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#05 魔王降臨

糖と糠は読み間違えやすい。みんな、気を付けるんぬか!

 バーヌはシルフたちが倒れても、やたらヘラヘラしている。


「けけけ。あのお方を、魔王ムダラー様を呼ぶぞ、そしてテメエらは死ぬんだ!」


 俺は危うく失笑しかけた。

 なぜなら、ジルは「ムダラーは遥か東のレムバダにいる」と言っていたからだ。


 仮にバーヌが魔王の手下に成り下がったとして、そう易々と来るとも思えない。

 そりゃAランク冒険者には違いないが、バーヌはつい最近までジルのパーティーにいたのだ。


 即戦力採用なんてブラック企業じゃあるまいし。起きるわけがない。


「ゲジュララ。ゲジュララララ」


 どこからともなく不敵な笑い声が聴こえた。


「こ、この声は魔王ムダラー。そんなバカな……!」


 ▽


 突如として辺りには暗雲が立ち込め、雷鳴と共にバーヌの体に稲光が走った。


「えっ……バーヌ!」


 バーヌは魔王に裏切られて殺されたのだ。

 ジルが魔王という怪しげな笑い声、その後の雷。まさに乱心したバーヌにとどめを刺す悪魔の仁義みたいだ。


「ゲジュラ。ゲジュララララ」


 しかしその笑い声は、いつしか焼け焦げたはずのバーヌから聞こえ出した。


 いや、焦げてない。雷に打たれたのにバーヌの肉体は、魔王にもあるのかは分からない「加護」か何かで守られたのだろうか?


「わ……我が名はムダラー。……この地を混沌に……陥れ、……災いを満たし……死を……集める……うおあああああ!」


 微妙にバーヌの意識が抗っているのか、苦しそうに話すバーヌは、しかし雄叫びと共にムダラーという大悪魔に変身した。


 ▽


 全身が青く、瞳は赤。そのシンプルなアンバランスが気味悪さに拍車をかける。


 姿は大きな目玉に体が生えたような姿だ。

 さらに大きな翼を生やし、いわゆるアーリマンが更に凶悪になったようなグロテスクな出で立ちだ。


 たとえば体のフォルムはあんなに整わず、輪郭がガタガタしているし、あちこちから骨が飛び出ており見ていて痛々しい。


「この肉体は素晴らしい。アーリマンに毛が生えた程度のワシが明らかに強くなったぞ」


 やっぱりアーリマン系の魔物みたいだ。


「ムダラー。お前を見逃すわけにはいかない、ここで倒す!」


 ジルが意気込んで、必殺剣のライト・ブレイドでヤツに斬りかかろうとした。

 しかし、その時である。


「じ、ジルぅ~。勘弁してくれよぉ」

「バーヌ……なのか?」


 ジルに語りかける声はムダラーの不気味なそれではなく、よく知った顔の騎士。

 つまりバーヌ・ゾッヒエの声だ。


 ▽


 ジルはバーヌに斬りかかろうとしていた自らを恥じ、必殺剣の軌道を外した。

 ヒュッと小気味良い音こそしたものの、つまりジルはバーヌを傷付けないため、空振りしたのだ。


「ゲジュラジュララ。バカが」


 ムダラーからはみ出た骨がトレントの枝のように柔らかく伸び、ジルを突き刺した。


「ぐあっ」


 呻くジル。どう見ても魔王の骨はジルの腹を貫通していた。


「ジルさまーっ!」


 ラパーナは急いで転移の歌を歌い、ジルを短距離の瞬間移動でその場から動かした。


「魔王ムダラー、アヤツはとんでもない。拙者の占いでは、まだ何も見えぬ」

「嘘だろプータ……こんな時なのに」


 プータのよく当たる占いは、ムダラーほどの力量の持ち主だと通じないらしい。


 ▽


「ちっ、ゴレムン。【怒りの拳】だ」

「〈ギガ了解〉」


 ゴレムンのスキル、【怒りの拳】。


 これは魔法パワーではなく命パワーを消費して放つスキルだ。

 よってパープ平原でレベルがわずかに上がり5になっても体力ランクBだが、しかし十分に命パワーが高いゴレムンは、かなりの数の【怒りの拳】を放てる。


「ゲジュララ。ワシはAランクすら超えるSランクだぞ? 正気かキサマ……」


 Sランク。俺はその言葉に耳を疑った。


 よほどゲームをやりこまない限り辿り着かない発想、「Aの上にSがある」というその概念はこの世界にもあるというのか?


