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パラレル・トラベラー ”72時間だけ、もう一人の異世界のわたし”  作者: Hamin
第12章 最後の選択

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50話 七つめの鍵穴

 光の道の先に、白い扉《とびら》が、閉じていた。


 遥《はるか》は、光の道を、一歩ずつ歩いて、その前に立った。


 いつのまにか、遥彦《はるひこ》のからだではなく、遥のからだにもどっていた。光の中だから、なのかもしれない。


 扉は、白い光でできていた。その白さの奥《おく》に、小さな人影《ひとかげ》が、うっすらと透《す》けて見えた。


 小さな、女の子だった。


 白いワンピース。はだし。長くも短くもない髪《かみ》。顔は、よく見えなかった。見ようとするたびに、少しずつ、ちがって見えた。幼い女の子のようにも、遥と同じくらいの年の少女のようにも、ずっと年をとったおばあさんのようにも。


「……トワ?」


 女の子は、うなずいた。


――やっと、会えたね。はるか。


 その声は、夢の中で、何度も聞いた声だった。


◇ ◇ ◇


――ありがとう。来てくれて。


 トワは、扉の向こうから、遥を見つめていた。


――あなたが、いろんな世界で、いろんなことを、選んでくれたから。消えかけていた枝が、また、少しずつ、分かれはじめた。……わたしの中の「もしも」たちも、みんな、よろこんでる。


 遥は、トワの顔を、見つめた。


 少しずつ、ちがって見える顔。その中に、ほんの一瞬《いっしゅん》、ピアノを弾《ひ》いている自分の顔が、見えた気がした。バスケのボールを持っている自分。専門学校の講評会で、胸をはって、自分の絵の前に立っている自分。父と、笑いあっている自分。


 選ばれなかった、遥たち。


「……わたし、あなたたちを、ずっと、投げ出してきた」


 遥の声が、ふるえた。


――うん。


「ごめんね」


――ううん。


 トワは、首をふった。


――あなたが投げ出したから、わたしたちは、ここにいる。……それに、わたしたちは、消えてない。いつか、だれかが、選んでくれる。あなたじゃなくても、べつの世界の、べつのだれかが。


◇ ◇ ◇


 遥は、扉を見あげた。遥の部屋のドアノブにそっくりな、銀色の鍵穴《かぎあな》だけが、暗いままだった。


 六つの色の鍵を、その鍵穴にさしこむ。鍵の先は、すっと吸いこまれた。


 けれど、回らなかった。どんなに力をこめても、びくともしない。


「……どうして」


――その鍵は、あなたの答えでしか、回らないの。


 トワが、言った。


――七つめの鍵穴が光るのは、あなたの世界で。でも、この扉を開けるかどうかは、今、ここで、あなたが選んで。


 遥は、はっとした。


 ルーティン7。鉛筆《えんぴつ》を削《けず》る日曜日。


 父が、最後まで、守れなかった、ルーティン。


 それは、異世界の大事件では、なかった。毎週の、ふつうの日曜日に、自分の世界で、自分で選びつづけることだった。


――ここで、あなたが、決めること。


 扉の白さの奥で、トワの影が、手をのばした。


――ネクサスに、残る? ここなら、すべての世界が、見える。いろんなあなたに、なれる。……それとも、帰る? あなたの、たった一つの世界へ。この、一回きりの人生へ。


◇ ◇ ◇


 遥は、ふり返った。


 ネクサスの窓が、見えた。何千、何万の窓。ハルカの世界。ハルの空。お遥《はる》の村。七瀬《ななせ》ハルの地下。ハルトの船。


 どの世界にも、遥がいた。どの遥の人生も、うらやましいくらい、まぶしかった。


 魔法《まほう》が使える人生。竜《りゅう》と空を飛ぶ人生。子を守る母の人生。50年、だれかと生きた人生。星の海を飛ぶ人生。


 そして、その中に、ひとつの窓があった。


 病院の、白い部屋。


 ベッドのそばのいすで、母が、眠《ねむ》っていた。遥の手を、にぎったまま。


 遥は、その窓を、長いあいだ、見つめていた。


 専門学校をやめた。友だちから逃《に》げた。父に、ドアを閉めた。コンビニの仕事も、なくなった。


 それでも。


(あの人の手を、にぎりかえせるのは、この世界の、わたしだけだ)


