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パラレル・トラベラー ”72時間だけ、もう一人の異世界のわたし”  作者: Hamin
第12章 最後の選択

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48話 六人の私

 遥《はるか》は、遥彦《はるひこ》の机の上に、横になった。


 目を、閉じた。


 ネクサスのうなり声が、遠くなる。窓のふるえる音が、遠くなる。


 かわりに、しずかな、白い廊下《ろうか》が、浮《う》かびあがった。


 白い壁《かべ》。白い床《ゆか》。はだしの足のうらに、ひんやりとした、冷たさ。


 その先に、白い扉《とびら》。


 七つの鍵穴《かぎあな》。真鍮《しんちゅう》。うろこの銀。羽根の銅。黒い木。さびた鉄。白い金属。六つが、それぞれの色で、光っている。いちばん下の、飾《かざ》りのない銀色のプレートだけが、まだ、暗い。


 遥は、扉の前に、立った。


 いつのまにか、自分のからだにもどっていた。19歳《さい》の、遥のからだ。短い髪《かみ》。細い肩《かた》。


 遥は、右の耳たぶを、親指と人さし指で、つまんだ。


「……だれか、いる?」


◇ ◇ ◇


 足音が、した。


 ふり向くと、廊下の向こうから、ひとりの女の子が、歩いてきた。


 紺色《こんいろ》のローブ。こしまである、栗色《くりいろ》の長い髪。くいっ、くいっと、右の耳たぶを、引っぱっている。


 ハルカ・リーヴェルだった。


「……あなたが、遥?」


 ハルカは、遥の顔を見て、ふっと、笑った。


「はじめまして。……ううん、はじめましてじゃ、ないか。あなた、わたしのからだで、杖《つえ》の先に、炎《ほのお》をともしてくれたんでしょ」


 ハルカの手のひらの上に、小さな炎が、ぽっと、ともった。


「あれから、わたし、魔法《まほう》が、使えるようになったの。教科書どおりじゃない、わたしの魔法陣《まほうじん》で」


 その横に、もうひとり。銀の胸当て。背の高い女の人。親指の腹で、耳たぶの下を、ぐっと押《お》している。


 ハル・ヴァルトだった。


「よう、遥。わたしのせいで、コンビニを、勝手にやめさせちまって、悪かったな」


 ハルは、にやりと笑った。それから、少しだけ、照れたように、目をそらした。


「……わたし、言ったぞ。イリスに。本当の名前で、呼んでほしいって」


 遥は、息をのんだ。


「それで……?」


 ハルは、答えなかった。ただ、ほおを、少しだけ赤くして、肩をすくめた。


「それは、わたしとイリスの、ひみつだ」


 遥は、思わず、笑った。


 ハルのうしろに、着物すがたの、ふくよかな女の人。指先で、とん、とん、と、耳たぶを、たたいている。


 お遥《はる》だった。


「遥さん。小太郎《こたろう》が、毎日、あなたのことを、話していますよ。『あのときのかかさまは、すごかった』って。……わたしも、帰ってから、ちゃんと、泣きましたよ」


 お遥のうしろから、ゆっくりと、杖をついた、白髪のおばあさんが、歩いてきた。手のひらで、耳たぶを、つつみこむように、なでている。


 七瀬《ななせ》ハルだった。


「遥。……千鶴《ちづる》を、看取ってくれて、ありがとう」


 七瀬ハルの目は、うるんでいた。けれど、しずかだった。


「あたしは、あの子の最期に、間に合わなかった。でも、あんたが、あたしのからだで、あの子の手を、にぎっていてくれた。……あんたの手の、ぬくもりは、あたしの手の、ぬくもりだよ」


 遥の目から、涙《なみだ》が、こぼれた。


 そして、最後に、背の高い青年が、歩いてきた。人さし指の先で、耳たぶのふちを、そっと、なぞっている。


 ハルト・ナナセだった。


「……遥。おれの船で、泣いてくれて、ありがとな」


 ハルトは、照れくさそうに、頭をかいた。


「おれ、帰ってから、はじめて、会議で、人の話を最初に聞いたよ。タンガのやつ、目を丸くしてた」


◇ ◇ ◇


 五人の、もう一人の遥が、扉の前に、ならんでいた。


 そして、もうひとり。


 廊下のいちばん奥《おく》から、白い光の中を、ゆっくりと、歩いてくる人影《ひとかげ》があった。


 55歳の、男の人。少し、背中がまがっている。けれど、その足どりは、前よりも、ずっと、軽かった。


 遥彦だった。


 遥彦は、右の耳たぶを、つまんでいた。つまんだまま、はなさずに。けれど、遥の前に来ると、その指を、ゆっくりと、はなした。


「……はなしても、だいじょうぶな気がしてね」


 遥彦は、ほほえんだ。


「削《けず》ってもらったから」


◇ ◇ ◇


 六人の、もう一人の遥と、遥。


 七人が、白い扉の前に、ならんだ。


 七人とも、同じ顔をしていた。けれど、七人とも、まるでちがう人生を、生きていた。


「……わたしの、扉」


 遥は、扉を、見あげた。


「みんな、この扉の夢を、見てたんだよね」


 六人が、うなずいた。


 ハルカが、言った。


「わたしの世界の言い伝えでは、選ばれなかった道は、空の星になる。……この扉の向こうには、たぶん、わたしたちの、選ばれなかった道が、ぜんぶ、あるんだと思う」


 ハルカが、手のひらを扉にあてた。若葉の色の光が、しみこんでいく。


「わたしは、どうせむりって言いながら、3年間、補習に、通いつづけた。……それが、わたしの、鍵」


 ハルが、手のひらを、扉にあてた。


「わたしは、着地点を見て、飛んだ。……隠《かく》れるのを、やめた。それが、わたしの、鍵だ」


 お遥が。


「わたしは、小さな約束を、何年も、ためてきました。……だれも、犠牲《ぎせい》にしないために」


 七瀬ハルが。


「あたしは、聞いた。50年、千鶴の話を。……それが、あたしの、鍵さ」


 ハルトが。


「おれは、ちがうやつらと、重なった。……1+1を、3にした」


 遥彦が。


「ぼくは、止まった。……そして、削った。もう一度、細い線が引けるように」


 六人の手のひらから、六つの色の光が、扉に、流れこんでいった。


 若葉の色。うろこの銀。羽根のあかがね。いろりの火の色。白湯の湯気の白。春の日なたの色。


 六つの光が、扉の上で、うずを巻き、まざりあい、ひとつの形に、なっていく。


 鍵の、形だった。


 六つの色が、より合わさった、ひとつの鍵。


 鍵が、ゆっくりと、遥の手のひらの上に、おりてきた。


 あたたかかった。


 六人の、六つの人生の、ぬくもりだった。


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