40話 第三の案〈残り12時間〉
シグナの光は、むずかしかった。
リーフは、何時間も、シグナの前にすわりこんで、光を見つめていた。肌の色を、ゆっくりと、変えながら。ときどき、ため息をつき、また、見つめる。
「感情は、わかるの。悲しい。こわい。助けてほしい。……でも、それ以上が、わからない。ことばの、形が、つかめない」
ヴェガは、医療用の機械で、シグナのからだを調べていた。
「シグナの結晶の、内側の構造が、少しずつ、こわれている。……病気、とは、ちがう。まるで、からだの中の『つながり』が、一本ずつ、消えていくような」
つながりが、一本ずつ、消えていく。
遥の背中に、つめたいものが走った。
消えていく糸。
(ノヴァ1。シグナの光のことば、わかる?)
[……分析中です。しかし、データが足りません。わたしひとりでは、解読は、困難です]
ノヴァ1の声は、つかれていた。ずっと、ふるえていた。
[残り時間で、解読できる確率は、12%です]
◇ ◇ ◇
遥は、結晶の平原に、すわりこんだ。
艦長が、となりに、どさりと、すわった。
「行きづまったね」
「……はい」
「ハルト。この船の会議で、あんたが言ったこと、覚えてるかい。四つの円を、重ねるって」
遥は、顔をあげた。
「ここにも、四人いる。リーフは、気持ちを読む。ヴェガは、からだを読む。わたしは……そうだね、長いこと、ちがう星の連中のあいだに、立ってきた。ぶつかる者どうしを、つなぐのが、仕事だ。そして、あんたは、パイロットだ」
艦長は、遥を見た。
「パイロットは、何を読む?」
遥は、考えた。
パイロットが、読むもの。風。気流。重力。そして――。
「……動き」
遥は、言った。
「動きのパターン。光の、速さとか、リズムとか、くりかえしとか。……パイロットは、計器の光の、点滅のリズムで、船の状態を読むから」
艦長が、大きな目を、細めた。
「じゃあ、重ねてみようじゃないか」
◇ ◇ ◇
四人は、シグナの前に、輪になって、すわった。
リーフが、光の「気持ち」を、読む。
「今の光は、こわい」
遥が、光の「リズム」を、読む。
「速い点滅が、3回。そのあと、長い光。……さっき、悲しいって言ってたときは、ゆっくりの点滅が、5回だった」
ヴェガが、シグナの「からだ」を、読む。
「速い点滅のとき、結晶の内側の、こわれかけた部分が、熱を出している。……痛いんだ。シグナは、痛がっている」
艦長が、三人の言葉を、つないでいく。
「つまり、点滅の速さは、気持ちの強さ。点滅の数は……リーフ、さっきの、悲しいのときは?」
「……5回。そして、わたしの肌は、五つの、ちがう悲しみを感じた。家族を、なくした悲しみみたいな」
遥は、はっとした。
「数は、……だれか、ってこと? シグナのまわりにいた、だれか」
リーフの肌が、ぱっと、明るい青に光った。
「そう。そうよ。数は、『だれ』で、速さは、『どれくらい』で、長い光は、『消えた』……!」
四人の言葉が、重なった瞬間、シグナの光が、まるで、ほどけた糸のように、意味を、持ちはじめた。
遥は、自分の頭の中で、何かが、かちりと、はまる音を聞いた気がした。
リーフひとりでも、ヴェガひとりでも、遥ひとりでも、わからなかった。足し算でもなかった。ちがう読み方が、重なったところに、だれも見たことのない、ことばの形が、浮かびあがったのだ。
1+1は、3にもなる。艦長の言ったとおりだった。
[……解読率、急上昇しています。68%……79%……86%]
ノヴァ1の声が、おどろきで、ふるえていた。
[わたしの予測では、12%でした。……こんな速さは、計算に、ありませんでした]
〈みんなが、重なったからだね〉
ノヴァ2が、うれしそうに言った。
◇ ◇ ◇
シグナの光のことばを、リーフが、ゆっくりと、声に出していった。
「……わたしは、ひとりでは、なかった。この星には、たくさんの、わたしが、いた。結晶の、ひとつひとつが、ちがう道を、えらんで、ちがう形に、育っていた」
リーフの声が、ふるえた。
「でも、ある時から、みんなが、同じ形を、えらぶように、なった。いちばん、こわれにくい形。いちばん、正しい形。……みんなが、同じに、なっていった。そして、同じになった結晶から、ひとつ、また、ひとつと、光が、消えていった」
遥は、息を、のんだ。
みんなが、同じものを、えらぶようになると、枝は、分かれなくなる。蒼汰の言葉だった。
シェルターの、マザーの答えに、みんなが、従っていた世界。
「わたしが、最後の、ひとり。……わたしも、消えかけている」
リーフは、涙をこぼしていた。肌の色が、深い、深い、むらさきに変わっていた。
ヴェガが、しずかに言った。
「……シグナのからだの『つながり』が消えているのは、そのせいかもしれない。ちがう形の結晶どうしが、おたがいを、ささえあっていた。同じ形ばかりになって、ささえが、なくなったんだ」
遥は、立ちあがった。
「……じゃあ、ちがう形を、つくればいい」
三人が、遥を見た。
「シグナのからだに、ちがう形の結晶を、足すんです。いちばん正しい形じゃなくて、だれも選ばなかった形を」
遥は、魔法王国の、大時計を思いだしていた。だれも選ばなかった魔法陣を、見せたとき、大時計は、静かに眠った。
艦長が、ゆっくりと、笑った。
「タンガを、呼ぼう。あいつは、船の部品から、何でも、つくれる」
◇ ◇ ◇
タンガは、文句を言いながら、着陸船で、降りてきた。
そして、四人の話を聞くと、何も言わずに、船の部品をかかえて、作業をはじめた。
結晶の形を、ヴェガが、からだの構造から、選んだ。リーフが、シグナの気持ちを読みながら、どの形がいいか、たずねた。遥が、シグナの光のリズムから、どこに、どの形を置けば、つながりが、もどるかを、読んだ。艦長が、みんなの意見を、つないだ。
そして、タンガが、それを、形にした。
船の部品と、まわりの結晶のかけらを組みあわせた、いびつで、ふしぎな形の、新しい結晶。どこにもない形。正しいかどうかも、わからない形。
それを、シグナのからだの、こわれかけた部分に、そっと、はめこんだ。
しばらく、何も、起きなかった。
それから。
ちか。
シグナの光が、ひとつ、ともった。
ちか、ちか。
ふたつ、みっつ。
シグナのからだのあちこちで、消えかけていた光が、少しずつ、もどってきた。それは、さっきまでの、悲しい光ではなかった。あたたかい、やわらかい、春の日なたのような光だった。
「……ありがとう、って」
リーフが、泣きながら、笑った。
「シグナが、ありがとう、って、言ってる」
タンガが、そっぽを向いて、鼻をすすった。
「……ふん。部品が、もったいねえ」
艦長が、大きな声で、笑った。
遥は、シグナの光を、見つめていた。
胸の奥で、何かが、ぱっと、ひらいた気がした。
まぶたの裏に、白い扉が、浮かんだ。
六つ目の鍵穴。
白く光る、見たことのない金属のプレートの鍵穴が、シグナの光と同じ、春の日なたの色に、ともった。
――むっつめ。
扉の向こうの声が、言った。
――あと、ひとつ。




