#04 幻惑の魔物たち
フレーム単位での気のせいが見え始めたら格ゲーのやりすぎ。
俺たちはユラカラ山をひたすら越えていく、地道な歩みを続けていた。
山は標高が三百メートルほどと高くない割には面積が大きく、迂回するのは北上するなら無意味だ。
「ユラカラ山には何度となく足を運んだ。Cランクの魔物ばかりだから、レイジくんの腕試しにはぴったりだと思うよ」
ユラカラ山に出る魔物はシルフ、ドワーフ、ノームと俺が元の世界でも聞いたことのある魔物ばかりだ。
シルフは元の世界ではスイスの錬金術師パラケルススが、ノーム、サラマンダー、ウンディーネ等と共に提唱した四代元素を司る精霊なはずだ。
元々は「空気」を司る精霊とされていたが、現在では「風」の精霊として、それこそウェブ小説ではファンタジーものを中心に多くの作品に登場している。
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女性、あるいは女性の妖精を型取ることが多い。
ちなみにシルフの女性形として「シルフィード」という名前があるが、女性かつシルフという名前で登場することがほとんど。
シルフィードという名前はゲームや漫画、バレエ曲目、乗り物等の名前として用いられることが多いようだ。
「風」をイメージしているからなのか、大抵緑色の衣服を身にまとっている場合が多い。また妖精、あるいは風と共に生きる鳥獣のイメージとして背中から羽が生えていることがしばしばだ。
「見ろ、シルフがあんなに大群で来るぞ」
ジルはそう言いつつ前方を指差した。
まず俺が思っていたシルフとは違いすぎる。なんていうか、ちょんまげだ。
そう。ちょんまげをし、緑色ではあるが和服を来ている女武士。シルフはこの世界ではそんな存在なのだろうか。
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「るふふふ」
人に近い姿のためシルフは笑い声もこんな感じだが、次に俺が思っていたのは多すぎて笑い声すら気味悪くなっているということだ。
「るふーーっ!」
次々にシルフは急に興奮しだし、何やら高速で魔法を唱えて来た。
「何! ボクはあれだけ魔法に通じたシルフたちを見た……こと……が」
シルフの魔法を当てられ、紫の煙に包まれながらジルは気を失ってしまった。
「けーけけけ。勇者ともあろう者が残念な醜態を晒したぜ」
「お前……バーヌ!」
樹林からバーヌが出てきた。キーくんはいないようだと分かったものの、俺もなんだか眠くなり、その場に倒れていった。
「けーけけけ! けーっけけけ……!」
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目が覚めると、俺は体に違和感を覚えて自らの手を眺めた。
「これって……魔物になってる」
見覚えのある灰色の毛並み。
俺は思わず口元に手をやり、自分が何になったのかを確信した。
「あの時の狼マンか」
斧豚の町の地下室で、俺が召喚してしまった狼の魔物。俺はとうとう、アイツそのものになってしまったのだ。
「けーけけけ!」
バーヌの笑い声が聞こえる。しかし辺りにはシルフの魔法に似た紫の煙が立ち込めており、バーヌどころか何も見えない。
「けーけけけ!」
バーヌの笑い声から逃げるように、俺は走り出した。いや、実際に逃げ出したのだ。
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ガキの頃、つまり昆布太郎だった世界の子どもの頃にもこんな夢を見た。
知らないおっさんに視界の悪い世界をひたすら追い回され、逃げ切って目が覚める。
しかし忘れた頃にまた絶対に見るので、正夢なのではないかと子ども心に怯えていた夢だ。
「まさか、バーヌがあのおっさん……?」
しかし俺はかろうじて正気を保った。
今さら覚えているわけはない。そもそも、無意識にバーヌな気がしているからおっさんとしただけであり、おばさんだったかもしれないし、怪物だったかもしれないのだ。
俺はまた、名前も覚えてない小説家が書いた、いつかの大震災を克明に取材する主人公の物語を思い出した。
