#02 精神召喚
「とりま」はトリマーとは別物です。
集落の住民だった石像の数々を前にしながら、俺はツシュルからの説明を聞いた。
それによれば、どうやらジルやレッシュはバーヌに捕らえられて、孤島ウィブールに存在するという「奈落監獄」にいるらしい。
大陸はサン・グラウンドただ1つなのだが、この世界には大陸を取り囲むように7つの孤島がある。
その全てが陸路では行くことの出来ない、隔絶された土地らしい。
らしい、というのは、俺はたった今ツシュルから聞くまでそんな事は知らなかったのだ。
「ウィブールはちょうど、ランマの真北にあるわ。だからまずはランマに向かいましょ。船もそこから出ているの」
現在地である集落は、大陸の南西端にある。大陸の中央部にあるシュッカル王国で過ごしてきた俺には道理で無縁な土地だ。
なぜなら、ランマを目指して北上したりレムバダに向かって東に向かったりと言った程度にしか遠出しなかった俺は、大陸の南西部なんてちっとも詳しくなかったからだ。
「よし、とりあえずこんな石ころだらけの村はとっととおらさばだぜ!」
「こら、こら。こう見えて元は人間。軽々しく石ころなんて礼儀がてんでダメね」
▽
スラプ海岸を東にずっと進むと、やがて俺たちは街道に出た。
その時、「レオ街道」と書かれた標識がやけにしっかり作られているのが俺には気になった。
「なんだか立派な街道に見せようと必死だよな?」
するとツシュルに鼻で笑われた。
「あなた本当に何も知らないのね。レオ街道と言えば、交易路として大陸南西地方では最もよく使われてるのよ?」
分かりやすさのために、広大な大陸サン・グラウンドには地域名は存在しない。
あくまで国や町といった区分に固有名詞があるくらいで、大陸北地方とか大陸南東地方とか、方角を含めた言い方によって大まかな地域を言い表すという謎の習慣があるのだ。
「ま、こんな広い世界を統治出来る支配者なんていないっていう現れね。もっとも、近頃ではバーヌのヤツがその座を狙ってる……!」
俺は何とも言えない気分になった。
バーヌはいけ好かないところこそあるけど、パーティーにいた頃のアイツには魔王とまで思えるような残忍さや狡猾さはなかった。
それが演技だったのはレムバダでのやり取りで分かってはいるけど、俺はどうしても未だにバーヌには他に何か考えがあるのだと信じたい思いもある。
▽
そんな俺たちの目の前には、ツシュルが言ったように商人たちが冒険者を護衛として連れ立つ隊を成し、悠々と道を歩いている。
「現実では考えられねえな」
「現実って……今、目の前にあるのがそうなんだけど」
俺は元の世界のことをしばしば「現実」と自分の中で定義している。
今の、魔法や魔物の世界には現実味が薄く、なんとなくではあるけど、現実と見なすことに抵抗があるのだ。
「う、うわあああ。グラナだ。グラナが来たぞお」
「ひいい。逃げろ逃げろ、殺されるぞ!」
にわかに商人たちがざわつき出した。ふと商人たちの視線を追うとその先に、銀髪の若者がいた。
ジルと違い面長で、とんでもなく鼻が長いのが目に付く。
「そははは。怒影、コイツらを斬り刻め」
奇妙な笑い声と共に、グラナと呼ばれた男が召喚したのは、小型の竜――見た目にはベビドラだが皮膚が黒い亜種――だ。
怒影と言う名前らしいその黒ベビドラは、黒い炎を吐いて商人たちを威嚇した。
▽
「やめろ、罪もない人を襲う悪党め」
我ながらベタな物言いで俺は、グラナと商人の間に割り込んだ。
一方のグラナはグラナで、どう聞いても悪事を働いていることを顧みない不届きものの台詞を吐いた。
「なんだキサマは。このグラナ・シャンブーを知らぬ身の程知らずが、まだいたとはな」
ただ、ここで俺は自らの無謀さに気付いた。
今の俺に扱えるのはウィッシュのみ。
そんなで戦えるわけはなく、俺は早速、黒ベビドラの炎にこんがり焼かれてしまった。
「そはは。その黒い炎は【閻魔火炎】。一度でも触れれば、キサマの体は、キサマの意思に逆らう!」
グラナがそう言うや否や、俺の焦げた両腕は俺の顔面を殴り付けた。
「どわあ!?」
「そは。そはははは!」
足も勝手にもつれて、俺は気違いみたいに突っ伏しながら自分の顔を殴り続けた。
体の自由が奪われ、まるで狼マンが乗り移ったみたいに、ただただ意識だけがはっきりある状態なのに何もかも思い通りにならないのである。
▽
こんな時、【書】が万全ならば自らの意思で魔物を召喚してくれるのだろう。
でも今のアイツは、いわば魂の抜けた器みたいな感じであり、やはり何もしてはくれない。
(いつ終わるんだ、この不毛な時間は……?)
