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異世界帰りの元勇者は現実世界でも天才でした。  作者: 坂元たつま


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裏切りの方程式と次元航行の理論(ディメンション・ドライブ)

香坂サヤの提供したISTOの最高機密情報、すなわち「次元特異点の座標と発生履歴」は、マサトの研究を一気に加速させた。マサトにとって、これは異世界の魔王城の構造図にも等しい、攻略の鍵となる情報だった。

マサトは、香坂を信用し、彼女に裏の研究の全てを共有した。香坂は、かつての迷人としての経験と、ISTOの科学技術を熟知しているという二つの側面から、マサトの最も強力な共同研究者となった。

 転送エネルギーの逆転

マサトがギルマン理事に提示した「次元転送には地球一年分のエネルギーが必要」という理論は、ISTOの追及を逃れるための偽装だった。香坂の持つ機密情報により、マサトは、その理論を論理的に覆すための突破口を見つけた。

「香坂さん。ISTOが把握している特異点の発生履歴は、全て**『外部からのエネルギー供給』を必要としています。雷、地熱、そして迷人の魔力**。しかし、これは全て受動的な方法です」

マサトは、ホワイトボードに、複雑な次元の幾何学図形を描き出した。

「マリア様のネックレスの魔素は、特異点の空間構造に**特定の『歪み』**を誘発します。この歪みを利用すれば、外部からの莫大なエネルギーを使わず、特異点自身の持つ次元のエネルギーを『呼び水』として利用できる」

それは、異世界で「最小限の魔力で、最大限の空間断裂を引き起こす」という、勇者時代の究極の戦術を、この世界の科学に応用したものだった。

マサトの新しい理論の核は、**「次元の壁を破壊する」のではなく、「次元の壁に存在する天然の『穴』を、共鳴周波数で一時的に拡大する」**というものだった。

「この理論を使えば、物体転送に必要なエネルギーは、現実的に可能な数メガジュールまで一気に引き下げられます。問題は、その共鳴周波数を、安定して数分間持続させることだ」

香坂は、マサトの非凡な発想に驚きを隠せなかった。

「その周波数の発生源として、ネックレスを使うのね?でも、ネックレスの魔素は有限よ。使い切れば、二度と補充できない」

「だから、ネックレスの魔素を使い果たす前に、この世界のエネルギーを使って、**持続的な次元接続を可能にする『人工魔素炉ディメンション・コア』**を完成させる必要があります。この炉の基礎は、表向きの『送電ロスゼロシステム』の研究に隠されています」

マサトは、ISTOの莫大な予算を、表向きの研究を通じて、裏の研究の核となる「人工魔素炉」の部品調達に巧みに流用していたのだ。

 共同研究の深層

マサトと香坂の共同研究は、ISTOの監視員の目には、二人の天才科学者が協力し、順調に研究を進めているように見えた。しかし、実際は、香坂が監視員の目を引き付け、マサトがその隙に裏の研究を進めるという、高度な情報戦だった。

ある日、香坂はマサトに、休憩中に尋ねた。

「榊原くん。あなたは、なぜそこまでして、あの世界に戻りたいの?あなたは、この世界で全てを手に入れられる。名声、富、そして自由も」

マサトは、実験器具から目を離さず答えた。

「俺が、この世界でいくら名声を得ても、それは偽りの自己でしかないからです。俺の全ての知恵は、あの世界で培われたものだ。そして、俺は、あの世界に**『生きて帰る』**と約束した人がいる。その約束を果たすまで、俺の戦いは終わりません」

香坂は、静かに頷いた。彼女の脳裏には、自分がかつて、永久に断たれた故郷の景色が蘇っていた。

「あなたの研究が成功したら…私は、あなたを裏切るわ」

マサトは、初めて香坂に視線を向けた。

「どういう意味ですか?」

「あなたが次元航行を成功させ、あの世界に戻れたら、私はその技術をISTOに渡す。そして、ISTOの管理下にある全ての次元特異点を封鎖する。私以外、二度と誰も、異世界へ転移できないように。二度と、私のような悲劇を生まないように」

それは、香坂自身の過去の償いを意味していた。彼女はマサトの自由を尊重する一方で、**「次元転移という危険な資源」**の永続的な管理を選ぼうとしていた。

マサトは、その香坂の「裏切り」の意図を理解した。彼女の論理は、世界の安全保障という観点からは、完璧な**『最適解』**だった。

「承知しました。その時が来たら、俺はあなたの**『論理的な裏切り』に、俺の『感情的な裏切り』**で対抗します。…俺は、俺の故郷(マリアのいる世界)が封鎖されるのを見過ごしません」

二人の間に、静かな、しかし強固な**「信頼と対立」**の関係が築かれた。

 異世界からの微かな応答

その夜遅く。

マサトは、人工魔素炉の小型プロトタイプを稼働させ、ネックレスの魔素を増幅させていた。目標は、異世界への**『情報送信の持続時間を0.01秒に延長する』**ことだった。

実験が成功し、次元の窓が前回より長く開いた瞬間、マサトは全身に電撃のような衝撃を受けた。

それは、マサトの心拍数とは別の、微かな波動だった。

マサトの次元知性は、その波動を瞬時に解析した。それは、異世界の言語ではない。しかし、その波動の**『周波数とパターン』は、マサトがマリアと最後に交わした言葉、「愛しています」**という感情の周波数と完全に一致していた。

(これは…マリア様の感情そのものの応答だ!)

マリアは、マサトが送った「生存の証」を受け取り、そして、次元を超えて、彼女の**『愛』**をマサトに送り返してきたのだ。その波動は、マサトのネックレスの魔素をわずかに活性化させ、人工魔素炉の安定性を一気に高めた。

「香坂さん!データを見てください!次元接続の安定性が、予想値を**200\%上回っている!何かが、システムに外部から正のフィードバック**を与えている!」

香坂はデータを見て、驚愕した。「バカな…こんな現象は、理論上あり得ない…!」

マサトは、ネックレスを強く握りしめた。

(マリア様…あなたは、俺の研究を、次元を超えて助けてくれているんだ!)

愛するマリアの感情は、この世界の論理と物理法則を超越し、マサトの「次元航行」という夢に、圧倒的な推進力を与えた。

マサトの目標は、もはや遠い夢ではない。彼は、マリアとの再会へ向けて、最後の、そして最も困難な技術的な壁を破ろうとしていた。

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