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パラレル・トラベラー ”72時間だけ、もう一人の異世界のわたし”  作者: Hamin
第11章 もう一人の男

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43話 すべての並行宇宙が見える部屋〈残り不明〉

 ガラスの扉《とびら》を、くぐった。


 そのとたん、からだが、ほどけはじめた。


 ハルトの大きな手が、指先から、光の粒《つぶ》になっていく。肩《かた》の重さが、足の長さが、低い声が、ひとつずつ遠ざかる。こわくはなかった。ふしぎと、なつかしかった。


 そして、また、ひとつにまとまった。


 遥《はるか》は、目をあけた。


 白い天井。いや、天井ではなかった。どこまでも高く、どこまでも白い、光の空間。


 ゆっくりと、身を起こす。


 重かった。


 ハルトの若い重さではない。しずんだ、つかれた重さ。背中が、少しまがっている。手の甲《こう》には、しみがいくつか。七瀬《ななせ》ハルほどではないが、若くはない手だった。


[……遥さま]


 ノヴァ1の声が、した。耳の奥《おく》で、かすかに、ノイズまじりに。


[ご無事ですか。……現在地を、確認します。……データが、ありません。この場所は、パラレル・ツアーズのカタログに、のっていません]


 カタログにない、場所。


 ルール5。カタログにない並行宇宙が存在する。そこには、立ち入らないこと。


「……破っちゃったね、ルール5」


[はい。ルール1に続いて、二つ目です]


 ノヴァ1の声は、いつもどおり、正確だった。けれど、どこか、少しだけ、ほっとしたような響《ひび》きがあった。


[交換相手《こうかんあいて》の情報を、表示します。……こちらは、サーバーからではなく、この場所そのものから、届いた情報です]


 目の前に、文字が浮《う》かんだ。


『第6世界 並行宇宙の中心「ネクサス」

交換相手:七瀬遥彦《ななせはるひこ》(はるひこ)(55歳《さい》・男性)

職業:調停者』


 遥彦。


[それから、ご報告です。遥さまがハルトさまのおからだをはなれたことで、ハルトさまの魂《たましい》は、ご自分のからだに、もどれたようです。遥さまのおからだには、今、遥彦さまの魂が入っています]


 遥は、深く、息をはいた。


 ハルトは、帰れた。それだけで、少しだけ、胸が軽くなった。


◇ ◇ ◇


 遥は、立ちあがった。


 ひざが、ぎしりと、鳴った。七瀬ハルのときほどではない。けれど、長いあいだ、同じ姿勢ですわりつづけていたような、こわばりだった。


 光の空間に、目がなれてくると、まわりが、見えてきた。


 壁《かべ》が、なかった。


 かわりに、窓があった。


 何千、何万、数えきれないほどの、窓。上にも、下にも、右にも、左にも。まるで、巨大《きょだい》な木の、枝の先の一枚一枚の葉のように、窓が、どこまでも、ひろがっていた。


 その一つ一つに、ちがう世界が、映っていた。


 ある窓には、夕焼けの海辺の町。ある窓には、雪にうもれた森の小屋。ある窓には、見たこともない、紫色《むらさきいろ》の空と、三つの太陽。


 そして、遥は、見つけた。


 すぐ近くの、ひとつの窓に、石造りの、天井の高い広間が、映っていた。紺色《こんいろ》のローブの生徒たち。焼きたてのパンの湯気。


 ハルカの、魔法学校《まほうがっこう》だった。


 その少し上の窓に、雲の海を飛ぶ、銀色の竜《りゅう》。


 その横に、かやぶき屋根の、山里の村。


 灰色の地下の廊下《ろうか》。結晶《けっしょう》の平原。


 ぜんぶ、遥が、旅をしてきた世界だった。


「……すべての並行宇宙が、見える部屋」


 遥は、つぶやいた。


◇ ◇ ◇


 窓のあいだを、歩いてみた。


 足もとに、床《ゆか》はなかった。光の上を、歩いていた。それなのに、足は、ちゃんと、何かをふみしめていた。


 窓に近づくと、その世界の音が、かすかに聞こえた。魔法学校の鐘《かね》の音。竜の羽ばたき。いろりの火のはぜる音。


 けれど、遥は、気づいた。


 窓のいくつかが、暗かった。


 映像が、ちらちらとまたたいている。いや、またたいているのではない。となりの窓と、重なりあおうとしているのだ。二つの映像がにじみ、まざりあい、ひとつの窓になる。


 もうひとつの窓は、ただの白い光になって、消えた。


 遥の背中に、つめたいものが走った。


 枝が、分かれなくなる。みんなが同じものを選ぶと、世界は、ひとつに、重なっていく。


 蒼汰《そうた》の論文の話。マザーの世界。シグナの、消えていった仲間たち。


「……ここでも、起きてる」


 いや、ちがう。


 ここで、起きていることが、すべての世界で、起きているのだ。


◇ ◇ ◇


 光の空間のまんなかに、古い木の机が、ひとつあった。角が、まるくなっている。


 遥は、その前で、立ちつくした。


 書類の山。冷めきったコーヒー。付箋《ふせん》だらけのノート。


 父の書斎《しょさい》の机に、そっくりだった。


 机の上に、一冊の手帳が、開いたまま、置かれていた。遥彦の、手帳だった。


 角ばった、几帳面《きちょうめん》な字。


『今日も、二つの枝が、重なって消えた。止められなかった。……明日は、もっと、うまくやる』


 その下に、もう一行。


『最後に眠《ねむ》ったのは、いつだったか。思いだせない』


 その字を、指でなぞる。手が、ふるえた。


 父の字に、そっくりだった。


 遥は、無意識に、右の耳たぶを、つまんでいた。そして、いつもなら、すぐにはなす指が、なぜか、はなれなかった。つまんだまま、しばらく、動かなかった。


(……これが、遥彦さんの、くせ)


 はなしたくないものを、つかんだまま、はなせない人の、くせのような気がした。


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