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#10 死闘

生たまごを昔、飲んでいた頃がある。

 ナルキアはサーベルに魔力を集中させた。


 この世界では、能力値としての魔力とは別に、魔法パワーを消費して生み出す魔力がある。

 この「魔法パワーを使って作られた魔力」は魔法の源になったり、今、ナルキアがしているように武器に属性を付加したり、簡易な強化を施したりするのに用いられる。


 そしてナルキアのサーベルは、植物が持つ木の魔力を帯びて毒々しくなった。


 水仙は有毒。それが関係するのかは分からないが、見るからに触れると危険な緑の液体がサーベルからポタポタと滴り落ちた。


「ヒュコー……ヒュコー……」


 独特な呼吸音が個性だが、それゆえに言葉に翻訳することが出来ず、考えるところはまだ俺ごときには分からない。


 だが、俺の実力や俺への信頼はともかくとしても、ナルキアは「力試しをしたくて、ウズウズしている」と言っているように俺には見えた。


 ▽


 ザンコックはベビドラと激戦を展開していたが、どうやらナルキアのことも気にしているらしく、まるで三面六臂の阿修羅のようにすら見える動きで三六〇度、あらゆる方角からの攻めに完ぺきに受ける体勢だと傍目にも分かった。


「オラはただ静かに暮らしたいだけ。それを邪魔するなら、許さないずら!」


 マスターを誘拐しておいて、どの口がとしか思わない。しかし強者の論理など押し並べて独り善がりで身勝手だ。


 天狗になり、誰にも止めてもらえず消えるか、叩かれるか。

 増して戦乱みたいな時代なら、余計にそうなる。


 そんな俺の思いを知るよしもないナルキアだが、みなぎる闘志で武者震いしながらその場を動かないでいるのが印象的だ。


「ヒュウウ……コォオオ!」


 吐く息で、ナルキアはベビドラに加勢すべく地を蹴った。


 ▽


 毒のサーベルはしかし、瞬時に宙を舞い、俺の脇にカランと落ちた。

 ザンコックが強烈な拳で弾いたのだ。


「ヒュコ……」


 ナルキアは気持ち気後れしているが、ベビドラと同時に相手をされながらもザンコックからの隙間ない連続打撃をなんとか受け止め、隙を伺っている状況だ。


 マスターはその間に、俺の所にとことこと走ってきた。やはりマスターそのものには戦闘能力はないのだろう。


「怪我はありませんか?」

「こらーっ。アタチャより動けるのだからさっさと助けに来るチ!」


 心配したら怒られた。

 無理もない。ザンコックに気を取られていた俺は確かに脇が甘く、やるべき事、つまりマスターを戦いの場から救い出すべきを見落としていたのは事実だ。


 ▽


 ついでにマスターはサーベルを拾い上げ、ナルキアに向けて放り投げた。


 本来ならそれも俺がやるべきで、熾烈な戦いに神経を磨り減らすあまりに集中を欠いている自分に気付いた。


「何から何まで、すみません」


 俺の言葉を相手にせず、マスターはただ無言で戦いを眺めている。

 怒っているのかもしれないが、表情は硬くはあるけれどもそれ以上は読み取れない。


「俺にもっと、実力があればこんな厳しい戦いには……」


 俺が更に謝ろうとすると、マスターは俺の膝をパンチした。マスターなりに激怒したのだろう。


「今、出来ることは何かを考えるしかないチ。戦いなんて、常に相手を選べるわけじゃないのをこの戦いで学ぶチよ」


 それはそうだが、俺はそんなに器用でもなく、やはりどこか疲れた思いで戦いを見守るしかない。


 ▽


 俺は戦うのは好きではない。


 だから魔物使いで良かったかなとは思う。直に戦うのではないから、なんとなく心理的負担が軽い。


 まあ、戦いが好きでない魔物もいるだろうと思うこともあるけど、大体は魔物なだけあり好戦的だ。


 ナルキアはサーベルを片手に、毒の斬撃を繰り出しながら必死に戦っていた。

 ベビドラとの共闘であるため、Sランクのザンコック相手にも互角以上の攻防だ。


 だけど現実は、甘くはない。

 ナルキアは俺の手持ちで最強とは言ってもBランクなのだ。


「ケヒュ」


