#03 魔物の書
オニオンは玉ねぎです。基本的には。
俺はAランク冒険者たちが活躍する傍らで、おこぼれ的にたまに現れる瀕死で放置された魔物を倒してレベリングしていた。
これでなんとか、ナルキアも多少は使えるようになった気がする。
鍛えたBランクは、頑張ればAランクに勝てなくはないのだ。魔物だけでなく冒険者にも一般的には同じことが言える。
「ふむ。アナチャも少しはテイマーらしくなってきたチね」
マスターがベビドラでベヒーモスを二十匹ほどまとめて焼き払いながら俺を誉めた。
物凄く次元の違う戦い方でただの幼女でないことはバレバレのはず。
しかしそこは、あたかも俺がベビドラを使っているように見える演出を工夫してきており、不自然でなく俺が異常に強いテイマーに見えるようになっているようだ。
ベビドラも久々に勝てるほどの強敵にテンションが上がっているようで、心なしか瞳をキラキラさせながら炎の息を吐き出している。
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Aランク冒険者とは言っても、冒険者の最高ランクであるため、高い水準の中ではあっても実力差はあるようだ。
新米Aランクの魔導師がベテランの格闘家にダメ出しをされており、何事かと耳を澄ませば「人間にまで飛び火する魔法を使うな」とのこと。
プレイヤー・キルがあるオンラインMMOでも似たような状況になるヤツだ。ああいったゲームでも、上級者集団の中にマナーがなってない輩はたまに湧く。
まあ、こっちの世界にMMOがあるかは知らないけど、ランマ辺りならあっても不思議はない。
立ち寄ることがあったらネットカフェでも探してみようかなんて思っていると、ラパーナが苦戦しているのを発見した。
「よ、よし。行け、ベビドラ!」
調子に乗り俺の魔物であるかのように命じたが、マスターが機転を利かせてちゃんと俺に命じられたようなスキルがあるかのように戦わせ、ゴーレムの亜種っぽいヤツらをバッサバッサと凪ぎ倒していった。
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「ベビドラ。だめ押しの、えっと、【ウルトラ・ゴールデン・パンチ】だ」
ただのパンチでも、ベビドラがやると超な速さなのでそれっぽく見える。
赤いゴーレムを倒し終えると、ラパーナはほっとしたように楽器を構えた。
リュートと呼ばれる、バイオリンなどの系統で、特にマンドリンっぽい感じがある弦楽器が彼女の装備だ。
ラパーナがポロン、とそれをかき鳴らすとベビドラがきらきら光り、細かな傷が癒えた。
大怪我にもなると歌の力も必要だが、彼女ほどの吟遊詩人なら楽器を演奏するだけで癒やしの作用を持つのだ。
「魔物に囲まれては、直接には戦えない私は無力。礼を言いますよ、レイじい……いえ、レイジ様」
ジジイ扱いから急に様呼ばわりになり、まあ普段から様付けがデフォのラパーナではあるが俺はまたしてもハーレム展開かと勘違いしたくなる自分にも気付いた。
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プータは、現人神ハウレイのもとで占いの修行を積んでいるらしい。
「魔王との戦いならば、行く末が見えない以上、同行するのは無意味と言っておりました」
しかしヤドカリ鳥のヤドリだけは、ちゃっかりラパーナに着いて来ていた。プータに代わり、せめて決戦の行く末だけでも見守りたいのだろうか?
