雑用係ってなんですか? ②
「チェスターの妹だと!? 信用できるか! 今度はいったいなんの用だ。また軍にある自分の部屋の掃除でも私にさせるつもりなのかぁ!?」
チェスターは嫌いな人間には無難な対応を取ってとことん遠ざけ、気に入った人間は迷惑をかけながら近くに置く。どうやら、青年は相当チェスターに気に入られているらしい。
「お兄様と仲がよろしいのですね」
その言葉を聞いた瞬間、青年はシャーロットに剣呑な視線を向ける。
「仲なんて良くない! あの腹黒クソ悪魔は、ただの腐れ縁だ!」
「実に的確な表現ですね!」
思わず出てしまった言葉にハッと我を取り戻し、誤魔化すようにシャーロットは咳払いをする。
もしもこの場にチェスターがいたら、シャーロットはネチネチと小言を言われ、最も心に響く嫌がらせをされていただろう。
「お兄様の依頼を持って来たのではなく、わたしの依頼をお願いしに来たのです。あなたのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「……幻想事件特殊捜査室の室長、ギルベルト・ミュラーだ」
警戒した表情でギルベルトは言った。
「お若いのに室長なんてすごいですね」
「別に。適当に面倒事を押しつけられただけだ。それに、この部署には私ひとりしかいない」
「ギルベルト室長が信頼されているということの現れではないですか」
素直に感想を言うが、ギルベルトの顔は疑念に満ちていた。
「……その表情は演技か?」
「演技? 違いますよ」
「まあいい。依頼ということだが、ここがどんな部署だか分かってて来たんだろうな?」
「実は……よく知らなくて」
チェスターにはここに行けと言われただけだ。事前に少し調べておくのだったと思いながらシャーロットは視線を落とす。
「長い話になりそうだ。とりあえず、飯でも食べに行こう。朝から何も食べていないんだ」
そう言ってチェスターは上着を羽織ると、そのまま別館から出て行った。
シャーロットは慌ててその後ろを付いて行く。
☆
連れて来られたのは、警察省の裏口近くにある小さなカフェだった。シックな雰囲気で、客は誰もいない。
ギルベルトは慣れた様子で六人掛けのテーブルに座り、シャーロットは彼と向かい合うかたちで腰を下ろす。
「好きなものを頼め。請求はチェスターに押しつけてやる」
テーブルの上にあったメニューを開くと、そこには小さなカフェとは思えないほど豊富な料理やデザートの名前が書いてあった。
「……もしかして、貴族令嬢には口に合いそうにないか?」
「いいえ! そんなことはありません。色々と目移りしてしまって。今は貴族令嬢だって、放課後にカフェで寄り道をする時代ですから、お気になさらず」
「それは良かった。あと、私は平民だが君の下手に出るような態度はしない。あくまで依頼者と刑事という関係だ」
「はい。心得ております。わたしのことはどうぞ、シャーロットとお呼びください」
シャーロットがそう言うと、ギルベルトは眉間に皺を寄せる。
「……君はシグルズ公爵家の養女なのか? それとも母親がチェスターと違うとか、一人だけ離れた場所で養育されていたとか……」
「わたしと兄は同じ両親から生まれた兄妹ですよ。育った場所も同じシグルズ公爵家です」
「……アイツと同じ環境で育っているのに腹黒さを感じないなんておかしい」
「わたしの教育を担当していた者は兄とは異なりますし、その影響かもしれませんね」
シャーロットは無愛想なジョンの顔を思い出すと、小さく笑みを零す。
「あの腹黒に似ていないのなら僥倖だ。幻想事件特殊捜査室について説明しようか」
「お願いします」
「まず、幻想種という存在を知っているか?」
「ドラゴンや精霊など、人とは違った姿や性質を持った存在のことですよね」
シャーロットは一般的な答えをする。
「そうだ。まあ、ドラゴンや精霊なんかは伝説級の存在だし、人の前に現れる種はあまりいないな。エルフみたいに人と姿が似通った種族は別だが」
「獣人のハーフの方ならば、わたしの知り合いにいますね」
「ほう。獣人か。エルフと違って高度な魔法は使えないが、身体能力と五感に優れている。部下に欲しいぐらいだ。紹介してくれ」
「その方はお兄様の部下です」
「くうっ、アイツはいつもいつも私の邪魔をして……!」
ギルベルトは悔しそうな顔をしている。チェスターに色々とちょっかいをかけられてきたようで、シャーロットは親近感が湧いた。
「幻想種はどれだけの種類がいるのですか?」