 短く唸り、ナルキアは【書】に戻ってしまった。ザンコックから胸に打撃を受け、一撃で殴り倒されたのだ。


 ▽


「こんなはずじゃ……」


 人生には、上手くいくことばかりではない。

 思い通りにならないこともある。


 だけど、こんなに命懸けの戦いを強いられるなんてあんまりだと俺は思う。


 多少はナルキアの毒をもらい、ザンコックの動きが精彩を欠いてはきたけれど、そもそもヤツはまだ本気を出してないように思える。


 俺はナルキアすら倒され、もうCランクDランクの魔物しかいない中での戦いを強いられるわけだ。


 ベビドラだって、SSランクとはいえ無限に体力があるわけではなく、実際、先ほどから徐々に疲れを見せ始めていた。


 魔物使いはテイマーの上位職。

 かつてパープ平原でキーくんから聞いた言葉の意味が、俺には未だに分からないでいた。


「何か、魔物使いにしか出来ないことでもあるっていうのか……?」


 ▽


 俺は魔物使いになった時のことを思い出した。


(グリーン・ロックの宿。そこで俺は【書】と話し合って、最終的には思い付きの名前として魔物使いを選んだ。そう、本当にたまたまなんだ……)


 つまり、キーくんが同名のテイマー上位職と勘違いしているだけの可能性のほうが限りなく高いのだろう。


 だけど今の俺は、そんな偶然にも頼りたい気持ちなのだ。


(少なくとも、この戦いから逃げ出さないことには、どうにもならない)


 テイマー。

 それは魔物を飼い慣らし、仲間として使役する職業だ。


 魔物使いに、そこに伴う更なる能力があるのだとしたら、一体、何か。


 ▽


 ザンコックに押され始めたベビドラは、みるみるボロボロになっていく。やはりザンコックは本気を出していなかったようだ。


 つまり、そんなに悩んでいられない。


(狼の魔物……)


 俺は狼マンを思い出した。俺の内側から出てきたアイツ。だけどもし逆に、魔物を俺の肉体に宿すことが出来るとしたら?


(己の内に魔物を込めることが魔物使いの能力である可能性、それに賭けてみるか)


 俺はゴブリンのゴブリダルを召喚した。

 物は試しだから、強い魔物で制御出来ないのは困る。


「ゴブリダル。俺に宿ってくれ!」


 ゴブリダルはキョトンとした。

 完全に「コイツ、急にどうした?」の顔だ。


 ▽


 違う、ということだろうか。

 いや、もしかしたらと俺は考え直した。


(俺の意志を強く集中させ、半ば強制的に俺の中に導く。おそらく、そうだ)


 狼マンが召喚されたのは、俺の感情が原因であるけど意志は関係なく、強制力が働いていた。

 つまりキーワードは感情とか意志。


 俺はザンコックからベビドラを助けたいという強い感情と意志を持ち、もう一度、ゴブリダルに呼びかけた。


「俺に宿り、共に戦ってくれ。……ゴブリダル!」


 意志が通じたのか、ゴブリダルは強く頷き、光となって俺に吸い込まれていった。


「うわあああ」


 体が熱い。焼けて死ぬのかと思うほどだ。

 それはそうだろう。なぜなら俺は肩書きだけで単なるテイマー。本来、上位職に就く力量などないのだから。


 ▽


 限界を超えた能力。


 俺の体からは白煙が立ち昇り、ゴブリンと同化しながらも、より戦闘的なフォルムをもった新しい魔物へ姿を変えていた。


「な、なんだオメエは……?」


 俺自身が驚いている、満ちてやまないオーラにザンコックは思わずベビドラへの攻撃を止めた。

 そこで俺は叫んだ。


「最強の魔物使いだ!」


 体はずっと熱くて仕方ないが、不思議と軽く動ける。単なるゴブリンとの合体なのにザンコックに負ける気がしないのだ。


「オラァアアア」


 ザンコックの拳は止まって見える。

 そのゆっくりな拳をひらりと避けながら俺はベビドラを抱き、ザンコックから大きく距離を取った。


「じゃあな、ザンコック。またいずれ戦おう」


 そして右手にはベビドラ、左手にはマスターも掴み、俺は全力で戦線離脱したのだった。

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