 遥は、トワのほうを、向いた。


「わたし、帰る」


 自分の声が、はっきりと、ネクサスにひびいた。


「どの世界の、わたしも、それぞれに、すてきだった。……だから、わたしは、わたしの一回を、生きる。途中《とちゅう》で、また、投げ出すかもしれない。でも、そのときは、また、ひとつ目から、始めなおす」


 遥は、ほほえんだ。


「始めなおせることが、いちばんの、ルーティンだから」


◇ ◇ ◇


 遥は、鍵穴にささったままの鍵を、もう一度、にぎった。六つの色のぬくもりが、手のひらに、しみてくる。ハルカの補習。ハルの空。お遥の約束。千鶴《ちづる》の白湯。ハルトの船。遥彦の、削った鉛筆。


 鍵を入れて、回した。


 かちり。


 小さな、小さな音だった。けれど、それは、だれかに決めてもらった答えではなく、遥が、自分の手で回した、はじめての音だった。


 その瞬間《しゅんかん》だった。


 遥の足もとから、光が、あふれた。


 光は、木の根のように、四方八方へ、のびていった。一本が、二本に分かれ、二本が、四本に分かれ、四本が、八本に。


 ネクサスじゅうに、光の枝が、ひろがっていった。


 重なりかけていた窓と窓が、はなれていく。消えかけていた窓に、ふたたび、映像が、ともる。黒いひびが、はしから、少しずつ、とじていく。


【……】


 どこかで、ノヴァの、かすかな、かすかな気配がした。声ではなかった。ただ、ほほえんでいるような、気配だった。


 遥彦の窓が、見えた。病院のベッドの上で、遥彦が、遥に向かって、大きく、うなずいていた。


 ハルカの魔法学校《まほうがっこう》の窓。ハルの空の窓。お遥の村の窓。七瀬ハルの地下の窓。ハルトの船の窓。どの窓にも、光がもどり、そして、その窓の向こうで、また、新しい枝が、分かれていった。


 収束が、止まっていた。


 遥は、両手を、扉にあてた。


 押《お》した。


 重かった。何千、何万の世界の重さが、扉の向こうから、押しかえしてくる。それでも、遥は、足をふんばって、押しつづけた。


 扉が、ゆっくりと、ひらいた。


――ありがとう、はるか。


 ひらいた扉の向こうで、トワが、ほほえんでいた。今度は、はっきりと、顔が見えた。


 小さな女の子だった。いちごのケーキの前で、ろうそくを吹《ふ》きけそうとしていた、写真の中の、5歳《さい》の遥に、そっくりな顔だった。


――いってらっしゃい。


 トワは、手をふった。そして、その小さな姿は、光の粒《つぶ》になって、ゆっくりと、ほどけていった。


 消えたのでは、なかった。


 光の粒は、ネクサスじゅうにひろがった、何千、何万の光の枝の中へ、ひとつずつ、しずかに、とけこんでいった。


 選ばれるのを、待つために。


◇ ◇ ◇


 白い扉が、ゆっくりと、閉じていった。


 遥のからだが、ふわりと、浮《う》いた。


 ほどけていく。光の粒になって。そして、どこか、なつかしい場所へ、ひっぱられていく。


 最後に、遥は、扉を見た。鍵を回した、いちばん下の、銀色の鍵穴は、まだ暗かった。


 けれど、その暗さは、もう、こわくなかった。


 それは、これから、遥が、自分の世界で、ともす光だったから。


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