#07 知魔王の全力
カピバラはバラではなく哺乳類です。でもバラにも同名の品種が生まれる可能性はある。
やはりというか、当然というか、二人の勇者の必殺を受けてもムダラーには傷ひとつ付いていない。
「やべえですぜ、レイジさん。おそらくヤツは勇者ジルに触発され、短期間で猛烈に強くなってやがる……」
同一の存在である【書】だからか、ムダラーの強さが手に取るように分かってしまうようだ。
Sランクなのだから元からトップクラスの強さのはず。
バーヌに乗り移らない状態ではもっと下だとしても、【書】が言うにはバーヌありの前回より遥かに、既にずっと強いらしい。
「もしかしたら、これだけの戦士が揃っていても全員、死ぬかもしれねえです」
だとしたら、余程の事態だ。Aランクとは言え、70人ほどの冒険者たちが命を落とすことになっては大変だ。
世界にいるであろうAランク冒険者の内、かなりの人数が集まっていると思われる、この今。
噂に聞く限りでは世界に100人ほどと言われるAランク冒険者。
彼らの大半が失われることは、世界のパワーバランスが崩壊することと同じだ。
▽
その時、ムダラーから突き出ている骨が飛び出し、ヤツ自身の肉体を包み込んだ。
「ゲジュラララ。飛んで火に入る夏の虫だな、虫ケラだけに」
骨は妙な柔軟性を伴ってすっぽりとムダラーの体を包み込む全身鎧となった。
骨で武装した目玉おばけ、アーリマン。そんな出で立ちであり、ボーンアーマー・アーリマンという正式名を持っていそうだ。
「よし、みんな思いっきり突撃だ」
ジルが指示を出し、皆がそれに従いムダラーに立ち向かっていく。
ある者は剣で枝みたいに細い骨の外殻を砕き、ある者は魔法で骨を燃やそうとし、またある者は魔物の能力で内部に直接の攻撃を試みた。
「ゲジュラララ」
ムダラーは笑っていた。骨というのは思いの他に硬度があり、だからこそ人骨が折れるなんてそれなりに大変な衝撃が加わった結果。
殴る蹴るだけで骨を折れてしまうなら、あらゆる格闘技の試合は成立しない。
▽
ムダラーは知魔王という異名を持つ。
それはかつて、ランマに向かう時にジルから聞いていたことだ。
しかし今のところ、まだムダラーの知的な恐ろしさはそれほど実感していない。
なんならまだシルフの幻惑魔法のほうが、ずっと怖かったくらいだ。
「ヤツこそがシャードの持ち主。神々から奪われたそれを、裏切りの神から更に奪い独占し、人心を思い通りにしようとしているんじゃ」
ジジイがぬっと俺の横に現れて、そう説明してきた。
その言い分が正しければ、まだ魔王と呼ばれる前、力がそんなになかった頃のムダラーにシャードで意識を乗っ取られ、悪の手先として貶められていたのだと言う。
「ひでえ……」
俺はただそんな事くらいしか言えないでいた。
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「(確かに昔、俺様はそんな悪事を働いていやした)」
どうやらまだ【書】がムダラーとして魔王と1つだった時代のことらしい。
だからか、ジジイに気付かれないほどのこ声で【書】は俺に話しかけてきたのだ。
俺はそれには答えず、ジジイには「シャードのことを今からでも、みんなに伝えて回ろう」と持ちかけた。
もう戦いが始まってしまっているから、いつムダラーがシャードを使うかは未知数だ。
だけど、だからと言って1人でもシャードによる寝返りで敵に回ってしまえばAランクの敵が増えることになり、実に厄介だ。
「シャードを使う気なら、どこかに隠しているはずじゃ。それを探ることも伝えてくれ。すまんが、頼んだぞい」
本来なら城に着くまでに伝えるべきだが、Aランクの集まりとは言え、ジジイの言葉なんて耳を貸さないのは十分に考えられた。
優秀なヤツらこそ、プライドの高さでつまづくというのは元の世界でも少しだけ見たことがある。
