無理をするということ
ダカさんと飲んで数日がたった。結局あの日は彼女が「明日は出張休暇なの~」とか言うせいで朝までコースだった。僕は案の定トイレと大親友。昼間で吐き気が治まってくれなかった。
瑞希とダカさんの言葉が頭の中をふわふわ漂う。
無理しろ……。自己完結するな……。無理って、どうしたら……。とりあえず会えそうな部室に行くか? 家に突撃するよりはマシだろうな……。
そうして、家を出る。階段を降りると、噂をすれば陰と言うべきか。駐輪場にはゆっこが居た。
「おはよう。学校行くの?」
「あ、いえ。駅の方に出ようかと」
「ああ、奇遇だね。僕も駅に用事があって」
大嘘である。
「そうなんですか」
「うん。もし良かったら一緒に行かない?」
「良いですよ」
かなり無理したぞ!
そう言うと、ゆっこはこちらへ向かってくる。
「二人で行くなら、自転車よりも電車のが良いですかね」
「そうだね。とりあえず駅まで歩こうか」
「はい!」
良かった。ゆっこがいつも通りみたいだ。無理した挙げ句、たまたま虫の居所が悪い日で、理不尽に断られでもしたら、僕はどうなってしまったか。
二人で歩く。やっぱりどこか雰囲気がぎこちない。ひょっとしたら、ゆっこも無理しているのかもしれない。アパートから300メートル。未だに会話は無い。そんな沈黙をゆっこが破った。
「こんな風に二人っきりなのも何だか久々ですね」
「そうだな」
「最近のコジローさんは何だか近寄りがたい雰囲気がビシビシだって、サークル女子の間で言われてますよ」
「そうかな? いつも通りのつもりだったけど」
「何か悩み事ですか?」
そうです。君の事で悩んでます。なんて言えるわけがない。
「いんや。最近ちょっと体調が優れなくて」
「大丈夫じゃ無いじゃないですか」
「そんなことないよ。今日は元気元気」
そういって、力こぶを作るように肘を曲げる。
「それはよかったです」
「ゆっこの方こそ、最近はどうなの?」
「私ですか~? そうですね。初めての学祭にてんやわんやです」
学祭というワードに肝が冷える。
「バンド多いの?」
「まあ。でも……
丁度電車が来て、ゆっこの言葉をかき消した。
「なんて言ったの? ごめん。電車の音で聞き取れなかった」
「取り留めもない事です」
「そう」
「はい」
また沈黙がやってくる。
黙ったまま目的の駅に着いてしまった。
「じゃあ、ここで。私は駅ビルの方に用事があるので」
「うん。僕はこっちだから」
用事ってなんだ? まさか、雅也か? 違うのかもしれないが、そんな事を考えると胸の辺りがキュッとする。
「では、また」
「うん」
そう言葉を終わらせようと思った時だった。頭の中にダカさんの声が響く。
――無理しろ――
僕の脊髄が猛烈に早い反射を繰り出す。
駅ビルの方に向かおうとしたゆっこの手首を、とっさに掴む。
「えっ」
ゆっこが驚いた顔をする。
「あ、のさ……。学祭が終わった後、時間、あったりしない?」
脊髄反射で行動した為に、思考が遅れてやってくる。遅れてやってきた思考は、僕の体から大量に冷や汗を流させた。
急に手首を掴まれた彼女は目を大きく見開いて、驚いた感情を顕わにする。そして、今の状況と僕の言葉がやっと脳に届いたのか、顔を赤くすると、照れたように返事をした。
「か、帰り道とかでも良ければ……」
「本当? ありがとう」
上手くいってしまった。すごい。ちょっとの無理ってすごい!
こうも上手くいってしまうと、拍子抜けするってもんだし、何だか不安にもなってくる。今日あった、ここまでの事々を思い出して。今日までのモヤモヤした日々を思い出して。今までの不安や寂しさ、憤りの感情がバカバカしくなって来さえする。
まあ、何はともあれ、上手く行ったんだ。良かったよ。本当に。
「あ、あの。コジローさん」
「ん?」
「そろそろ手を離して頂けると……。ほら、周りの目もありますし」
「あ、ああ! ごめん!」
僕は彼女の手を離したのだった。
その後、僕は嘘をついて着いていった事もあって、豊部駅で暇を持て余していた。別に直ぐ帰っても良かったのだが、折角駅の方まで出てきたんだ。何かして帰らないと勿体ない気がする。まあ、何もしていない訳ではないのだけれども。
味を感じない僕には行きつけのお洒落な喫茶店なんてないし、満喫でも行って漫画読むか。
よし。学祭まであと1週間。何とかなる気がしてきた。
それでもこのときの僕は、自分が彼女に対して何をどう話すか決めていない上に、その事を考えても居なかったのだった。
社会人になってしまったので、更新を続けられるか心配です。




