ、俺も鬼じゃねぇ。
だがこの町から逃げられると思うなよ? 船を奪うってのがどういう意味か――分かるだろ?」
それだけ言い残し、ダルクは部下を引き連れて去っていった。
残されたのは湿った空気と、岩の裂け目のような洞窟。
シレイが舌打ちした。
「……二日か。短ぇな」
「無いよりはマシじゃろうて」
ギーグが肩を揺らして笑う。
「温情と見るか、追い込みと見るか……まぁ紙一重じゃな」
「前者に見るやつはいねぇよ」
シレイは吐き捨てるように言い、洞窟へ顎を向けた。
レイヴンは洞窟の入口を見据えたまま、口を開く。
「……キクリスは生きて戻っている。なら、彼女の技量相当の準備を取れば無理な道じゃない。
ハーピィ族の特徴はあの翼。 恐らく高所、もしくは空間把握に優位がある場所だ」
「ほう。となると、足場の確保が肝じゃな。 身軽なおヌシが適任じゃろう」
シレイが腕を組む。
「ロープと、引っ掛けるもんか……。この街なら手に入るだろうが――」
その言葉を引き取るように、セレンが小さく言った。
「……私、取ってきます」
三人が同時に彼女を見る。
「街の中、見てきました。 危ない場所ですけど……必要なものは揃えられると思います」
レイヴンは即座に首を振った。
「ダメだ」
「……どうしてですか」
静かな声だった。
「ここは、君にとって安全な場所じゃない」
「でも、今は時間がありません。役に立てるなら――」
「役に立つとか、そういう問題じゃない」
「では、何の問題ですか?」
レイヴンは一瞬だけ言葉を失い――そして逸らした。
答えは、言えない。
“守りたいから”では、納得させられない。
「……とにかく、ダメだ」
理由になっていないことは、分かっていた。
セレンは少しだけ目を伏せた。
だが、それ以上は問い詰めなかった。
話が冗長的で申し訳ないです。




