#08 黒騎士乱入
県道と国道ってたまに、どっちだっけってなる。だけど公道に統一してしまうと、数字のイメージだけでは覚えにくい。不思議!
ライト・ブレイドが発する衝撃波で、俺の体は上手いこと後ずさって近くに寄った。
そしてやっと自己再生が始まり、仮縫い程度に細胞とか神経とかが繋がり始めた。
「むわあああ」
ジジイが焼け焦げたかに思われたが、焼け焦げなかった。
よく考えたらマスター・オーガ状態のキーくんとの戦いで、ジジイは彼の【鬼の気まぐれ燃え尽きコース】の1回目を、鎧こそ溶けたが耐えたのだ。
だがショックからかシャードの支配からは解放されたらしい。
「ふう。助かったぞい」
「い、いえ……。そんなつもりではなく、魔王との戦いが待つため、その命を犠牲にしてもらうつもりでした」
つまりジルは、ジジイを殺す気でライト・ブレイドを放ったわけだ。
まあ、魔王がいる中ではやっぱりAランク同士で戦うことを避けたい気持ちがジルにあったと言うことだろう。
そんな、仲間を操られるような局面は、俺がバーヌと共にジルのパーティーにいた頃にはなかった。
だから俺はジルのことを「いつでも絶対に焦らない超人」だと美化し過ぎていたのかもしれない。
▽
その時、ようやく元通りの体に再生を終えた俺の目の前で信じられないことが起きた。
ムダラーの口から、今度はシャードではなく人が出てきたのだ。
「バーヌ……?」
唾液まみれで髪型が崩れているから核心までは持てないが、バーヌっぽいヤツには違いない。
更に謎の切り傷が横一文字に深く刻まれているのはやはり、バーヌらしい予感が止まらない。
「ケケケ……」
バーヌっぽさが満載の笑い声。これはほぼ限りなくバーヌ本人のパターンだ。
「ゲジュララ。コヤツにはエクス・シャードを使った。だから一生、コヤツは我が忠実なしもべなのだ!」
ムダラーの口から、今度はそんな最悪の知らせが飛び出した。
▽
バーヌはポタポタとムダラーの唾液を体のあらゆる末端から垂らしながら、見たことのない邪悪そうな漆黒の鎧に身を包んでいた。
槍も、白銀の槍ではない。こちらも漆黒の、暗黒をぎゅっと濃縮して形にしたような禍禍しい槍だ。
「ムダラー様。後はお任せを」
名乗ることもないそのバーヌらしき黒騎士は、黒い槍をなぜか俺に向けて構えた。
「黒野郎、どこを見ている。お前も私がぶちのめしてくれるわ!」
レッシュが炎剣を黒騎士に振り下ろした。
人は斬れないはずだから、意味がない気がするが、どうやらレッシュは魔物と勘違いしていたらしい。
「何、これほどのオーラを放ちながら人間……だと?」
レッシュが驚く間に、黒騎士は槍を伸ばした。
突いたのではない。実際に槍の長さが伸びて、レッシュの肩を貫いたのだ。
▽
炎剣を出している右肩をやられたレッシュだが、なんともないはずはないのに気合いだけで右腕をぐるんぐるん回して見せた。
「ふん。何がムダラー様、だ。小手調べにしても、もう少し味なマネをしてくれるか?」
そしてレッシュは炎剣に頼らず素手で黒騎士に殴りかかった。
「うちゅあああ!」
黒騎士は微動だにしない。鍛え抜かれたレッシュの拳を、まるで、ものともしていないのだ。
「くだらん。テメエの茶番を終わらせてやるぜ」
黒い槍はふわりと宙に舞い、五つに分かれた。
「黒虎五雷剣。これを受けて、生きていられたら褒めてやろう」
なんか知らんけど、レッシュが引き受けてくれて助かった。
どう見ても魔力が迸っているあんな槍を五本も食らったら、弾け飛んで俺は消滅してしまうだろう。
▽
まず2本の槍が真っ直ぐ、しかし素早くレッシュに飛んで来た。
流石にそこは勇者として華麗に回避してみせたレッシュだ。
しかし間髪入れずに1本、そして秒単位でやや遅れて残り2本がほぼ同時にレッシュに向けて発射された。
「なっ!?」
