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パラレル・トラベラー ”72時間だけ、もう一人の異世界のわたし”  作者: Hamin
第6章 誰も犠牲にしない戦い

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25話 村じゅうの知恵〈残り2時間〉

 山道を、遥《はるか》は、転がるように、かけおりた。


 42歳《さい》のひざが、悲鳴をあげていた。息が、のどの奥《おく》で、焼けるようだった。木の根につまずき、ひざをすりむく。それでも、止まらなかった。


 お鈴《すず》。小太郎《こたろう》。


[遥さま、落ちついてください。村の外れの納屋が、一棟《いっとう》、燃えています。家々《いえいえ》には、まだ、火は移っていません]


 ノヴァ1の声が、はやくちで、正確に、状況《じょうきょう》を伝えた。


[蛇蔵《じゃぞう》の手勢は、推定で、15名。水無瀬《みなせ》の戦える男衆は、峠《とうげ》に3人来ているため、9名です]


(9人……)


〈遥。息を、はいて〉


 ノヴァ2の声が、ゆっくりと、ひびいた。


〈村には、男衆だけじゃなくて、だれがいる?〉


 遥は、走りながら、はっとした。


 だれが、いる。


 井戸ばたの女たち。おたね婆《ばあ》さんみたいな年寄りたち。それから、竹とんぼを回していた、子どもたち。


 遥は、走りながら、ノヴァ1に言った。


(ノヴァ1。……だれも傷つけずに、蛇蔵たちを、止める方法。村にいる人で、できること。女の人、年寄り、子ども、ひとりひとりの得意なことで。一つにつき、短く)


[……承知しました]


◇ ◇ ◇


 村の入り口にたどりついたとき、遥は、目をうたがった。


 村は、静かだった。


 燃えているのは、村の外れの、古い納屋だけだった。そして、その炎《ほのお》のまわりを、黒い装束の男たちが、うろうろと、さまよっていた。


「どこだ!」


「なんで、だれもいない!」


 蛇蔵の手下たちだった。


 家々の戸は、すべて閉まり、明かりも消えていた。まるで、村じゅうが、からっぽになってしまったかのように。


 そのとき、遥の足もとで、小さな声がした。


「かかさま!」


 小太郎だった。草むらの中に、四、五人の子どもたちといっしょに、身をかくしていた。


「おたね婆さまが、言ったんだ。『火が上がったら、みんな、裏山のほら穴に入れ。子どもは、足が速いから、伝令だ』って」


 小太郎は、得意そうに、胸をはった。


「女の人たちは、ほら穴の入り口で、かまどの灰と、とうがらしの粉を、まぜてる。年寄りたちは、網《あみ》をつくってる。ぜんぶ、おたね婆さまの言いつけだよ」


 遥は、言葉を失った。


 遥が、峠でノヴァ1に聞くよりも先に、この村の人たちは、もう、自分たちで、動いていたのだ。


[……遥さま。わたしが今、提案しようとしていた作戦と、ほぼ同じです]


 ノヴァ1が、少しおどろいたように言った。


〈村の人たちの、心の貯金箱だね〉


 ノヴァ2が、ささやいた。


〈お遥《はる》さんが、何年もかけて、ためてきたもの〉


◇ ◇ ◇


 その夜の戦いは、戦いと呼べるものではなかった。


 蛇蔵の手下たちが、裏山のほら穴に近づくと、入り口の上の木から、とうがらしまじりの灰が、ばさっと、ふりそそいだ。男たちは、目をおさえて、せきこんで、のたうちまわった。


 そこへ、年寄りたちが編んだ、魚とりの網が、何枚も、上から投げかけられた。網にからまった男たちは、もがけばもがくほど、身動きがとれなくなった。


 ほかの男たちは、村の小道に逃《に》げこんだ。けれど、小道には、子どもたちが、前もって、豆を、ばらまいていた。ころころと転がる豆に、足をとられて、男たちが、次々《つぎつぎ》に、すってんころりと転んだ。


