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#01 内なる魔物

ターボマーボー豆腐。

 それは異形で、だけど何なのか分からない何かだ。


「ひい、な、なんだこの化けもんは?」


 バーヌも思わず後ずさった。

 いや、Aランク冒険者が恐れを為すのだから、見た目というより秘められた狂暴な魂を恐れているはずだ。


 俺はDランクのカスだけど、実は俺にも分かる。


 なぜなら目の前の怪物は、おそらく俺自身の一部なのだ。


 そしてグジュグジュした気持ち悪いそれは、やがて一匹の魔物になった。


 強いてひと言で言うなら、アンデッドなウェアウルフ。

 しかし筋肉の付き方がまず尋常でなく、その手には鋭利な爪が備わっている。


 俺から放たれたのが信じられないけど、【書】にいるはずのないソイツは、俺でしか有り得ないのだ。


 ▽


「ヴァアアァ!」


 狼マンは叫んだがどうやら【書】が訳せない、単なる咆哮らしい。俺の知力だけは受け継いでしまったのだろうか?


「やかましいわ。俺の虎神突で消し飛ばす」


 そう言いながらバーヌは槍を構えたが、あっという間に槍は狼マンに叩き落とされた。


「えっ?」


 聞いたこともない情けない声を上げたバーヌだが、次の瞬間には空高く打ち上げられた。


 それはもう、地下室の金属製の天井すら突き抜けて、ぐんぐん高く小さくなっていったのだ。


 狼マンの脚力だ。全体的に、身体能力に関しては俺にはない超人的なレベルらしい。


 ▽


「ヴァアヴヴァァアァ!」


 狼マンは、今度はキーくんを見据えた。

 いつでも殺せると言わんばかりに、首をコキリと鳴らしたきり、しばらく狼マンは微動だにしなかった。


 それが俺にすら恐怖や不安を強く与えたが、不意に狼マンは消えた。


「……げひっ」


 悠に20メートルは離れていたのに、狼マンは瞬時にキーくんの背後に回り、片手でその心臓を貫いたのだ。


「や、やめろ。やりすぎだぞ」


 俺はそれくらいしか言えることがない。

 そしてキーくんは倒れたが、その時、鬼刺しが鈍く光った。


 俺にはそれが不死のスキルが持つ自己再生と同じことをしている光だと感覚的に分かった。


 ▽


 狼マンは数分後に落ちてきたバーヌを両手で抱き止め、そしてそのまま地面に、落下してきた以上の勢いで叩き付けた。


「まぐうぅぅう」


 情けない声ではあるが、明らかに骨がたくさん折れているバーヌは見ていて悲惨だ。


「むごいことを……」


 そう俺が言ってると、狼マンは俺を見た。


 何も見ていないような、虚ろな目。

 目が合っている気がしないし、何より俺から出た存在と思えない「無」の感情しか見えて来ない。


「ヴァアアァ」


 一度だけ吠え、後はキーくんを殺そうとした時と同じ。


 ただただ、狼マンは静止した。

 そう。ヤツに見境はなく、俺もきっちりと攻撃の対象なのだ。


 ▽


 打つ手なし。

 はっきり言ってしまえば、それだけのことだ。


 仮にゴブぞうを召喚出来たって、アイツと狼マンでは強さの桁が違う。


 ランクまでは分からないが、少なくともDランクとかCランクとかいう次元には収まりきらない規格外。


 バーヌをも圧倒する時点で、もしかしたらAランクより強いかもしれないのだ。


「なんだよ、お前は……」


 俺は呟いた。

 ただ、不幸中の幸いなのは俺は不死ということ。


 それを知っているのかは分からないが、狼マンは今までになく気合いを入れ始めた。


 ▽


 筋肉が一段、また一段と隆起する。

 狼マンの異質な感じが、それで更に酷くなった。


「死ぬ……」


 先ほどまでの楽観的な気持ちは消えた。

 思えばAランクのバーヌですら、あと一歩で俺を消滅させられたのだ。


 つまり、バーヌより強いコイツは特別な訓練など積まなくとも、もしかしたら俺を完全に殺してしまうかもしれない。


 走馬灯が俺の脳裏に流れた。

 父さん、母さん、社長、ジル、ルルエナさん、女神たち、……。


 他にも、出会った人たちが目まぐるしく白昼夢として見えた。


 ということは、死ぬ前に見る走馬灯だからやっぱり死ぬんだと俺は覚悟した。


(みんな、ごめん)