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ともあれ相手は知魔王というくらいだから、シャードを隠しているとしたら誰にも分からないところかもしれない。
たとえば飲み込んでいて、必要な時に口から吐き出すという荒業が可能ならば探しようのない話だ。
「ゲジュラララ。シャードよ、出て来るのだ!」
シャードは本当に、ムダラーの口から出てきた。
「ゲジュラララ。シャードよ、あの者の運命を縛れ!」
ムダラーはシャードを握り潰した。すると、ジジイの様子が急変したのだ。
「うっ。一度ならず二度……まで……も」
ジジイはがくりと倒れ込んだ。
しかし、俺が手を差し伸べた瞬間、猛烈な勢いでジジイが斧を振るってきて体が縦に真っ二つになった。
▽
「ファイさん。正気に戻るんだ!」
ジルがどうやら俺の仇(?)を取るためにこちらに向かって来たようだ。
だけどジジイに勝つには、少なくとも普段のジルでは厳しいだろう。
一分の出し惜しみもない本気までは行かなくとも、そこそこ気合いを入れないとマスター・オーガと渡り合ったジジイは強いからだ。
割れちゃった俺には上手く視野に捉えることが難しいが、ほとんど接戦だ。
ジジイの動きもキレッキレだが、それ以上にジルの剣捌きは俺が知ってるジルのそれではない。
「誰か、加勢しなくていいの?」
ツシュルが心配そうに周囲に尋ねるが、そんなに知られているわけでもないシャードに未知の影響を受けるのを恐れて誰も動こうとはしない。
そんな理由と断定できるわけではないが、マスターはここに来る途中でシャードに関して「そんな程度の、有名でもない話」と言っていた。
▽
レッシュはジルの苦戦に動じず、ただ1人、黙々とムダラーと戦っていた。
「さいさいさいさいさーーいっ」
俺は自己再生に時間を要するほどの重傷なので、そちらを見ることは出来ない。
しかし明らかにレッシュの声と、メラメラ燃え立つ炎剣――レッシュの右腕が燃えた腕剣に俺が勝手に名付けただけだが、単に縮めただけだし大した問題でもないだろう――がジュワジュワと骨を焼く音ばかりが止めどなく聞こえてくる。
一方の俺はそんな事を気にしてばかりでもいられない。
いつまでも自己再生が始まらないと思っていたら、流石に真っ二つでそれぞれの半身が離れて存在していると、再生が始まらないっぽいのだ。
自己再生の力が矛先を失って、傷口でうねっているような感じで分かる。
ゴーレムに初心者の洞くつで潰された時でさえ、俺はちゃんと再生出来て、色んなヤツに腹にどんなに風穴を空けられても再生出来てきただけに、なんとなく惨めな気持ちだ。
▽
俺はマスターあたりが気付いてくれるのを待つしかない。
なぜなら、体が真っ二つなので口を動かしてもパクパクするだけで発声に……。
いや、大体は言ってしまったけど食事中とかに気分を害するレベルの案件だからこれくらいにしておこう。
「レイジ。大丈夫チか?」
奇跡的に声を掛けてはくれた。しかし俺が話せない状態なことに気付いてくれるかは、完全に運次第だ。
「ダメです。妹さんだから心配なのは分かりますが、レイジさんはもう……」
げっ、と俺は思った。ラパーナが勘違いし、俺を死んだと見なしてマスターを魔王がいる部屋の外に出してしまったのだ。
かろうじて右半身の目で追えたので、それについては理解可能だったのである。
▽
俺は「終わった……」と悟った。
他の冒険者は、俺を不死チートなんて知らないだろう。
それは更なる奇跡でも起きない限り俺は下手したら余生を真っ二つのまま魔城で過ごすことになるということに他ならない。
あるいは、他の冒険者と共にムダラーに消し去られるか。
どちらにせよ嬉しい選択肢でないには違いない。
「はあああ」
ジルがライト・ブレイドを使ったようだ。
俺は聞き慣れたライト・ブレイドのバリバリ言う音を知ってるから、はっきりと目視出来なくても分かる。
だけど意外というか、基本的に人間を相手にライト・ブレイドなんて、たとえ負けても使わないジルにしてはおかしいと俺は思っていた。




