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#01 闇の時代

栗きんとんとレキシントン。

 俺は寒さに目を覚ました。


 見渡すとそこは、見知らぬ海岸。時刻は分からないけど、日は高々と登り、昼らしいのだけははっきりしている。

 どれだけか俺はどうやら海を流され、浜辺に打ち上げられたようだ。


「どこなんだよ、ココは……」


 俺が呟くと、すぐ近くに【書】が落ちていることに気付いた。


「大丈夫か?」


 しかし【書】は何も答えない。見た目が似ているだけで、【魔物の書】ではないのかもしれないと思い、俺はその書物を拾った。


「表紙には確かに【魔物の書】と書いてあるけどな……」


 俺は【書】を開いてみた。テイムした魔物はみんないるみたいだけど、全体的に名前などの表示が暗い。

 唯一しっかり明るく表示されているのはウィッシュだけだ。俺は仕方なくウィッシュを呼び出した。


「シュシュ~」


 通訳する【書】が物を言わないため、魔物とも意志疎通が出来なくなってしまった。


 ▽


 それに、マスターがいない。

 いや、マスターどころか、魔城にいたみんなは敵も味方も誰もいないみたいだ。


 広々と視界の開けた海岸にいるのは俺ひとり。


 その事実に俺は愕然とした。

 大した戦闘能力を持たないウィッシュだけで、俺は今の状況をどうにかしていかないといけないのだ。


「とりあえず、人のいる場所に行かないとな」


 俺は歩き出した。


 狼マンの声も聞こえない。

 思えば俺の中にいる時のヤツの声は【書】が訳しようもない、内なる声だったわけだけど、俺にはなぜか人語として理解出来ていた。


 まあ、聞こえてこない声なんて気にしても意味ないし、俺は他のことを考えることにした。


 俺はひとまずここがどこなのかを考えた。

 そもそもで言うと、この世界にある大陸はたった一つだ。


 シュッカル王国などがあるサン・グラウンド。

 太陽の大地を意味するその一つの大陸以外に知られていないだけで他にもあるかもしれないが、それは少なくとも俺には分からない。


 ▽


 違和感があった。

 その違和感がいつからかと俺は考えたが、思えばこの海岸で目が覚めてからずっとだ。


 太陽は燦々と輝いているのに、妙に明るさが足りないのだ。雲ひとつない快晴なのに、なぜか曇り空が満面に広がっているかのように暗い。


 つまり不自然な状況だ。まるで闇が世界を包んでしまったような、と思いかけた自らを俺は制した。


「闇なんて、バーヌじゃあるまいし」


 バーヌで俺は思い出した。


 確か、ムダラーと【書】は元はひとつ。

 ムダラーとひとつになったバーヌが自爆したのだから、理屈で考えれば【書】はムダラーと共に消滅していないとおかしい気がする。


 なぜか喋らなくなり、機能が大幅に制限されてしまった【書】。

 その事がムダラーとどう関係するのかも、【書】と話せない以上は何も分からない。


 ▽


 海岸沿いをひたすら歩いていたが、少し疲れてきた。不死チートでも疲労だけは人並みに蓄積するのだ。


「しかし、本当に誰もいないな」


 少しばかり薄暗くても、散歩だの観光だので少しは人がいないと、それも不自然に思えた。

 人ばかりでなく魔物もいない。


 実に異常だ。


 なぜなら町など人の住むところでないエリアには魔物が住むのが自然なことで、魔物すらいないのは何らかの、普通でない状況であることを予感させる。


「おーい、誰かいないか?」

「シュ~」


 呼び掛けて返事してくれるのはウィッシュくらいのものだ。まあ、たった俺1人ではないだけありがたい。


 俺が気がかりなのは魔城にいた人たちだけではない。ルルエナさん、女神ルーヒューと仲間の魔物たち、それにプータ……。


 みんな無事かどうかも分からない。

 生き残っていたとしても、【書】がいるということはムダラーでもあるバーヌはまだ生きていると思われ、それはつまりみんながバーヌに捕らえられていたり、シャードで支配されている可能性も考えられるということに他ならない。


