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#09 ザンコック

ヤンバルクイナ!

 見た目は黒ゴブリンにすぎないザンコック。

 背丈も普通のゴブリンと同じで、せいぜい150センチあるかないかだ。


 しかし、その強さはどう考えてもDランクではない。


「【ペンシル・フレア】!」


 ザンコックは魔法を唱えた。針状の炎を、無数に飛ばしてくる上級魔法だ。


「ベルナ?」


 ベルナイトのベルナのベルが溶かされ、中にいた小人騎士が姿を見せた。

 それでもなお【ペンシル・フレア】の勢いは激しく、ベルナは【書】に戻っていった。


「くっ、タワール。行けるか?」


 ベルナに防御強化を施され、Bランクの体力を手にしたタワールだがベルナが溶けたのを見て、すっかり怯えきっていた。


 ▽


「味わわせてやる。Sランクの本領をな」


 俺はザンコックの言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立った。

 今までにも既に途轍もないオーラを放っていたザンコックが、さらに恐ろしい気を放ち始めたのだ。


「Sランク……どうやらムダラー並みは伊達じゃないな」


 ムダラーよりも強いオーラを放つザンコック。あるいはムダラーが手を抜いていたのかもしれないが、どちらにせよ絶望が俺に押し寄せた。


「詰むの早いよ……クソゲーか!」


 クソゲー。元の世界で貧乏が続いては安い中古ゲームを買い漁り、理不尽すぎてクリアを諦める無限ループという詰みを積んでいた、あの状況。


 ゲームと現実を混同するなと言うけど、要領の悪い俺には混同するまでもなくどっちもクソという真実が、昆布太郎でもないのに俺に迫って来た。


 ▽


「オラァアアア!」


 ザンコックはただのパンチ一発でタワールを沈めた。タワールが痛みすら感じないであろう勢いで粉々に砕け、その破片が【書】に戻っていく。


「ミュスから聞いてるだよ、ブロンズ髪の魔物使い。折角だから不死の程度を確かめてやるずら」


 ザンコックはオーラを急に抑え始めた。本気を出すとバーヌの虎神突のように俺を消し去ってしまうために、ヤツは意図的にパワーをセーブしたのだ。


「へひひ、サンドバッグには最高の逸材だなや」


 子ども昆布太郎の頃も底辺だった俺は、いじめられてサンドバッグ状態になっていた時代を思い出した。


 親にも心配されなかった子ども時代。カスみたいな親に放任され、空想に耽っていたあの頃。


(勇者になりてえ。マンガとかにしかいない、絶対にどんな強敵にも負けない勇者に)


 ▽


 子ども心にそんな分かりやすい夢を持っていた俺、今は不死の魔物使いという、よく考えたら意味不明な立場だ。


「オラァ、オラァ、オラァ」


 一発一発を、わざともったいぶって繰り出して来るザンコックのボディブローは、本気じゃないはずなのに避けられない。

 しかも、めちゃくちゃ痛い。


「魔法は遊びだべ。オラは格闘のプロ。努力だけでゴブリンから進化したオラの拳は、素人には見えないはずだにゃ」


 するとザンコックはマスターに近づきだした。


「やめろ、マスターは何も悪くないだろ!」


 しかしそうは言ったものの俺は殴られた痛みで、うずくまるしかない状態で動けない。

 やむを得ず、俺はシルフのシルぴこを呼び出した。


 ▽


 新たに名付けられる魔物は、元の性格に応じて勝手に名前が決まる。


 だからゴブぞうはゴブぞうって雰囲気の武骨で不器用な感じだし、ゴレムンはなんとなく普通だ。


(シルぴこ……一体、どんな性格なんだ)


 シルフには痛い目に遭ったので、レベリングのために召喚する以外はそんなに接してなく、未だにシルぴこの性格はよく分からない。


「〈ぴぎゃーー!〉」


 なぜか【書】に訳されてなお謎の叫びにしかならない音声を発し、シルぴこは幻惑の魔法【パニック・ストーム】を放った。


 そして、何を思ったか全方位に魔法をぶっぱなして来たために俺までもが幻惑状態になってしまったのだ。


 ▽


(名前通りの気違いめ……)