俺は状態異常にかかったわけだろうから、回復魔法を必要としていたが、ツシュルは回復魔法を持たない。万事休すだ。
と、その時である。
「四番結界・レシプロバリア!」
ツシュルが結界をグラナに放った。
魔力で出来た膜がグラナを通り抜けたかと思うと、また戻り、それを何度も繰り返した。
「アタイが10年かけて培ってきた結界魔法、これがその成果よ」
ツシュルの結界魔法で唯一、攻撃魔法にも使える結界らしい。
俺は相変わらず俺を殴り続けていたが、グラナはグラナでテイマーなだけで自身の身体能力は大したことがないらしく、結界に翻弄されていた。
▽
だが俺の近くにはまだ黒ベビドラの怒影がいる。再び黒い炎――閻魔火炎とかいうダサい名前の技――を吐き出そうという構えみたいだが、余裕のつもりなのか動かない。
(一体どうすれば……)
まあ【書】を取り出せても大した戦況変化にはならないかもしれない。
だけど、体の自由はなんとしても取り戻さないと、起死回生もへったくれもない。
いっそ俺の中にいるかもしれない狼マンに託すしかないかとも思うが、そもそもヤツは俺の意思で自由に呼び出せるわけではないのだ。
ただしばらくしていたら、左腕だけなぜか自由が戻った。
時間経過で解除される類いの呪いみたいなものかもしれないが、なんにしても俺は【書】をこっそり懐から出した。
「ウィッシュ。なんとか頼む」
「シュ~」
SSランクのベビドラ並みの強さかもしれない怒影に、レベリングはあってもDランクには違いないウィッシュは勝てないだろう。
特に策はない。まだまだ万事休すのままだ。
▽
しかし俺は、【書】をよく見るとちょっとした変化に気付いた。
それは、「精神召喚」と書かれた文字がナルキアの名前の下に浮かび上がっていたことだ。
何がどうしてそうなったのか、全くわからない中でその謎の召喚に頼らざるを得ない俺は迷わずナルキアを精神召喚することにした。
「ナルキア、来い!」
バチリ、と今までの召喚にはない激しい発光が起きた。
「……あれ?」
精神召喚には成功したらしく、【書】にナルキアの姿はないものの、辺りを見てもナルキアはどこにもいない。
「シュコー……」
しかし、確かに聞き覚えのある息遣いは聞こえてくる。召喚は恐らく出来てはいるのだ。
▽
「どこだ、ナルキア?」
すると、目の前にいるウィッシュが、その体を構成する白い炎をサーベルのように変えて怒影と対峙していた。
「ま、まさか……」
俺は慌てて、ウィッシュのステータスを見た。
≧
名前 ウィッシュ
種族 ウィスプ(D) レベル27
精神 ナルキス(B) ナルキア・レベル40
技能 (フレイム・ミスト)、ポイズン・ウェポン
腕力 C 体力 B
知力 A 魔力 B
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能力値はレベルが上がった結果に過ぎないだろうけど、ナルキアがしていた毒属性付加のスキルらしき【ポイズン・ウェポン】が追加されている。
ウィッシュはそれを知ってか、サーベル化させた自らの体の一部に毒を滴らせ始めた。