細かな制御に驚きながら、レッシュは全てを紙一重で凌いだ。
「ほう、流石はジルの兄。かつてのジルの仲間として鼻が高くはあるぞ」
かつてのジルの仲間。もう、ほとんどバーヌというネタバレだ。
だけど名乗らないから、バーヌでなくこちらも黒騎士と呼ぶしかない。
「バーヌ・ゾッヒエ。わざわざジルに手を下させたくはないのだ。分かったらとっとと元の温厚な朴念仁に戻りたまえ!」
レッシュは迷わずバーヌと見なし、しかも黒騎士を意外にも平和的に説得した。
▽
いや、単にエクス・シャードを知らないだけで、バーヌが乱心していると勘違いしているのかもしれない。
「ケケケ。そんなのは無理な相談だ。俺はエクス・シャードの祝福で、心にある闇に気付いた。だからもう……戻れないんだァ!」
エクス・シャードによる支配を祝福と呼びながら、黒騎士は魔力を槍に変換してレッシュに突進した。
突進と言っても、鍛え抜かれた突進は見た目以上に避けがたい。
なぜなら突進などという単純な動作でも、目があり足があるのだから鍛練された動体視力をもってすれば、相手が避けた向きに動きを修正することも出来る。
「チッ、新作を見せてやろう」
レッシュは左腕に青い炎をまとい、槍を受け止めた。
「こっちは人を斬るための奥の手だ。許せよバーヌ」
▽
右腕の赤い炎は魔物を斬るため。そして左腕の青い炎は人を斬るため。
この世界には根っからの悪人なんて、そういない。だからレッシュは奥の手と表したのだろう。
人が人を斬らなければならない時なんて、それは大罪を犯した人を裁く時か、そうでなくともそれしかない時だ。
「許せだと。無理だ……もう俺に沸き上がる憎しみの闇は、膨らむばかりで手に負えねえ」
槍をもう1本作り、両腕に、鎧に空いた溝に嵌め込むことで1本ずつ装着した。そんな極悪格闘スタイルも黒騎士には自在らしい。
「うばああああ」
鋭い刃先を伴う拳の連打。それがレッシュに向かい、左腕だけでレッシュは全てを捌き、しかし次の瞬間、骨に左肩を貫かれた。
「ゲジュララ。魔王が待つほどフェアな世界など望むでない」
▽
両肩に怪我を受け、かなりツラそうなレッシュ。それを助けるため、ジルや他の英雄たちはそれぞれに戦い出した。
魔王と戦う者、黒騎士と戦う者。
俺は想像の上を行く戦いに、ナルキアを出す覚悟が出来ないでいた。
出せば即死する。直感はそう告げていたからだ。
「ラパーナ。レッシュさんの治療を!」
俺はマスターを守るように、遠くにある門の近くでマスターに寄り添うラパーナに声を掛けた。
「え、ええ」
遠くて戦況があまり見えなかったのか、それとも黒騎士という新たな脅威に怖じ気付いたのか、どもりながらもラパーナもまた動き出した。
▽
見ればゼルもケルベロスを駆り、懸命に魔王と戦っているし、ジジイは黒騎士を相手に得意の斧技を当てに行っていた。
70対2。数の暴力とも言える圧倒的な戦力差を覆すのは、魔王と言えど容易ではない。
というか、魔王なんて所詮は自称。
自動的に客観的に作られた、越えられない壁ではないし攻略不可能なクソゲーでもない。
やがて魔王の骨の鎧は剥がれ、黒騎士はへこたれ始めた。
「や、やめてくれ。俺だよジル。バーヌだ。俺のことを忘れ……げふっ?」
ようやく自己紹介したバーヌに、痛烈に猛然とライト・ブレイドをジルが浴びせ、更に仲間たちの鞭や風魔法などが追撃としてビシバシ炸裂した。
魔王、そしてバーヌは討伐されようとしていた。どちらも、もう風前の灯。
魔王はもちろんそうで、バーヌは人間だが別格に強いので、今の洗脳状態ならば、死ぬ寸前まで弱らせないと何をするか分からないのだ。
「ゲジュララ……浅ましき人間よ。この愚行が何を意味するか分かっていないな。ワシをいたぶり、嘲笑う行為の結末、それは……こうだぞ!」
骨をバーヌに伸ばし、ムダラーはバーヌを取り込んだ。