「【書】にテイムしてやれば安全だろうけど、あいにくヤドカリ鳥は満席なんだ。すまない」
俺はラパーナにそれだけ告げ、先へ先へと進んでいった。
すると突然【書】が呼んでもないのに、現れた。
「ミュス様。そろそろレイジさんにだけは、俺様について話しておいて良いですかね?」
マスターは言われる心当たりがあるらしく、珍しく渋い顔をしたが「アナチャに覚悟があるなら」とその何かを承諾した。
「レイジさん。信じられないかもしれないが、実は俺様は魔物だ」
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魔物の書。
それはこの魔物の行動を制限するためにマスターに与えられた仮の名前なのだという。
「だったら、なんだ。今まで俺に着いてきてくれただけで、俺は嬉しい。バーヌに奪われかけても、最後の最後には裏切らなかったじゃないか。本当、並みの魔物じゃあ無理なことだぞ」
俺は魔物と知っても別に驚かず、【書】をそう励ました。
「【まどーしょ】の本当の名前は、……ムダラー」
今度は大いに驚いた。だって、ムダラーはこれから俺たちが戦う魔王の名だからだ。
だけど、単に名前が同じだけかもしれない。
だってこんなに唐突にカミングアウトするのだから、色々と戦いの中で誤解を生みたくないだけなんだろうと俺は、言われてもないことを憶測し納得を試みた。
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「俺様はあの魔王の野郎と、元はひとつ。余りに強すぎる力を抑え込むため、【魔物を食らい自らの一部とする能力】を中心に分離したのが俺様なんだ」
それから紆余曲折あってマスターの存在を知り、更に自らの力を抑えるために「契約」という形で【魔物の書】になったらしい。
「魔物から道具にまで成り下がるのは、そりゃ最初は抵抗があった。でもミュス様はレイジさんも知ってるように、素晴らしいお方だ。それもあって、俺様はこうしてアンタとも旅して来れてる」
まだまだ【書】には言いたいことがあるようなので、俺はとことん付き合うことにした。幸い、まだAランク戦士たちも城を攻略中だ。
「絆の女神、ミュス。そんな素晴らしいお方に仕える幸せを喜ぶ一方で、俺様は残してきた片割れのことが、どうしても気になっていた」
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やがて人間たちの間で、ムダラーという魔王が魔物を牛耳り出したという噂が流れ出した時にはドキリとしたのだという。
「俺様の名を騙る不届きものなら、まだ可愛いもんだ。だけどもし、残してきた大きなチカラが新しい魔物となって世界の支配を目論み出したとしたら、話は違ってくる」
俺は話の結末を読み、先にこう答えた。
「――そして、そいつは現実に起きたってワケだな」
魔王ムダラーは、【魔物の書】と元は同じ存在。ややこしい真実に俺はいつかのように、卒倒しかねないほど混乱してきた。
しかし、バーヌなどの人間に乗り移る能力など、元の魔物だった頃には持っていなかったらしい。
「つまり、アイツはもう名前が同じだけの別の存在にまでなっちまったかも知れねえんです」
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ますます難解な展開に、俺は全てを投げ出して逃げたくなってきた。やる気だけで、何もかもを飲み込めるような事態ではない気がしてきたのだ。
元は同じで、一方は弱くなるため、また一方はおそらく強くなるための道を進んだ。
「うん。そこまでは俺も分かったとして、それでお前は、これからどうしたいんだ?」
俺は思いきって単刀直入に聞いてみた。
「どうする、どうしないじゃないんだ。アイツが死ねば、同じ存在である俺様は消える。言わなくて悪かったけど、アンタはテイマーじゃなくなるんだ」
俺は今度こそ卒倒した。
マスターが「レイジ!」とか言う声が聞こえたけど、人は何もかもに絶望するとそんな事は関係なしに卒倒してしまう生き物であり、たとえ不死チート持ちだとしても、そうだ。
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でも、幻惑世界の「けーけけけ!」しか言わないバーヌとかCラン呼ばわりが止まらないレッシュとか色々と壮絶過ぎた結果、多少のショックには免疫が出来ていた俺は数分で意識を取り戻した。
「……ふう。消えないようには出来ない感じか?」
妙に冷静に、俺は【書】に質問した。
「ああ、俺様にはそれが無理なことだと感覚で分かる。深い部分で、どうしてもアイツは俺様自身なんだ」
もし【書】が消えたら、テイムした魔物たちは元いた地域に転移し、自然と野生に還るはずなのだそうだ。
「俺、もっとお前にしてやれることがあったかな?」
俺はまた、そうして率直に【書】に聞いたが、【書】はただ安らかに「十分です、レイジさん」とだけ告げた。