 ▽


 やっと人に出会った。遠くに、座り込んでいる人影が見えたのだ。


「おーい、そこのアンタ」


 俺は声を掛けたが返事はない。

 しばらくそのまま進んで近づき、姿を見るとどうやら人に見えただけで石像だ。


「なんだ。でも、よく出来てる」


 ウィッシュが明かりとなって照らしてくれるので、確かに石像であるということを確認し、俺は更に先に進んだ。


 海岸に近づかないだけで、人が海岸から離れた集落や町に住んでいるかもとは考えた。だけど、海岸から少し離れるとそこは鬱蒼とした密林。

 そんな所に迂闊に近付いて、狂暴な魔物に襲われたら面倒だ。


 まあ不死だから大丈夫とは思うが、少なくとも視界が開けた海岸を進んだほうが安全な気がするのである。


 更に進むと、石像が増えてきた。集落にありがちな、高床式の住まいもあるなら、どうやら石像はここらの住人が作った芸術作品らしいと考えられる。


「それにしても芸術性が高い石像だ。まるで本物の……」


 俺はもしかして人間が石像に扮しているだけなのではと疑い、適当に近くにいる少年の石像を触ってみた。


「固い。やっぱり石みたいだ」


 ▽


 俺は次々に石像の顔を触ってみたり、目の近くで手を叩いてまばたきしないか確かめたりしてみたが、どれもこれもしっかりと石である。


「家の中も見てみるか」


 高床式住居にも足を踏み入れてみた。

 ウィッシュに照らしてもらいつつ、広くはない室内を隈無く見てみたけど、石像があったりなかったり家によりまちまちだ。


「何してるの」


 声のする方を振り返ると、ツシュルがいた。

 いや、ツシュルによく似た、一回りほど年配の女性だ。しかし服装や髪型がよく似ている。


「ツシュルか?」

「ええ。ツシュル・ランカーとはアタイのことだけど、あなた……誰かに似てるわね」


 俺は変に疑われないよう、「レイジだ。分かるよな、ツシュル?」と自己紹介もしっかりしながら尋ねた。


 するとツシュルは、からん、と手に持っていた杖――見覚えがある。確か「結界の杖」と呼ばれる代物だ――を落とした。


 ▽


「あなた、一体10年もどこにいたのよ……!」


 10年。俺は我が耳を疑った。

 だが、考えてみれば目の前の魔導師がツシュル本人なら、それくらいの歳月を経ていないと不自然だ。


「俺、10年も海岸で寝てたのか?」


 ツシュルに聞くつもりなのか自問自答なのか、それは俺にも分からない。


「海岸……このスラプ海岸のことなら、ここ数日で何度も見て回ったわ。もしかしてレイジ……あなただけが何らかの理由で時を超えてしまったのかも」


 魔王バーヌは10年前に自爆したが、完全に息絶えたわけではないらしい。

 一方のジルたちは、ツシュルが咄嗟に張った結界に守られて無傷で済んだが、俺だけはどこかにいなくなっていたという話だ。


「いえ、これは明らかにアイツの、魔王の企みの内ね。あの時の言葉の意味がやっと分かってきた」


 ▽


 自爆しても死にきれなかったバーヌにジルが止めを刺そうと近付くと「魔物使いを封じた。これからが闇の始まりだ」と謎めいた言葉を残し、ヤツはどこかに転移してしまったらしい。


「それから本当に色んなコトがあった。……ラパーナがバーヌに連れ去られ、予言者たちは石にされた。そう、ここは予言の力を持つ者たちの知られざる集落なの」


 予言者たちの集落。

 そんな話を俺は聞いたことがないが、まあそこは長きに渡るかつての俺のDランク時代に広げられた、情報網の格差なんだろう。


 あるいは、俺がいない間に発見された地なのかもしれない。

 どんなに屈強な冒険者でも、地の利が悪い密林や砂漠にはあまり足を運ばないからだ。


「バーヌという闇が時代を変えてしまった。高名な冒険者たちは責任を問われて引退、それを拒んだジルとレッシュは……そうだレイジ。あなたとアタイで、彼らを助けてみない?」


 どうやら波乱含みの新たな旅が始まりそうだ。

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