 ▽


 俺の中に他の、善の魔物がいるなら早く出てきて欲しい。


 俺は狼に殺気だけで掻き消される寸前、そんな事を思った。


「ヴァアヴァアアァ」


 意識消失。

 俺は完全に無になり、どこかを漂い始めた。


 女神ホワイトルがいた灰色の空間と違い、漆黒の闇。


 しかし石柱や犬などがぷかぷか浮かぶのは見える。まるでこの世界では、存在ごとに自発的に仄かに発光しているかのようだ。


「昆布くん」


 社長の声がして振り返ると、目と鼻の先に狼マンの顔があった。


「うわあああ」


 夢であれ、と思いながらも、気付いたら復活していた体で俺は謎の空間を走り出した。


 狼マンから逃げるためだ。


 ▽


 しかし悲劇は重なる。

 謎の世界は突然、足場をなくしたのだ。


「なんでええ」


 俺はそんな事なら魂だけにしておいてくれと思いながら、どこまでも落下していった。


(でも、こんな調子なら狼マンも俺を追って来れない)


 俺は変に安堵した。

 落下は止まらないのに、より悪い状況があるなんてどうかしてる。


 しかし、狼マンは飛んで来た。


「ヴァアアァ」


 ここはおそらく俺の死後の世界に違いないのだが、そこにいる俺すら殺したいらしい。


「田中さま……今、お助けします」


 ▽


 俺の前に女神ホワイトルが現れた。


「申し訳ありません。私が余計なことをしたばかりに、田中さまの不安が怪物となったのです」

「俺の、不安……」


 分かるような分からないような言葉を聞き、そして謎の光に包まれた。


「な、何なんだ?」

「田中さま、どうかお元気で」


 意味深な言葉を聞いた俺だが、何も出来ないままにその光と共に、闇の空間から消えていった。


 いつしか俺は斧豚の町の地下室に戻り、消えたはずの体も元通りになっていた。


「一体、何が……」


 更に、普段チュニックしか着ない俺はなぜか女神の着ていたような外套、つまり純白のローブを装備していた。


 ▽


『田中さま、聞こえますか』


 女神ホワイトルの声がした。


「女神。俺はどうなったんです。それにあの人狼は?」


 女神はそれに応えることはない。

 むしろ、予め用意されていた録音テープを流すように一方的に話を始めた。


『そのローブを寝る時も着てください。そうすれば、ローブに込められた祝福によってあの魔物は出てこないでしょう』


 更に女神は話を続けた。


『私はあの魔物を私ごと封印するため、あの世界に永遠に留まります。これからは、何かあればルーヒューが伝えに参ります。どうかくれぐれもお体にはお気を付けて』


 俺はなんとなく何が起きたのかを知り、ひと言だけ女神に挨拶した。


「お、……お世話に……なりました」


 そしてそれっきり、女神ホワイトルの声が聞こえることはなくなったのだ。


 ▽


 ふと見渡すと女神ホワイトルの慈悲なのか、バーヌもキーくんも見るからに健康体に近い状態まで回復し、意識も取り戻していた。


「なんだ、俺が憎いかよ。レイジ」


 しかし回復したのは肉体だけらしく、バーヌは荒みきった声を変えることはなく俺に忌々しげに、そう言い放った。


「知るかよ! お前なんか」

「レイジ……」


 俺が怒ったのが意外だったのか、バーヌはそれきり何も言わなかった。


「キーくん。またな」


 俺は憎しみの眼差しを残すキーくんに再会を期し、地下室を去った。


 そしてその足でグリーン・ロックに帰ったのだった。


 ▽


 グリーン・ロックに入るとルルエナさんが心配そうに俺を見てきたが、俺はひとまずマスターに挨拶に向かった。


 二階のとある客室。

 俺とマスターが宿とする部屋だ。


「マスター。ただいま」


 マスターは眠っていた。

 窓から景色を見ると、まだほんの昼下がりだ。


「昼寝……か」


 俺はルルエナさんに挨拶しようかと思ったものの、考え直して俺も昼寝したのだった。

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