 レベリングの時のシルぴこのことは、あまり覚えてないものの、どうもヤツは強敵を前にすると気違いになっちまうみたいだ。


 だがシルフの魔法はあくまで幻惑と分かっている俺は、霧の中から襲い来る大量のシルぴこを無視して目覚めのために爆発した。


「よし、幻惑はもう攻略出来るぞ」


 シルぴこは更に魔法パワーが尽きるまで【パニック・ストーム】を唱えようとしていたので、慌てて俺はシルぴこの召喚を解いた。


 幸い、ザンコックの幻惑は解けていない。俺はその隙にマスターを助け出した。


「ふむ。大義であったっチ」


 労われて悪い気はしない。俺は照れていたが、背中に猛烈な激痛が走った。

 幻惑を解いたザンコックに、背中側から腹を貫かれたのだ。


 ▽


 まあ、痛いだけで死にはしない。

 考えても見てほしい。バーヌに普通に槍で刺されたくらいでは俺は死なないのだ。


「一割の力でそこまでなるとはな。豆腐みたいだべ」


 俺は戦慄した。

 確かに死にはしてないけど、ザンコックは今、本気の一割で俺の腹に風穴を開けたと言ったのだ。


 十割、つまり本気なら俺は塵も残らないだろう。


 そりゃ、Aランクのバーヌに出来るのだからSランクのザンコックにも出来て当たり前だが、そろそろ不死チートはチートではなくなってきたみたいだ。


「ベビドラ、バーストするチよ!」


 マスターがベビドラを呼び寄せた。

 木陰にずっと隠れていたらしいベビドラはふわりと宙を舞い、マスターの左手とベビドラが融合した。


 ▽


 初心者の洞くつで俺が一度だけ見た、マスターの必殺技。それを再びマスターは撃つつもりなのだ。


「へひひぃー!」


 しかしザンコックはSランク。素早くマスターとの距離を詰め、ベビドラを弾き飛ばそうとした。


「……な、なんだと」


 ザンコックは狼狽えた。

 なぜならベビドラ腕とでも言うべきマスターの腕が、ヤツが繰り出した右の拳に噛みついていたからだ。


 それはつまり、ザンコックの本気ではないかもしれないけど超人的には違いない動きに対応したということだ。


 するとマスターはドヤ顔で自慢し出した。


「忘れたのチか、ザンコック。そりゃアナチャはSランクかもしれないチ。でも……ベビドラはSSランクの伝説級なのチよ!」


 ▽


 知らなかった。

 しかし冷静に考えれば、【ベビドラ・バースト】なんて離れ業をやってのける時点でベビドラは規格外に決まっていたのだ。


「す、スゲえ……」


 俺が腹をスースーさせながら感心していると、ザンコックはもう片方の腕でマスターに殴りかかった。


「オラァアアア!」


 幾らベビドラがSSランクでも、マスターは目の前にいるザンコックに力を封印された幼女なテイマーに過ぎない。


 ベビドラが咄嗟に融合を解除して食い止めたものの、SSランクを扱いこなせないマスターの下では本領を発揮出来ないのか防戦一方だ。


「よし、俺もやるぞ。ナルキア、来い!」


 ▽


 ナルシストの語源でもあるナルシス。

 それは水仙という植物を意味するギリシャ語だが、この世界には同名の魔物がいる。


 ちょうど水仙に似た花を頭に頂いた、美青年。むしろナルキッソスというギリシャ神話に登場する少年を彷彿とさせるその魔物の名はナルキア。


 腰に布を巻いているくらいで、申し訳程度にサーベルを持たされただけの見るからに、やる気のないタイプのヤツだ。


 しかし今、俺の手持ちにいる中ではナルキアは唯一のBランク。ランマへの道中にあるブン川という川にいたレアな魔物だ。


 そう。何も小手調べしていたのはザンコックだけではない。満を持して俺は手持ちの中の最強クラスを実戦に投入したのである。


(弱らせるのも一苦労だったナルキア。役に立ってくれよな!)


 するとナルキアは、俺が川で散々に手こずらされた技の構えを始めた。


「コヒュオオオ」


 息を吸う音に、ナルキアなりの気合いが見て取れた。

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