#02 絶対なる勇者
バターライス最強伝説。
翌朝、俺はいつもより遅めに目覚めた。
どうやらバーヌたちとの戦いで疲れていたようだ。
「ふああ。……あれ、マスター!」
マスターはどこかに出かけているらしい。
しかし、翼の杖は置かれっぱなしなのが気になった。
「おっかしいな。まあ、召喚してベビドラだけ連れて行ったのかな?」
俺はとりあえず階下に向かった。
「レイジくん。キミ……バーヌに会ったか? それに、ツシュルを見てないか?」
そしてこんな風に、早々とジルに質問攻めという謎の展開になったが、俺は一つ一つきっちり答えた。
「バーヌは、もうお前が知ってるバーヌじゃねえ。それと、ツシュルは俺も分からん」
▽
ジルはいつになく焦っているように見えたので、俺は初心者の洞くつでの出来事を話してやることにした。
「心配しすぎだぞ。ツシュルは今ごろ、スーパースライムでも狩りに行ってるんだ。いつも、そうだろ?」
しかしジルは、ゆるゆると首を振った。
「置き手紙があったんだ。ボクのパーティーを抜ける、って……」
あんまりジルがそうシリアスに言うので、俺は笑いを堪えながら励ましてやった。
「いやいや、ジルくん。置き手紙があるなら信頼のある、義理堅い対応じゃねえか。またいつか会えるし、別にAランクともなれば、そんなの珍しくもなんともねえだろ?」
実際、ランクが上がるほどに、同じランクでも待遇や条件が良いパーティーに移籍するなんて日常的に行われているのだ。
▽
「それは、そうだけど……」
ジルのその態度に、終いにはルルエナさんが笑いだした。
「ふっふっ。ジルくんは勇者だからプレッシャーを感じやすいのね」
言われて俺は「そういや、コイツって勇者なんだった!」と思い出した。
「いいや、ルルエナさん。これはそういう問題じゃないんだ」
「ジル……マジにどうした?」
ジルは明らかに悩んでいるようだったので、Cランク上がりたてとは言えども元パーティーメンバーとして俺は聞き役に徹してやることにしたんだ。
「Aランクのパーティーは入れ替わりが激しい、それは確かにある。でもなレイジくん。ボクのパーティーは、最初にラパーナ、次にバーヌ、続いてツシュルと入ってからは五年間も同じメンバーでやってこれたんだ」
▽
どうやら過去の成功体験を引きずり、ちょっと混乱しているだけのように俺には思えた。
「なんとなくは分かるよ、ジル」
いつもなら俺のこんな言葉にはキレてくるジルだが、今日は「ありがとう」と素直だ。
「ボクは勇者だ。そして、この世界に勇者はもう一人いる」
俺は知らなかった。
俺にとって勇者はジルただ一人だからだ。
「レッシュ・ケアン。銀髪の赤瞳。炎の剣を持つことから〈赤の勇者〉と呼ばれる男だが、知ってるか?」
そう訪ねるジルに、俺は正直に答えた。
「いや、知らないね」
なんとなく、ジルには嘘をつけない。それはやっぱり、ジルは勇者たる人格を宿すからなのだろう。
ただ俺にはその時、気になることがあった。
▽
「だけど待ってくれ。ケアンってことは、つまり……」
「ああ、その通り。アイツは、レッシュはボクの兄だ」
なんてことだ。ならばケアンの血はそれ自体がチート。
俺にはうまく想像出来なかった。どうしたら兄弟揃って勇者になれるのだろう?
