39話 帰還推奨を拒否する〈残り24時間〉
ブリッジは、しんと、静まりかえっていた。
画面いっぱいに、白い扉の紋章が、光っていた。七つの小さな丸。そのうち、上の五つだけが、かすかに、色を帯びていた。
真鍮の色。うろこの銀。あかがね色の銅。黒い木の色。さびた鉄の色。
遥が、夢の中で見てきた、鍵穴の光と、同じだった。
「なんだ、ありゃあ……」
タンガが、かすれた声で言った。
「ハルト、知ってるのか」
艦長の声に、遥は、はっとした。気がつくと、自分の右手が、耳たぶのふちを、何度も、何度も、なぞっていた。
「……知らない。でも、見たことがある」
[遥さま。危険度の再計算をしました]
ノヴァ1の声が、するどく、ひびいた。
[未知の惑星の危険度、97%。……そして、この紋章は、わたしのデータベースの中で、「トワ」に関連づけられています。前回、わたしが「トワ」を検索したとき、システムエラーが起きました。この惑星に近づけば、わたしのシステムが、どうなるか、予測できません]
ノヴァ1は、少しだけ、言葉を区切った。
[帰還を、推奨します。ただちに、この宙域を、はなれてください]
◇ ◇ ◇
艦長が、乗員たちを、見まわした。
「どうする。多数決……は、やめておこうか」
艦長は、遥を見た。
「ハルト。あんたの意見を、最初に聞きたい」
ブリッジの全員が、遥を見ていた。
遥は、のどが、からからになった。
ノヴァ1の言葉が、頭の中で、ひびいている。帰還を、推奨します。この旅行で、最高の評価を取らなければ、わたしは、消える。
ノヴァ2は、何も言わなかった。ただ、しずかに、遥の答えを、待っていた。
遥は、画面の光を見た。
ちか、ちか、ちか。……ちか。
リーフが言った。この光は、悲しんでいる。助けを、もとめている。
魔法王国の、消えかけていた糸。竜の王の、かえらなかった卵。年々《ねんねん》下がっていく、泉の線。枝分かれのいちばん少ない、地下のシェルター。
(消えかけているものの、そばに、わたしは呼ばれてる)
竜の卵を返した夜に、遥は、そう思った。
だとしたら。
「……降りたい」
遥は、言った。低い、ハルトの声で。
「あの惑星に、降りたいです。あの光が、何を言っているのか、知りたい」
[遥さま――]
(ごめん、ノヴァ1)
遥は、心の中で、言った。
(でも、ここで、背中を向けたら。……わたし、また、途中でやめる人に、もどっちゃう気がする)
ノヴァ1は、しばらく、だまっていた。
[……ルール3。最後に決めるのは、旅行者です]
その声は、ふるえていた。
[承知、しました]
◇ ◇ ◇
乗員たちの意見は、割れた。
「反対だ。乗員を、わけのわからない惑星に、降ろすわけにはいかない」
タンガが、太い腕を組んだ。
「わたしは、賛成。あの光は、ことばよ。ことばがあるなら、話せる」
リーフの肌が、強い青に光った。
「医者としては、反対だ。未知の病原体の危険がある。……だが」
ヴェガが、目を閉じたまま、言った。
「だが、助けをもとめている者がいるなら、医者は、行かなければならない」
ブリッジが、ざわついた。
艦長は、ゆっくりと、立ちあがった。
「よし。こうしよう。……タンガ、あんたは、船に残って、いつでも離陸できるよう、準備しておいてくれ。何かあったら、すぐに、わたしたちを、引きあげるんだ。リーフ、ヴェガ、ハルト、そして、わたし。四人で、降りる」
タンガは、しばらく、艦長をにらんでいた。それから、大きく、ため息をついた。
「……わかったよ。そのかわり、1時間ごとに、連絡しろ。一回でも連絡がなかったら、おれが、ぶんなぐりに行くからな」
艦長は、にやりと笑った。
「たのもしいね」
◇ ◇ ◇
小型の着陸船が、母船の輪からはなれた。とたんに、からだが、また、ふわりと軽くなる。窓の外は、どこまでも黒い。その黒の中に、青白い惑星だけが、ぽつんと、浮かんでいた。
着陸船が、青白い惑星の大気に、つっこんでいった。
遥は、操縦かんを、にぎっていた。
大きな手が、操縦かんの上で、しっかりと、落ちついていた。ハルトのからだは、空を飛ぶことを、知っていた。竜の背で、ハルのからだが、空を知っていたように。
窓の外が、白く、光った。大気との摩擦で、船体が、ごうごうと、ふるえる。
やがて、雲が、晴れた。
遥は、息をのんだ。
地面が、すべて、結晶でできていた。
青や、白や、うすむらさきの、すきとおった結晶が、どこまでも、どこまでも、つらなっている。大きいものは、塔のように、天に向かってのびている。空からの光を受けて、結晶の一つ一つが、虹色に、光をはねかえしていた。
着陸船が、結晶の平原に、そっと、舞いおりた。
ハッチを開けると、空気が、ひんやりとしていた。宇宙服のヘルメットごしにも、かすかに、ちりん、ちりんと、鈴のような音が聞こえた。結晶どうしが、風にふれあって、鳴っているのだ。
そのとき、目の前の、いちばん大きな結晶の塔が、光った。
ちか、ちか、ちか。
塔が、ゆっくりと、動いた。
それは、塔ではなかった。
結晶でできた、生き物だった。
何千もの結晶が、より集まって、人のような、木のような、ふしぎな形をつくっている。その表面を、光が、さざ波のように、流れていた。
リーフが、ふるえる声で言った。
「……こんにちは」
結晶の生き物の光が、ゆっくりと、明滅した。
ちか。……ちか、ちか。
[結晶生命体、と分類されます。……光で、話しています]
ノヴァ1の声が、とても小さかった。
〈……なまえ、あるのかな〉
ノヴァ2が、ささやいた。
リーフが、肌の色を、ゆっくりと変えながら、結晶の光を見つめていた。
「……シグナ」
リーフが、言った。
「この子の、なまえ。……シグナ、って、言ってる気がする」