 転んだところを、女たちが、洗濯用《せんたくよう》の大きなたらいを、上からかぶせた。


 ごいん、と、にぶい音がひびいた。


 遥は、思わず、ふきだしそうになった。


 だれも、刀をぬいていなかった。だれも、血を流していなかった。それなのに、蛇蔵の手下たちは、ひとり、またひとりと、動けなくなっていった。


◇ ◇ ◇


 けれど、最後に、ひとりだけ、網と灰をくぐりぬけた男がいた。


 片目に、黒い布を巻いた男。蛇蔵だった。


 蛇蔵は、短い刀をぬき、ほら穴の入り口に向かって、まっすぐに走った。その先には、お鈴をだいた、井戸ばたのおかみさんがいた。


 遥は、考えるより先に、走りだしていた。


 ――いや。


 一秒の、すきまがあった。


 こわい。にげたい。それも、本当だった。けれど、そのすきまの中で、遥は、選んだ。


 遥は、おかみさんとお鈴の前に、両手をひろげて、立ちはだかった。


 蛇蔵の刀が、月の光を受けて、ぎらりと光った。


 そのとき。


 遥の前に、もうひとつの、小さな背中が、とびだしてきた。


「かかさまに、さわるな!」


 小太郎だった。


 小さな両手に、竹の棒をにぎりしめて、遥の前に、立っていた。ひざが、がくがくと、ふるえていた。それでも、一歩も、さがらなかった。


 その瞬間《しゅんかん》、遥のからだの奥で、何かが、はじけた。


 この子を、守る。


 それは、考えでも、決心でもなかった。からだの、いちばん底から、熱いかたまりのように、わきあがってきた。自分の命よりも、この子の命のほうが、大事だ。理由なんて、なかった。ただ、そうだった。


 お遥のからだが、知っていたのだ。


 遥は、小太郎を、うしろから、ぎゅっと、だきしめた。そのまま、自分の背中を、蛇蔵のほうへ向けた。


 ――刀は、とどかなかった。


 蛇蔵の手首を、横から、大きな手が、がしりとつかんでいた。


「そこまでだ、蛇蔵」


 鬼塚玄蕃《おにづかげんば》だった。峠から、遥を追って、かけおりてきたのだ。


 玄蕃は、蛇蔵の手から刀をもぎとると、地面に投げすてた。


「黒谷の頭として、命じる。水無瀬に、二度と手を出すな。……この村は、黒谷の、新しい仲間だ」


◇ ◇ ◇


 東の空が、白みはじめていた。


 蛇蔵と、その手下たちは、縄でしばられ、村の広場に、ならべてすわらされていた。けが人は、ひとりもいなかった。灰で真っ白になり、たらいのあとを頭にくっきりとつけた男たちは、ただ、ばつが悪そうに、うなだれていた。


 小太郎は、遥のひざの上で、くうくうと、眠《ねむ》っていた。竹の棒を、まだ、にぎりしめたまま。


 遥は、その寝《ね》顔を、見つめていた。


 さっき、からだの底からわきあがってきた、あの熱いもの。


 母も、自分に、あんな気持ちを、持っていたのだろうか。


 自分の命よりも、遥の命のほうが、大事だと。顔も見ず、口もきかなかった、あの3年のあいだも、ずっと。


[帰還《きかん》まで、残り2時間です]


 ノヴァ1の声がした。


[……報告します。今回の旅行で、犠牲者《ぎせいしゃ》は、ゼロです。水無瀬村《みなせむら》、黒谷、蛇蔵の手勢をふくめ、全員]


 ノヴァ1の声が、ほんの少しだけ、ふるえていた。


[わたしの最初の計算では、この結果は、ありえませんでした]


〈ありえないって、思われてたことが、起きたね〉


 ノヴァ2が、やさしく言った。


 遥は、小太郎の髪《かみ》を、そっと、なでた。日なたと、灰と、少しだけ汗《あせ》のにおいがした。


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