36話 ちがいは、足し算にならない〈残り56時間〉
2日目の会議は、またしても、多数決で終わった。
「次の調査先は、第4惑星の、氷の衛星。賛成の人」
艦長の声に、タンガと、ヴェガと、ほかの乗員たちが、手をあげた。
「反対の人」
手をあげたのは、遥――ハルトだけだった。
「決まりだね。氷の衛星に行く」
会議室に、ほっとしたような空気が、流れた。
遥は、手をおろしながら、手のひらを、ぎゅっとにぎった。
氷の衛星の軌道には、小さな岩のかけらが、たくさん、まわっている。パイロットのハルトの記録には、そう書かれていた。ハルトは、何日も前から、そこを避けるべきだと、何度も、意見を出していた。
けれど、一度も、通らなかった。
[ハルトさまの過去の記録を、確認しました。この船の会議で、ハルトさまの意見が採用された回数は、この半年で、ゼロ回です]
ゼロ。
〈ハルトさん、どんな気持ちだったんだろうね〉
ノヴァ2が、ぽつりと言った。
◇ ◇ ◇
会議のあと、遥は、ひとり、操縦席にすわっていた。
操縦席の窓の外は、星の海だった。どれだけ見つめても、底がない。近くに見える星も、遠くに見える星も、ほんとうはどれくらいはなれているのか、目では、まるでわからなかった。ただ、黒が、どこまでも、深かった。ひざの上に、操縦かんをにぎった大きな手。ハルトのからだは、この席にすわったとたん、すうっと、落ちついた。肩の重りが、少しだけ、軽くなった気がした。
ここだけが、ハルトが、ひとりで、自分で決められる場所なのだ。
「ここにいたのかい」
ふり向くと、艦長が、コーヒーのカップを二つ持って、立っていた。
艦長は、となりの副操縦席に、どさりとすわると、カップを一つ、遥に、さしだした。湯気から、苦くて、こうばしいにおいがした。どこか、蒼汰の缶コーヒーに、似ていた。
「さっきの会議。不満そうだったね」
「……べつに」
「べつに、って顔じゃないよ」
艦長は、カップをすすって、窓の外を見た。
「ハルト。あんたは、いつも、ひとりで、正しい答えを、持ってくる。そして、多数決で、負ける。そのたびに、だまって、引っこむ」
遥は、何も言えなかった。
「わたしはね、多数決が、きらいなんだ。……でも、この船の連中は、ちがう星で生まれて、ちがう感覚を持ってる。話しあうと、いつも、ぶつかる。ぶつかるのが、こわいから、多数決に、にげる。わたしも、つい、それに、甘えちまう」
艦長は、遥のほうを向いた。大きな目が、まっすぐに、遥を見た。
「でも、ほんとうは、ちがう意見は、こわすためじゃなく、重ねるためにあるんだよ。あんたの意見と、タンガの意見と、リーフの意見を、足し算するんじゃない。重ねるんだ。そうすると、だれも思いつかなかった、新しい形が、見えてくる」
艦長は、にやりと笑った。
「足し算じゃ、1+1は、2にしかならない。でも、ちがう者どうしが、本気で重なったら、1+1は、3にも、4にもなるのさ」
遥は、はっとした。
どこかで、聞いたことのある言葉だった。父の手帳の、まだ開いていないページに、書いてあるような気がした。
◇ ◇ ◇
その夜、遥は、ノヴァ1に、たずねた。
(ノヴァ1。……氷の衛星に行くのと、行かないの、どっちの意見が、正しい?)
[ハルトさまの意見が、正しいと推定されます。軌道上の岩のかけらによる危険度は、32%。回避すべきです]
ノヴァ1の答えは、はやかった。
[この正しさを、会議で示せば、評価につながります。次の会議では、データを示して、ハルトさまの意見を、通しましょう]
遥は、少し考えた。
正しい答えを、持っていく。そして、また、多数決で負ける。ハルトは、半年間、ずっと、そうしてきたのだ。
正しいかどうかを聞いても、たぶん、何も、変わらない。
〈遥。……艦長さん、なんて言ってた?〉
ノヴァ2が、聞いた。
重ねるんだ。ちがう星で生まれた、ちがう感覚を。
(ノヴァ1。聞き方を、変える)
遥は、ゆっくりと、言葉をえらんだ。
(どっちが正しいか、じゃなくて。……技術者、医者、言語学者。三つのちがう立場から、それぞれ、氷の衛星について、意見を出して。それぞれの人が、何を大事にしていて、何を心配しているのか)
[……承知しました。三つの立場から、意見を出します]
少しの間があった。
[一、技術者の立場。氷の衛星の氷には、船の燃料にできる水素が、大量にふくまれています。燃料の補給は、この先の航海の、生命線です。タンガさまが賛成したのは、そのためだと推定されます。
二、医者の立場。乗員の多くは、半年の航海で、疲れがたまっています。氷の衛星には、重力がほとんどなく、からだを休ませやすい。ヴェガさまは、乗員の健康を、心配しています。
三、言語学者の立場。氷の衛星からは、これまで、正体のわからない、弱い電波が、ときどき届いています。リーフさまは、それが、何かの「ことば」ではないかと、気にしています]
遥は、目を見ひらいた。
さっきの「どっちが正しいか」では、見えなかったものが、見えた。
タンガは、燃料のことを考えていた。ヴェガは、みんなのからだのことを。リーフは、まだだれも知らない「ことば」のことを。
だれも、まちがっていなかった。ただ、ちがうものを、大事にしていた。
そして、ハルトは、パイロットとして、船の安全を、大事にしていた。
〈……四つ、重ねたら、どうなるんだろうね〉
ノヴァ2が、ささやいた。
遥は、ノートを開いた。ハルトの、几帳面な字で、航路の計算がびっしりと書かれたノート。その空いたページに、遥は、大きな円を四つ、少しずつ重ねて、描いた。
燃料。休息。ことば。安全。
四つの円が、重なっているところ。
(岩のかけらを、避ける航路で、氷の衛星に、近づく。燃料をとって、みんなが休んで、リーフさんが電波を調べる。……そういう道は、ないのかな)
[……再計算します]
ノヴァ1の声が、ほんの少しだけ、楽しそうに聞こえた。




