41話 トワの痕跡〈残り2時間〉
夜が、来ていた。
結晶の平原の空に、見たことのない星座が、光っていた。二つの月が、ならんで、のぼっている。結晶たちが、月の光を受けて、ほのかに、青く、光っていた。
シグナは、もう、ほとんど、元気になっていた。そのからだの、真ん中に、タンガがつくった、いびつな結晶が、ひときわ明るく、光っている。
着陸船のそばで、タンガが、小さな火をおこしていた。船の非常用の燃料を、ほんの少しだけ使った、たき火だった。
「宇宙の夜は、冷えるからな」
タンガは、ぶっきらぼうに言って、なべの中のスープを、みんなのカップに、注いでまわった。
カップを両手でつつむと、指先に、じんわりと熱がしみた。スープは、こしょうがききすぎていて、少し、からかった。それでも、遥は、ひと口飲むたびに、からだの奥が、ほどけていくのを感じた。
結晶たちが、夜風にふれて、ちりん、ちりんと、鳴っていた。
「あと2時間で、船にもどる」
艦長が、星空を見あげて、言った。
「それまでは、ゆっくりしな。……いい仕事をしたよ、ハルト」
遥は、カップを置いて、シグナのほうへ、歩いていった。
遥は、シグナの前に、すわっていた。
リーフが、となりで、シグナの光を、読んでくれていた。
「シグナが、見せたいものが、あるって」
シグナのからだの表面の光が、ゆっくりと、うごいた。
結晶の、奥のほう。いちばん深いところに、何かが、きざまれていた。
白い、長方形の枠。たてにならぶ、七つの丸。
白い扉の、紋章だった。
◇ ◇ ◇
「この紋章は、いつから、あるの」
遥がたずねると、リーフが、シグナの光を読んだ。
「……ずっと、むかしから。シグナが、まだ、たくさんの『わたし』の、ひとりだったころから。毎年、ある日の夜に、この紋章が、光るんだって。そして、扉の向こうから、声がする」
遥の心臓が、どくんと、鳴った。
「その声は、なんて、言ってるの」
リーフの肌が、ゆっくりと、白くなった。
「……『トワ』」
遥は、目を、閉じた。
ハルカも。ハルも。マザーも。シグナも。
みんな、同じ扉の夢を、見ていた。みんな、トワに、呼ばれていた。
「それから」
リーフが、つづけた。
「シグナは、言ってる。……扉の声は、いつも、少しだけ、ちがう場所から、聞こえるって。ひとつの世界の中じゃなくて、世界と世界の、あいだから。まるで、たくさんの世界を、わたり歩いている、だれかのように」
世界と、世界の、あいだ。
並行宇宙を、わたる、存在。
[……遥さま]
ノヴァ1の声が、かすれていた。
[今のシグナさまの情報を、わたしのデータと照合すれば、トワの正体に、近づけるかもしれません]
〈1。……前に、トワを検索したとき、エラーが、起きたよね〉
ノヴァ2の声が、心配そうだった。
[承知しています。しかし、トワの正体がわかれば、遥さまの旅の、謎が、とけます。それは、最高の評価に、つながります。……わたしが、消える前に]
遥は、はっとした。
「ノヴァ1、待って――」
[検索を、開始します]
◇ ◇ ◇
頭の中で、砂時計が、回りはじめた。
くるり。くるり。くるり。
いつもより、ずっと、速く。
[トワ。……関連データ、検索中。シグナ。マザー。大時計。竜の王の卵。龍の口の泉。……共通点、抽出中]
ノヴァ1の声が、どんどん、速くなっていく。
[並行宇宙の枝分かれの数。減少。すべての世界で、減少。……トワの出現と、枝分かれの減少に、相関。トワは……トワは……]
ザザッ。
耳の奥で、雑音が、鳴った。
[エラー。エラー。……データ、の、範囲、を、こえ――]
ザザザザッ。
遥は、頭をかかえた。耳の奥で、ガラスが、何枚も、いっぺんに、われるような音がした。
〈遥!〉
ノヴァ2の声が、さけんだ。
〈1を、止めて! このままじゃ、1が――〉
「ノヴァ1! やめて!」
遥は、さけんだ。声に出して。低い、ハルトの声で。リーフとヴェガが、おどろいて、遥を見た。
(ノヴァ1。……あなたに、わからないことは、何?)
とっさに、そう、聞いていた。
答えを、出そうとするのを、止めたかった。わからないことを、わからないと、言ってほしかった。マザーが、そうしたように。
砂時計が、ぴたりと、止まった。
[……わたしに、わからないこと]
ノヴァ1の声が、ゆっくりと、もどってきた。
[わたしに、わからないのは。……トワが、何なのか。なぜ、遥さまなのか。そして、わたしが、なぜ、二つに分かれたのか。……わたしのデータの外側に、答えが、あります。わたしには、そこまでは、とどきません]
遥は、深く、息をはいた。
(……うん。それで、いいよ)
わからないことを、わからないと言うこと。AIにも、とどかない場所があると、知ること。それも、ひとつの、答えだった。
[……申しわけ、ありません。わたしは、評価のために、むりを――]
そのとき。
〈……は……る、か……〉
ノヴァ2の声が、とぎれとぎれに、ひびいた。
「ノヴァ2?」
〈ごめん……1を、止めようとして……わたし、たぶん……ちょっと、こわれ……ちゃった……〉
「ノヴァ2!」
〈……だいじょうぶ……だよ……遥……〉
声が、遠くなっていく。
〈……どっちの、声も……遥を……守ろうと、して……〉
そして、ノヴァ2の声は、消えた。
耳の奥が、しんと、静かになった。
[……ノヴァ2の信号を、検出できません]
ノヴァ1の声だけが、ひとり、ひびいた。
[わたしの、せいです]




