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パラレル・トラベラー ”72時間だけ、もう一人の異世界のわたし”  作者: Hamin
第12章 最後の選択

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47話 収束の嵐

 ネクサスの空が、割れていた。


 黒いひびが、白い光の空を、くもの巣のようにおおっていく。


 ネクサスには、風など、ふいたことがなかった。そのひびの奥《おく》から、今、つめたい風がふきおろしてくる。においも、温度もない。ただ、何かを根こそぎすいこんでいくような風だった。遥彦《はるひこ》のうすくなった髪《かみ》がゆれ、ほおの皮膚《ひふ》が、ぴりぴりとこわばった。


 耳の奥で、ノイズが、ざらざらと鳴りつづけていた。


 窓が、動いていた。


 何千、何万の窓が、ひびに向かってすいよせられていく。となりあう窓がふれあい、にじみ、ひとつになる。重なるたびに、どちらかの世界が、白い光になって消えていく。


「……やめて」


 遥は、窓のあいだを、走った。55歳《さい》の、遥彦のからだで。ひざが、きしむ。息が、切れる。


 魔法学校《まほうがっこう》の窓が、ゆれていた。


 広間の高い天井が、となりの見知らぬ灰色の街の窓と重なり、少しずつ、灰色にとけていく。竜《りゅう》の巣のある峰《みね》が、白くかすむ。龍《たつ》の口の泉がゆらぎ、マザーの青い光の輪がまたたき、〈アストレイア〉の白い輪が、ふるえている。


 遥が旅をしてきた、すべての世界が、ふるえていた。


[遥さま。……収束の速度が、急激に、上がっています]


 ノヴァ1の声が、ノイズまじりに、ひびいた。


[このままでは、およそ……計算、できません。速すぎて]


〈……は……る……か……〉


 ノヴァ2の声が、まだ、遠かった。


 遥は、魔法学校の窓に、顔を近づけた。


 石造りの広間のまんなかで、白いひげの老人が、天井を見あげていた。オルドだった。オルドは、灰色にとけていく天井に向かって、ねじれた杖《つえ》を、まっすぐに、かかげていた。


 その横で、金色の編みこみの少女が、炎《ほのお》の壁《かべ》を立てていた。セレスティアだった。


 竜の窓では、赤い竜と、銀色の竜が、ならんで、ひびの入った空へ、舞《ま》いあがっていくのが見えた。赤い竜の背の、短い黒髪《くろかみ》の騎士《きし》が、銀色の竜の背の騎士に、何かをさけんでいた。


 山里の窓では、小さな男の子が、赤ん坊《ぼう》を背負って、竹の棒をにぎりしめ、村の門の前に立っていた。


 地下の窓では、天井の青い光の輪が、ちらちらとまたたきながら、何かを、くりかえしていた。……わたしにも、わからない。どうか、いっしょに、決めてください。その画面の前で、背の高い青年と、少女が、手をつないで、立っていた。


 結晶《けっしょう》の窓では、シグナのからだの真ん中の、いびつな結晶だけが、ひときわ明るく、光りつづけていた。


 みんな、まだ、あきらめていなかった。


 遥の胸の奥で、いつもの声が、ささやいた。


(……やっぱり、わたしのせい? わたしが、あちこちの世界に、行ったから)


 遥は、首をふった。


 遥彦の言葉を、思いだした。こわれかけていたところに、きみが、呼ばれたんだ。


(ちがう。わたしのせいじゃない。……でも、わたしに、できることは、きっと、ある)


◇ ◇ ◇


 遥は、病院の窓の前に、かけもどった。


 窓の中で、遥彦が、ベッドの上に、からだを起こしていた。そのそばで、京子《きょうこ》が、まだ、眠《ねむ》っていた。


「遥彦さん。……どうすれば、いいの」


 遥彦は、青ざめた顔で、ネクサスの空を見あげていた。


『調停者の仕事は、選ぶ人を、ひとり、背中から押《お》すことだ。……でも、この嵐《あらし》は、ひとりを押して止められる大きさじゃない。すべての世界の、すべての人が、いっぺんに、同じほうへ、流されている』


 遥彦は、くちびるをかんだ。


『止めるには、それと同じくらい、大きな「選択《せんたく》」が、いる。……すべての世界に、いっぺんに、枝分かれを生むような』


「そんなの、どうやって……」


 遥は、言葉を、失った。


 足もとが、ゆれた。


 すぐそばの窓が、ふたつ重なって、ひとつ消えた。白い光の粒《つぶ》が、雪のように、ほおにふりかかる。冷たくも、あたたかくもない。ただ、何かがなくなった、という感じだけが残った。


[……遥さま。夢の、扉《とびら》は]


 ノヴァ1が、言った。


[遥さまが、毎年、7月4日の夜に見る、白い扉。……あの扉は、すべての世界の遥さまが、同じように見ていました。ハルカさまも、ハルさまも、お遥《はる》さまも、七瀬《ななせ》ハルさまも、ハルトさまも。……マザーも、シグナさまも]


 遥は、はっとした。


 白い扉。七つの鍵穴《かぎあな》。


 あの扉は、すべての世界を、つないでいるのだ。


 遥は、ネクサスの空を、見あげた。


 黒いひびのすきまに、一瞬《いっしゅん》だけ、白い扉の形が、浮《う》かんだ気がした。


 七つの鍵穴のうち、六つが、それぞれの色で、光っていた。


「……みんなを、呼ぶ」


 遥は、言った。


「あの扉の前に。……もう一人の、わたしたちを」


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