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パラレル・トラベラー ”72時間だけ、もう一人の異世界のわたし”  作者: Hamin
第10章 AIが予測できなかった未来

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39話 帰還推奨を拒否する〈残り24時間〉

 ブリッジは、しんと、静まりかえっていた。


 画面いっぱいに、白い扉《とびら》の紋章《もんしょう》が、光っていた。七つの小さな丸。そのうち、上の五つだけが、かすかに、色を帯びていた。


 真鍮《しんちゅう》の色。うろこの銀。あかがね色の銅。黒い木の色。さびた鉄の色。


 遥《はるか》が、夢の中で見てきた、鍵穴《かぎあな》の光と、同じだった。


「なんだ、ありゃあ……」


 タンガが、かすれた声で言った。


「ハルト、知ってるのか」


 艦長《かんちょう》の声に、遥は、はっとした。気がつくと、自分の右手が、耳たぶのふちを、何度も、何度も、なぞっていた。


「……知らない。でも、見たことがある」


[遥さま。危険度の再計算をしました]


 ノヴァ1の声が、するどく、ひびいた。


[未知の惑星《わくせい》の危険度、97%。……そして、この紋章は、わたしのデータベースの中で、「トワ」に関連づけられています。前回、わたしが「トワ」を検索《けんさく》したとき、システムエラーが起きました。この惑星に近づけば、わたしのシステムが、どうなるか、予測できません]


 ノヴァ1は、少しだけ、言葉を区切った。


[帰還《きかん》を、推奨《すいしょう》します。ただちに、この宙域を、はなれてください]


◇ ◇ ◇


 艦長が、乗員たちを、見まわした。


「どうする。多数決……は、やめておこうか」


 艦長は、遥を見た。


「ハルト。あんたの意見を、最初に聞きたい」


 ブリッジの全員が、遥を見ていた。


 遥は、のどが、からからになった。


 ノヴァ1の言葉が、頭の中で、ひびいている。帰還を、推奨します。この旅行で、最高の評価を取らなければ、わたしは、消える。


 ノヴァ2は、何も言わなかった。ただ、しずかに、遥の答えを、待っていた。


 遥は、画面の光を見た。


 ちか、ちか、ちか。……ちか。


 リーフが言った。この光は、悲しんでいる。助けを、もとめている。


 魔法王国《まほうおうこく》の、消えかけていた糸。竜《りゅう》の王の、かえらなかった卵。年々《ねんねん》下がっていく、泉の線。枝分かれのいちばん少ない、地下のシェルター。


(消えかけているものの、そばに、わたしは呼ばれてる)


 竜の卵を返した夜に、遥は、そう思った。


 だとしたら。


「……降りたい」


 遥は、言った。低い、ハルトの声で。


「あの惑星に、降りたいです。あの光が、何を言っているのか、知りたい」


[遥さま――]


(ごめん、ノヴァ1)


 遥は、心の中で、言った。


(でも、ここで、背中を向けたら。……わたし、また、途中《とちゅう》でやめる人に、もどっちゃう気がする)


 ノヴァ1は、しばらく、だまっていた。


[……ルール3。最後に決めるのは、旅行者です]


 その声は、ふるえていた。


[承知、しました]


◇ ◇ ◇


 乗員たちの意見は、割れた。


「反対だ。乗員を、わけのわからない惑星に、降ろすわけにはいかない」


 タンガが、太い腕《うで》を組んだ。


「わたしは、賛成。あの光は、ことばよ。ことばがあるなら、話せる」


 リーフの肌《はだ》が、強い青に光った。


「医者としては、反対だ。未知の病原体の危険がある。……だが」


 ヴェガが、目を閉じたまま、言った。


「だが、助けをもとめている者がいるなら、医者は、行かなければならない」


 ブリッジが、ざわついた。


 艦長は、ゆっくりと、立ちあがった。


「よし。こうしよう。……タンガ、あんたは、船に残って、いつでも離陸《りりく》できるよう、準備しておいてくれ。何かあったら、すぐに、わたしたちを、引きあげるんだ。リーフ、ヴェガ、ハルト、そして、わたし。四人で、降りる」


 タンガは、しばらく、艦長をにらんでいた。それから、大きく、ため息をついた。


「……わかったよ。そのかわり、1時間ごとに、連絡《れんらく》しろ。一回でも連絡がなかったら、おれが、ぶんなぐりに行くからな」


 艦長は、にやりと笑った。


「たのもしいね」


◇ ◇ ◇


 小型の着陸船が、母船の輪からはなれた。とたんに、からだが、また、ふわりと軽くなる。窓の外は、どこまでも黒い。その黒の中に、青白い惑星だけが、ぽつんと、浮《う》かんでいた。


 着陸船が、青白い惑星の大気に、つっこんでいった。


 遥は、操縦かんを、にぎっていた。


 大きな手が、操縦かんの上で、しっかりと、落ちついていた。ハルトのからだは、空を飛ぶことを、知っていた。竜の背で、ハルのからだが、空を知っていたように。


 窓の外が、白く、光った。大気との摩擦《まさつ》で、船体が、ごうごうと、ふるえる。


 やがて、雲が、晴れた。


 遥は、息をのんだ。


 地面が、すべて、結晶《けっしょう》でできていた。


 青や、白や、うすむらさきの、すきとおった結晶が、どこまでも、どこまでも、つらなっている。大きいものは、塔《とう》のように、天に向かってのびている。空からの光を受けて、結晶の一つ一つが、虹色《にじいろ》に、光をはねかえしていた。


 着陸船が、結晶の平原に、そっと、舞《ま》いおりた。


 ハッチを開けると、空気が、ひんやりとしていた。宇宙服のヘルメットごしにも、かすかに、ちりん、ちりんと、鈴《すず》のような音が聞こえた。結晶どうしが、風にふれあって、鳴っているのだ。


 そのとき、目の前の、いちばん大きな結晶の塔が、光った。


 ちか、ちか、ちか。


 塔が、ゆっくりと、動いた。


 それは、塔ではなかった。


 結晶でできた、生き物だった。


 何千もの結晶が、より集まって、人のような、木のような、ふしぎな形をつくっている。その表面を、光が、さざ波のように、流れていた。


 リーフが、ふるえる声で言った。


「……こんにちは」


 結晶の生き物の光が、ゆっくりと、明滅《めいめつ》した。


 ちか。……ちか、ちか。


[結晶生命体《けっしょうせいめいたい》、と分類されます。……光で、話しています]


 ノヴァ1の声が、とても小さかった。


〈……なまえ、あるのかな〉


 ノヴァ2が、ささやいた。


 リーフが、肌の色を、ゆっくりと変えながら、結晶の光を見つめていた。


「……シグナ」


 リーフが、言った。


「この子の、なまえ。……シグナ、って、言ってる気がする」


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