(だとしたら……たとえ手加減なんかしなくてもジルすら勝てない!)


 よく考えれば、たとえバーヌを装われたとは言ってもムダラーの攻撃を避けられなかったジルは、残念ながらヤツより弱い可能性が高い。

 Aランクなのにだ。そしてそれが「ムダラーのSランクという名乗りは、あながち嘘ではない」という印象を俺に与える。


 ▽


 そして俺の手元にも、今の最強はCランク魔物のゴレムンしかいない。オーク・ロードを仮にテイムしていたとしても、Cランクだからほぼ無意味だ。


「行くぜ、ゴレムン。玉砕覚悟で俺も戦う」


 バーヌですら俺を消し去るほどの技を持つのだから、Sランクのムダラーには俺など空気と同じかもしれない。


 しかし目の前に敵がいるのに逃げていては、シルフが見せてきた幻惑の世界と同じ。

 俺がムダラーに恨まれてなくとも、悪の化身であるヤツは決して追跡を諦めないで俺を追い詰めるだろう。


(スラすけ。お前の死をムダにするかもな、すまない)


 俺は心の中でスラすけに詫びた。

 そして【怒りの拳】を構えたゴレムンと共に、ムダラーに向かっていった。


「不死チート舐めんなあああ」


 ▽


 しかし俺は忘れていた。

 プータをその背に置いたままだと。


「ゴレムン、やっぱゴメーーン」

「〈ギガ仰天~〉」


 そして【怒りの拳】を申し訳程度にムダラーに当てながらも、既に死を予感させる骨の数々がゴレムンを取り囲むように伸びていた。


「み、見えたのだ……。すぐに本にゴーレムを……」

「わかった。信じるよプータ」


 俺はプータに従い【書】にゴレムンを戻した。


「スライムを二匹。これで勝てる……のだ!」


 今度は急にプータ不信になった。

 だって鍛えてもない弱ステータスだし、スライムだぞ? 幾らなんでも有り得ない。


 ▽


「早くしないとレイジが死ぬのだ!」

「だあー。分かった、やるよやる」


 Dランクだからもう一匹なら呼べるが、プータは頑なに、「スライムを二匹できっかり正確なのだ」と言い切った。


 俺は半ば自棄気味に、スラすけの一枠が空いたままのスライムたちの残る二匹を召喚した。


「スランチ、スラナルシー!」


 俺が呼ぶとスランチとスラナルシー、それぞれ、オスとメスっぽいスライムが一匹ずつ現れた。


「スランチは右側、スラナルシーは左側に回り込んで挟み撃ちなのだ」


 なんだかテイマーみたいになったプータに、スランチとスラナルシーは迷わず動き出した。


 ▽


(コイツら、すごく素早い……!)


 俺が与えられた【ステータス】スキルで見ることが出来ないパラメータ、素早さ。


 ただ、基本的には体力に比例するみたいではあるが例外なのか、スライムたちはジルやムダラーを遥かに上回る素早さで魔王の側面に回り込んでいった。


「ゲジュララ。笑わせるなよ……!」


 骨がスライムたちを貫いた。


「ダメじゃねえか、プータ」


 俺は思わずプータをぶん殴りたかった。しかしあんまり自信たっぷりに言うプータに、良い夢を見せてはもらったのだ。


 奇跡の一発逆転なんかない。

 俺は悟り、そっと目を閉じた。


「ぷるんっ」「ぷぷるんっ」


 スランチとスラナルシーの鳴き声、いや、断末魔が聞こえた。


 ▽


(ごめん、アホな魔物使いで……)


「ゲジョオオオ!?」


 何か変だ。

 今のはスライムというよりは、むしろムダラーの叫び。


 そんな気がした俺は、勇気を出して目を開けた。


 なんと、なぜかは知らないがムダラーの体じゅうを、ねっとりな何かが覆い尽くしているではないか!


「スライムの初期スキル。数秒だけ相手の動きを止める【へばりつき】か。やるじゃないか、レイジくん」


 おそらくラパーナの歌で回復したジルがようやく戦線に復帰したのだ。


 そして、得意のライト・ブレイドで一気にムダラーを斬り裂いた。


「バーヌ、本当にすまない……!」


 斧豚の町で俺を殺そうとしたバーヌとは違い、ジルは謝りながらも泣かなかった。

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