「正確な数と種類は私も知らないが、過去の文献から見ても三十種は超えるだろう。彼らに共通するのは異界からやって来たということだ。望んで来たのか、迷い込んで来たのかはまた別の話になるが」
「やはり、幻想事件特殊捜査室はそういった存在に関係する部署なのですね」
「そうだ。幻想種は知性があるが、基本的にこの世界の常識は気にしない。しかも人間が知り得ないような力を使うから、難しい事件が多い。そこで立ち上げられたのが、幻想事件特殊捜査室だ」
「そんなにすごい部署なのに、お兄様の部屋の掃除などをしていたのですか?」
「……うちの部署は直属の上司が警視統括長ではなく、国王なんだ。何を勘違いしたのか、チェスターは国王のペットが逃げ出したりすると、部下なのだからと私を呼び出してこき使って……おかげで変な調査依頼ばかり回されるし……私は雑用係ではない!」
「……心中お察しします」
シャーロットはギルベルトからそっと目を逸らした。
「そういう訳で、私は幻想種専門の捜査しかしない。それでもいいのなら、捜査依頼の内容を聞こうか」
「はい。わたしの友人リディア・ハートリーの失踪とそれに付随する、他の令嬢たちと使用人の失踪事件についてです」
シャーロットはチェスターから預かったリストをギルベルトに手渡し、リディアの失踪した時の状況とハートリー卿が警察省に捜査を断られた経緯を話す。
彼はザッと目を通すと、難しい顔でコツコツと指でテーブルを叩く。
「一課から三課はでかい事件と派閥争いにしか興味がないからなぁ。このリストは令嬢の名前だけだが、幅広く情報を得られるとなると……出所はだいたい予想がつく。裏の思惑までは読み取れないが、面倒なことになった」
「捜査をしていただけますか? わたしも全力で協力します」
「この事件はこちらで預かる。だから君は食事をしたら家に帰りなさい」
「……え?」
「とりあえず幻想種が関与しているかは一通り調べてみる。なんの痕跡もなければ、他の部署に依頼は回そう」
ハートリー卿がリディアの失踪を『ただの駆け落ち』と片付けられたように、シャーロットの依頼も適当な対応をされてしまうのではないか。
「たらい回しにするということですか?」
怒りが混じった声でシャーロットは問いかける。
「こちらで処理をすると言っているんだ。危険だから、君は関わるべきではない。貴族令嬢では足手纏いになる。子どものお遊びではなく、これは仕事なんだ」
ギルベルトは淡々とした声音でそう言うと、メニューを手に視線を移して手を上げる。すると、ウエイトレスの女性がメモを持って小走りで来た。
「ご注文は何になさいますか?」
「チョコバナナパフェと濃厚ミルクのシュークリーム、紅茶のシフォンケーキ、カスタードプディング、マカロン盛り合わせ、ラズベリーソルベ、ミルクレープをワンホール……それとレモネードを蜂蜜たっぷりで」
ギルベルトが注文したのは、すべて甘いメニューだった。
シャーロットは口の中が砂糖でいっぱいになったような表情で口を押さえる。
(こっちまで甘くなってくるわ! でも、負けていられない!)
チェスターが紹介するぐらいなのだから、ギルベルトは優秀な刑事のはずだ。是が非でもリディアの捜査をしてもらいたい。依頼をたらい回しにされたら、いつまで経ってもリディアを見つけることはできないだろう。
(ギルベルト室長がちゃんと捜査をしてくれるように、わたしが傍にいなくちゃ!)
シャーロットは人捜しのプロではない。一人で闇雲にリディアを探しても、見つからない可能性が高いことは知っている。
すぅっと深く息を吸うと、シャーロットはウエイトレスに微笑んだ。
「ミートボールとさっぱりレモンのチキンステーキ、チーズハンバーグ、ローストビーフ、生ハム盛り合わせ、厚切りベーコンのサンドイッチ、アイリッシュシチュー、ミートグラタンを特盛りで! わたしは足手纏いにはなりません。体力と根性には自信があります!」
シャーロットが注文を言った瞬間、ギルベルトは吐きそうな顔で胃を押さえた。
「……くっ。追加でアップルパイ、ジンジャークッキー、バニラムースケーキ、フルーツミックスジュースをジョッキでお願いします! だったら、根性あるところを見せてみろ」
「うっ、あま……じゃなくて、追加でポークジンジャー、牛バラの赤ワイン煮、タンドリーチキンにスペアリブを十人前でお願いします! 根性を見せたらわたしを助手にしてくださいね」
「上等だ!」
「約束ですからね!」
キッと睨み合った後、シャーロットは口を押さえ、ギルベルトは胃を押さえて同時にテーブルへ突っ伏した。