地震が起きて、致命傷を負った人を尻目に、あくまで自らも被害者である主人公はノートもなく、ひたすらにその記憶に人々の生の声を蓄えていく。
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なぜ俺がこのタイミングでそんな事を思い出したかと言うと、その小説の中の「死にかけて本当に正気を失ってしまった人は、主人公でなくとも人間とは見なさず、もう別の何かとして離れていくしかない」という過酷な現実が今の俺に重なるような気がしたからだ。
つまり俺こそが別の何かと見なされ、見放されている。
あるいは、川に溺れた人を一般人が助けようとすると思っている以上に巻き込まれて死んでしまうという、より身近に有り得る話でいうなら俺が溺れている人で、バーヌが川だ。
俺はバーヌという激情の川で溺れ続けて、漂流し続けた。
報われるかも分からないまま、さ迷い続けた。
「バーヌ。俺が何かしたか?」
どんなに世の中に優しい人がいないわけではなくても、溺れて死にかけている人を助けるには、巻き込まれない前提ならば準備が必要で、更に言うならプロがいれば任せるべきだ。
つまり俺は死にかけているが、まず助けてくれる人はなく、従って準備する人もおらず、更にプロの救護班もいない。
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それは、そこまで徳を積んでない俺だからそうなるというものでもない。
どんなに正直に徳を積み重ねても、溺れた人を助け損ねて死んだら、おしまいだ。
だからバーヌが俺を恨んでいようがいまいが、アイツが大きな感情の川そのものならば俺が何者であろうが関係ない。
そんな発想もあるのだと、逃げながら俺は混乱の中にちっぽけな悟りを見つけた。
「けーけけけ!」
いや、単純にバーヌはもう狂気の通り魔なだけかもしれないとも俺は思う。
だけど、だとしたら逃げ切れなければ、巻き込まれれば同じだ。
だから現代社会でも、テロや通り魔には犠牲が付きまとう。
どんなに清らかな魂が血の流れない世界を目指しても、いつかまた血が流れてしまうかもしれないのと同じで、人によっては絶望しかねない重大な人生の命題だ。
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「けーけけけ!」
俺は腕をもがれ、足を斬られた。なぜか自己再生は効かず、ついに俺は動けなくなったのだ。
「けーけけけ!」
目を食われ、耳を食われた。
そんなバーヌはさしずめ、隙あらば弱った人間にとどめを指す暴徒なのかもしれない。
曲がりなりにも尊敬するジルに裏切られ、精神が病んでしまったのかもしれない。
負けるわけにはいかないのに、俺はそんな暴徒に負けた。
「けーけけけ!」
狂いきったワンパターンな笑い声は、地獄そのもののように俺には思えた。
▽
「ヴァアアア」
しかし俺は内側から湧いてきた衝動により唸りながら爆発した。
再生ではなく、爆発。
夢占いでは確か、爆発は感情の爆発、または
現状打破。
おぶっていたはずのプータがいなくて良かったと俺はそれだけを思っていた。
(巻き込まずに済んだ)
そこで俺は目が覚めた。
辺りは煙が晴れ、近くにはジルが気絶していて、バーヌもシルフたちも俺が倒れる前とそう変わらない所にいた。
「キュアアア」
なぜかヤドリがけたたましく鳴いた。
特に意味はないか、バーヌに驚いたか、そんな感じなのだろう。
▽
「おぬしは悪夢の中に永遠とも思える間、縛られるはずが自らの力で乗り越えた。レイジ・マクスガム。不思議な男なのだ」
プータが何か言っているとは思いながら、なぜかラパーナまで倒れているからには戦うしかない俺はゴレムンを召喚した。
「ギガーガギガー」
出来れば魔法パワーが少ないゴレムンだから温存しておきたかったスキル【カイザー・ボルト】を俺は命じた。
「〈ギガ了解〉」
ゴレムンは忍者みたいに印を結んだ。すると、手の辺りを中心にして凄まじい勢いで雷の矢をシルフたちに放った。
カイザーとは皇帝。
皇帝の釘を意味するこのスキルは、つまり果てしない憤怒を雷に変えて放つ、雷の上級魔法だ。
一旦、何百にも拡散した雷は、大気中の魔力を帯びて成長し、再び収束しながらシルフたちを一網打尽にしたのだった。