「だったらジル。ツシュルはレッシュのパーティーに入ったんじゃないかな。だって、兄貴なら強いんだろ?」
俺は少し失礼かなとは思いながらも、思い切ってそう聞いてみた。
「いや、レッシュは変わり者でな。たった一人で勇者に登り詰め、今でも誰も受け入れることをしないんだ」
兄を呼び捨てにするのは、たまにあるパターンだから良しとしよう。
しかしたった一人で勇者なんて、もしかしてジルよりずっと強いのではないかと俺は推測した。
▽
しばらく俺たちのやり取りを見ていたルルエナさんだったが、気付くとホットミルクを入れてくれていた。
もちろん、ジルと俺の分を一杯ずつだ。
「ど、どうも……」
俺はおずおずと礼を言い、ジルはやたらスマートにウィンクして無言の礼を告げた。
そうした振る舞いは勇者だからというより、おそらくはジルの天性が為せることだ。
「ジルくん。もしかして魔王のことも教えてあげた?」
ルルエナさんは気を利かせて、そのようにジルに話題を振った。
「いや、まだです。それに、彼には流石に少しばかり早いような……」
おっと、油断していたが、どうやらようやくいつものジルだ。
▽
だが俺としては魔王という存在は気になる。
それは強い敵への警戒心のためでもあるけど、それ以前にバーヌの言葉だ。
「大いなる眷属の【あのお方】、バーヌはそんな風に言ってた。そいつが魔王なんだろうか?」
俺のその言葉にジルはしばらく考え込んでいたが、やがて口をひらいた。
「うん。……いや、やはり魔王の話はよそう。幾らキミが不死でも、相手は最悪に高い知力を持つ知魔王とも呼ばれているほどだ。キミがBランクになれてから情報を集めても、遅くはないだろうね」
しかし俺としては、無駄にバーヌに命を狙われる現状をさっさとどうにかしたいので、それでは困る。
「あのね、ジル。そこは曲げてくれ!」
「えっ、曲げるとは?」
ちなみにここでの曲げる、とは「主義や主張を無理に変えること」の意味だ。
▽
「まあキミなりに何か事情があるのだろう。しかし大体からして、不死の能力も含めて隠し事だらけなのが……」
折れてからの説教を防ぐため、俺はジルにめっちゃ近寄った。
「な、なんだよ」
「ジル、気持ちは嬉しい。だけど魔王が明日にでも本気を出したらどうする。俺が魔王を知らなかったら、手伝えないかもしれないぜ?」
正論っぽいことを言えたように思うが、どうだろうか。
まあ、どうだかはさておき、ジルは俺の必死さとハッタリにようやく折れた。
「魔王の名はムダラー。見た目は悪魔そのもので、シュッカル王国から遥か東の地、レムバダにヤツはいる」
レムバダ。
それが国なのか大陸なのかは分からないが、とにかくそこにムダラーとか言う魔王はいるらしい。
▽
「お前でも勝てそうにないのか?」
俺はジルに、またそんな率直な質問をした。
「まあ、そうだね。万が一シュッカル王国に来た暁には幾つか策はあるけど、確実性に欠けるから実は困ってるよ」
ジルがAランクになってから、どれだけの月日が経ったかは知らない。
しかし刻刻と状況は変わり、バーヌは堕落しツシュルはどこかに消えた。
俺には意味が分からない。
だってジルは肩書きだけに留まらない本当の強さを持つのに、今はラパーナしか仲間にいないのだ。
「ならよ、レッシュを探してパーティーに入れよう。なに、勇者がパーティーに二人いちゃダメな理由なんてあるか?」
俺は調子の良いことを言っているなとは思いつつ、ジルにとりあえずそんな提案をした。
▽
「なるほど。今まで考えたこともなかったけど、それはそれで良い気がする」
ジルの中では既に色んな展望がある中で、もしかしたら俺の意見も採用してくれたってことだろう。
すると、ジルもまた俺にある提案をした。
「ならば、レッシュが見つかるまでで良い。今一度、ボクのパーティーに入ってくれないだろうか?」
パーティー再加入。
永続でない前提が何より癪だが、それは俺がCランクだからなのでジルのせいでもない。
「いいぜ。ひとまず握手しよう」
俺はジルと熱い握手を交わした。
ここにジル、ラパーナ、俺の三人パーティーが結成されたのだ。
マスターは気になるけど、まあベビドラは弱くないわけだし、数日くらい留守しても大丈夫なはず。
その時、俺はそんな軽い気持ちだったのだ。




