変わらない関係
瑞希と電話をした日から僕の生活には活気が湧いてきていた。勝手にこじらせてしまったゆっことの関係修復の為に、何が出来るかと考えた。離れてしまった心の距離を縮める為に僕が出来る事……。
先ずは部室で話そう。前みたいに出来るかな。
そう考えながら部室のソファーに腰掛けていると、丁度ゆっこが来た。
「おはよう」
「おはようございます」
「練習?」
「はい」
以前よりも素っ気ない。あれ? 彼女とこんな日常会話をするなんて、いつぶりだろうか。
答えるとゆっこは一人、イヤホンをして練習パットに向かってしまう。仲良かった頃なら、きっともっと会話が続いていたような気がするんだけど……。やはり以前とは変わってしまったのだな……。
すると、ミチルが部室に入ってきた。
「あ、おはよ」
「おはようございます」
どうやら、ゆっことミチルとえっちゃんのバンド、MilkyCandyが練習に入るようだった。ミチルも挨拶を済ますと、ベースの練習を始めた。
気マズい……。僕もギターを弾くとするかな……。
何とも言えない時間が流れる。ゆっこともっと話したいのに、なかなか上手くいかない。暫くしてえっちゃんが来ると、三人はスタジオに消えていった。部室は僕のギターだけが空しく響く。
一人で盛り上がっていた。上手くいかない、上手くいかない、上手くいかない。どうやって話せば良かったんだっけ? 何を話していたっけ? 以前までは気にしないようにしていた気持ちが変に彼女を意識させ僕を焦らせる。思考が乱れる。グルグル……グルグル……。やがて、騒がしいバンドの音が聞こえてきた。
なんだかいたたまれなくなって、一旦生協に逃げることにした。
水を手にすると、会計を済ませる。
別にこんなもの、自販機でも同じ物が買える。それでも、なんとなく部室から遠ざかろうと生協まで来てしまった。
部室に戻るか~。でも、もしそこで、雅也とゆっこが仲良く話していたら? 僕は正気を保てるのか?
よし、今日の所は帰ろう。勇気ある撤退だ。家でこれからのことを考えようか。
そうと決まれば、部室のギターを仕舞いに行こう。
部室の前に立ち、中の音を聞く。バンド練習の音がする。
よし、今だ。
僕はタイミングを掴んだとばかりに部室の扉を開け放つ。と同時にスタジオの音が止まって、えっちゃんの声が響いた。
「じゃあ、休憩にするか~」
やべっ。ゆっこが出てきてしまう。僕は大急ぎで帰り支度を整えると、部室を後にした。
「お待たせしました」
その日の夜。僕は久しぶりに先輩と会っていた。声をかけると、先輩が手を振って近づいてくる。
「レディーを待たせるなんて、君もえらくなったものだなっ」
「はは……そんな事ないですよ」
先輩の名前は内藤穂高。愛称はダカさん。きょうのダカさんは栗色に染めた長い髪を内向きにカールさせていて、全身は爽やかさのあるビジネスカジュアルといった格好をしていた。流石は名古屋のキャリアウーマン、綺麗に纏まっている。
「今日は何でまたこんな辺境の地へ?」
飲み屋に向かう道すがら、僕はそう問うた。
「仕事よ仕事。仕事でもなけりゃこんな平日にわざわざ豊部くんだりまで出張ってこないって」
「そりゃ、そうか。でも、こんな地方の仕事もやってるんですね」
「本当にたまたまなの。こっちに本部を移したクライアントが居てね……
ダカさんは今名古屋でアパレル系の仕事をしている。将来はデザイナーになりたいらしく、酔うとよく金貯めたら専門学校行ってやる~と豪語するのが名物と化していた。
そうこうしている内にお目当ての居酒屋に着いた。店内はスーツを着たサラリーマンでごった返していた。なんとか席は空いていた様で、ホッと一安心する。
そうして、ダカさんと取り留めのない事を話す。彼女がまだサークルにいたときの様に。懐かしい気持ちが溢れてきて、僕はつい、口を滑らせてしまった。
「今、ちょっと悩んでいて」
「ん? お姉さんに話してみ? 一応君よりも2年は長く生きているんだよ?」
「あ……。えと……」
ダカさんはとてもいい人だ。先輩はみんな好きだけど、そんな先輩たちの中でもダカさんには良くしてもらったし、順位をつけるなんて失礼な事ではないけれど、それでも、好きな先輩ランキングを作るなら、上位入賞は確実な先輩である訳で、そりゃ相談にも乗ってくれるし、今話してもいいのだけれど。
……ダカさんはサークル所属時代、陰でこう呼ばれていた。『拡声器』と。あることないこと直ぐに言いふらす。そのせいで傷ついた人も居るとか居ないとか。元々噂好きの多いサークルであるし、噂が一人歩きしてしまうのも、しょうがないと言えばしょうがない。でも、その発端を作る要因のトップに輝く彼女に恋愛相談なんて……。大丈夫か?
