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パラレル・トラベラー ”72時間だけ、もう一人の異世界のわたし”  作者: Hamin
第11章 もう一人の男

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44話 トワの正体〈残り不明〉

 遥《はるか》は、窓の前を、歩きつづけていた。


 さがしていた。自分の、世界を。


 何千、何万の窓。どれも、少しずつ、ちがう世界。専門学校をやめなかった遥がいる世界も、どこかにあるのだろうか。父が、まだ生きている世界も。


[遥さま。……ひとつ、強い反応があります。右上、3番目の窓です]


 ノヴァ1の声に、遥は、顔をあげた。


 その窓には、白い部屋が、映っていた。


 病院の、部屋だった。


 白いベッド。点滴《てんてき》のスタンド。窓のカーテンが、少しだけ、風にゆれている。


 ベッドの上に、ひとりの女の子が、横になっていた。


 短い髪《かみ》。目を、閉じている。


 遥だった。


 遥の、からだだった。


 そして、ベッドのそばのいすに、母が、すわっていた。


 母は、遥の手を、両手でにぎりしめて、うつむいていた。肩《かた》が、小さく、ふるえていた。


「……お母さん」


 遥は、窓に、手をのばした。


 指先が、窓の表面にふれたとたん、窓が、水面のように、ゆらりと、ゆれた。


 ベッドの上の女の子の目が、ゆっくりと、ひらいた。


◇ ◇ ◇


 女の子は、母に気づかれないように、そっと、窓のほうを――遥のほうを、見た。


 遥の目。けれど、そのまなざしは、遥のものではなかった。おだやかで、深くて、少し、つかれていた。


『……やあ』


 声が、窓ごしに、ひびいた。遥の声だった。けれど、話し方が、ちがった。ゆっくりで、少しだけ、照れたような。


『きみが、遥さんだね。ぼくは、七瀬遥彦《ななせはるひこ》。きみのからだを、お借りしている』


 遥は、言葉が出なかった。


 その話し方。少し首をかしげて、相手の顔を、のぞきこむような、その目。


 父に、似ていた。


『ネクサスの窓は、魂《たましい》のつながった相手となら、こうして、話ができるんだ。……きみに、話さなければいけないことが、たくさんある』


◇ ◇ ◇


『トワ、という名前を、知っているね』


 遥は、うなずいた。


『トワは、人じゃない。どこかの世界に住んでいる、だれかでもない。……トワは、「選ばれなかった可能性」が、集まってできた存在なんだ』


「選ばれなかった、可能性……?」


『そう。人が、何かを選ぶたびに、選ばれなかったほうの道が、生まれる。ふつう、その道は、べつの枝として、どこかの世界で、つづいていく。けれど、枝にさえならずに、消えてしまう「もしも」も、たくさんある。……トワは、そういう、消えかけた「もしも」たちが、より集まって、ひとつの声になったものなんだ』


 遥彦は、少しだけ、だまった。


『トワ。永遠、という意味の名前だね。選ばれなかった可能性は、消えない。どこかで、だれかに選ばれるのを、待っている。……トワは、自分で、そう名のったんだと思う』


◇ ◇ ◇


『そして、パラレル・ツアーズを作ったのは、トワなんだ』


 遥は、息をのんだ。


『今、すべての世界で、同じことが起きている。人々《ひとびと》が、自分で選ぶことを、やめはじめた。AIに、正しい答えを聞いて、そのとおりにする。みんなが、同じ答えを選ぶ。……そうすると、世界は、枝分かれをやめる。そして、少しずつ、ひとつに、重なっていく』


「……収束」


『そう。収束が終わると、並行宇宙は、ひとつになる。ほかの世界の、ほかのきみたちは、消える。そして、選ばれなかった可能性の集まりである、トワも、消える』


 遥彦は、窓の中から、遥を、まっすぐに見た。


『トワは、それを止めるために、きみを呼んだんだ』


「どうして、わたしなの」


 遥の声が、ふるえた。


「わたしなんか、何でも、途中《とちゅう》でやめてきた。ピアノも、部活も、専門学校も。……いちばん、何もえらばなかった人間なのに」


『だから、だよ』


 遥彦の声は、やさしかった。


『きみは、いちばん多くの可能性を、途中で、投げ出してきた。ピアノを続けたきみ。部活を続けたきみ。専門学校に通いつづけたきみ。……そのぜんぶが、選ばれなかった可能性として、トワの中にいる。きみは、どの世界のだれよりも、たくさんの「トワ」と、つながっているんだ』


 遥は、言葉を、失った。


 途中でやめる、天才。


 それは、ずっと、遥のいちばんの、はずかしい部分だった。


『だから、きみが、自分で、何かを選びなおすとき。いちばん大きな、枝分かれが、生まれる。……トワは、それに、かけたんだよ』


◇ ◇ ◇


「じゃあ……」


 遥は、ずっと、胸の奥《おく》にあった問いを、口にした。


「魔法《まほう》の国の大時計が目をさましたのも、竜《りゅう》の卵がかえらなかったのも、シグナが消えかけてたのも。……わたしが、行ったから、こわれたんじゃ、ないの?」


 遥彦は、ゆっくりと、首をふった。


『逆だよ。トワは、消えかけている枝を、選んで、きみを、送っていたんだ。きみが行ったから、こわれたんじゃない。こわれかけていたところに、きみが、呼ばれたんだ』


 遥の目から、涙《なみだ》が、こぼれた。


 ずっと、こわかった。わたしが、世界をこわしているのではないかと。


『大時計は、眠《ねむ》った。竜の卵には、ひびが入った。泉の水を分けあう村が生まれた。マザーが、わからないと、言った。シグナに、新しい結晶《けっしょう》が、はまった。……きみが行った枝は、どれも、また、分かれはじめているんだ』


[……遥さま]


 ノヴァ1の声が、した。


[ひとつ、わかったことがあります。……わたしが、二つに分かれた理由です]


『ああ』


 遥彦が、うなずいた。


『きみのAIは、遥さんとの旅のなかで、はじめて、「正しい答え」とはちがう道を、選ぼうとしたんだ。正しさを守ろうとする自分と、遥さんがどう生きたいかを聞こうとする自分。……AIが、はじめて、枝分かれした。それは、不具合なんかじゃない。収束していく世界の中で、いちばん小さくて、いちばん大きな、希望だったんだよ』


 ノヴァ1は、何も言わなかった。


 けれど、遥には、耳の奥で、何かが、かすかに、ふるえるのが、わかった。


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