ま、まあ、ダカさんは卒業生な訳だし、言いふらすにも相手が居ないか。それに、僕はダカさんの大きな被害に遭ったことがない。う~ん。良いかなぁ……。
……。
……で、今に至ると?」
ダカさんはジョッキに残ったビールを一気に煽ると、話を進める。
僕は洗いざらい話してしまった。
「そうです……」
「あ~~。いいなあ。青春だ。たった2年前なのに、大学の青春なんて遠い過去の事に思えるよ」
「はあ」
「それにしても、よく私に話したね。私が陰でなんて呼ばれてたか知らない訳でもないだろうに」
「知ってたんですか」
「知ってる知ってる。人に言えるって事は、それだけ入ってくる情報も多いんだよ。知らない訳ない」
「そりゃそうか。それで、あの、僕はどうしたら良いんでしょう?」
「知らん」
「ええっ! ハイリスクノーリターンじゃないですか!」
「だってさ、私がどうこう言って、それで君はどうするの? 行動するの? 私の発案を? それだとさ、その行為って君のものなの? 私のものなの? 君自身でぶつからないから、今こうなって居るんでしょ? 親友君だっけ、その子が言ってるのが全てだよ。君は自己完結しすぎ。相手の事、どれだけ分かってるの。全然知らないんじゃないの? 知らないままなら、知らないと。ぶつからないと分かんないじゃん」
「……」
「困らせちゃったかな? でも、お姉さんとしては、君に何も助言してあげられることは無いのだよ。君が君自身が最善と思った行動をして、その先にあるのが真実なの。失敗を恐れるな。多分、失敗しても時間が何とかしてくれるって」
図星を突かれて、何も言えない。
「ああ、そうだ。君の行動に対する助言はないけれど、注意点だけは一つ言えるな。その子がどんな子か知らないから、決めつけられはしないけど、同じ女として、私ならって話。言葉半分にでも聞いといて」
「はい」
「うん、よろしい。良い返事だ。君の親友君の言っている事は多分正しい。私がゆっこちゃんの立場でその台詞を吐いたのなら、君が迎えに来る事を望んでいることだろうね。って、馬鹿。話は最後まで聞くの! だらしなく緩めた頬を締めなさい。でもね、その言葉の期限には気をつけるのよ」
「期限……」
「そう、期限。私は特に熱しやすく冷めやすいタイプだからかもしれないし、そんな私の周りに居る女は類友で同じタイプだったからかもしれないけど、とにかく、女心と秋の空って言うじゃない。その子が冷めやすい子なら、もう心は後輩君の所かもね~。って、早まらないで! なんで箸持って震えてるの」
「手遅れなら、もう、いっそ」
「だから! 自己完結しないって言ってるでしょ。それに話半分に聞きなって言ってるのが分からないの? 一つの可能性を話しただけ。それがゆっこちゃんに当てはまるとも限らないし、ちゃんと本人に確かめるんだよ」
それが上手く出来ないから、こうして悩んだるんだよ……。
「う~ん。しょうが無いね。じゃあ、したくなかったけど、一つだけアドバイス。ギクシャクする前を思い出して。良く一緒に居なかった? 今と比較してどう?」
「そうですね……。今よりはずっと」
「ほら、解決策は見えたじゃないの」
「でも、何だか気まずくて」
「別にそうやって逃げるなら、私は何も言わないけど、どうしても為し得たいことがあるのなら、無理は大事よ。無理して一緒に居る時間を増やしなさい。きっとそこに解決の糸口があるはずよ」
無理して、か……。
「ありがとうございます。無理してみます」
「うん。頑張れ! そうだ、恋する少年。私から珍しくもアドヴァイスなんてさせた恩返しにもう一軒付き合いなさい! 飲むわよ~」
「え、え~」
ほら、嫌がるんじゃないの! 聞かせたい愚痴がまだわんさかあるからね!」
「そんな~」
「じゃあ、行くぞ~」
ダカさんは酒臭い息とともにそう叫んだ。
明日の僕よ、どうかご無事で……。
僕は先輩も後輩も好きです。
それはともあれ、なんとか今週も更新出来ました。PCの不調を治してたのですが、何とか間に合うものですね。では、また来週!




